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【人工生命】人類は「生命」を作り出せるのか? 進化の仕組みを解明し、さまざまな分野に貢献するための研究領域

近年、人間が作った知能であるAI(人工知能)に対する注目が高まっています。しかし、知能だけでなく、生命そのものを人工的に作り出すことで、進化の仕組みを解明する研究も存在します。今回は、日本の大学も取り組んでいる「人工生命(Alife)」について紹介します。

人工生命とは? 人類は「生命」を作り出せるのか

岩や泥で作られたゴーレムや、死体をつなぎ合わせたフランケンシュタインなど、古くから人類は、生物でないものに命を吹き込む「人工生命」への関心を抱いてきました。

近年では科学技術が向上してきたこともあり、動物そっくりに動くロボットも誕生しています。しかし、そのようなロボットを生命と呼ぶことはできません。なぜなら、彼らは人間の干渉がなければ「成長」や「自己増殖」ができないだけでなく、自らの判断で物事を決定する「自律性」を持っていないからです。

ロボットと生物の違いはなんなのか

虫や鳥、植物や細菌など、私たち人間も含めたすべての生物は、自然の中で互いに影響を与えながら生きてきました。いずれの生物も、体の構造や習性は種によって異なりますが、共通している部分もあります。

それは、「繁殖・増殖」が可能であること。生物は他者と交わる、あるいは分裂することによって遺伝子を次世代に引き継げます。これは、遺伝子を持たないロボットにはできません。

さらに重要なのが「進化」です。遺伝子は、外部から刺激を受けることで変化が生じます。生物は、世代を超えて遺伝子の変化を繰り返すことで進化を行い、さまざまな種に別れました。これも、ロボットには不可能です。

そのうえで必要なのが、自らの意思で物事を決定する「自律性」です。過酷な自然環境で生き延びるためには、群れの仲間と交流したり、食糧の確保や越冬の準備を適切に行う必要があります。そのような「生存に必要な判断」を他者にゆだねることなく、自ら行う自律性がなければ生物とはいえません。

しかし逆に言えば、

  • 繁殖や増殖が可能である
  • 進化に必要なアルゴリズム(仕組み)を搭載している
  • 自律した行動ができる

以上の条件のいずれかを満たしたロボットであれば、生物、あるいは人工生命と呼べるのです。

現在研究中の人工生命

人工生命研究の目的は、「既に存在する生命」ではなく、「ありうる生命」を生み出し、観察することで、進化や遺伝のアルゴリズムを解明することです。

この研究は、国内だけでなく、海外でも盛んに行われています。その取り組みによって、どのような生命が誕生しているのでしょうか。

一口に人工生命といっても、さまざまな形態が存在します。私たちにとって身近な動植物の細胞から作られた「人工的な生き物」もありますし、コンピューターの中であたかも生きているかのようにふるまう「仮想的な生き物」もあります。

近年では、次のような人工生命が中心に研究されています。

  • 生物に由来した細胞を持つもの
  • 無機物から作られたアンドロイド
  • 生と死を繰り返すコンピューターのプログラム

ひとつずつ見ていきましょう。

プログラム可能な生体ロボット「ゼノボット」

2020年に誕生した人工生命が、アフリカツメガエルの幹細胞から誕生した「ゼノボット」です。ゼノボットは、皮膚と心筋の細胞だけで構成されたシンプルな生物ですが、仲間と群れて泳いだり、物を運んだり、傷ついた体を修復したりなど、さまざまな活動が行えます。

大きさはわずか1ミリ程度で、10日ほどで寿命を終えてしまうゼノボットですが、その最大の特徴は「生殖」が行えることです。

バーモント大学やタフツ大学などの研究チームが2021年に発表した研究では、幹細胞の入った液体を泳ぐゼノボットが、周囲の細胞から「子孫」を作り出すことが確認されました。これが幾度も繰り返されていけば、いつかは想定外の進化に至る可能性もあります。

<パックマン型で“子孫繁栄” 生体ロボに自己複製の機能 米研究チーム(2021年12月2日)>

オーケストラの指揮やオペラの歌唱を行う人工生命「オルタ3」

企業と東京大学、大阪大学の研究室が共同で生み出したのが、人間と同様に身ぶりや発声を行う人工生命アンドロイド、「オルタ3」です。

このアンドロイドは周囲の音や湿度、光の強さ、人との距離などを察知し、その情報を人間の脳を模したニューラルネットワークで処理することで、その場に応じた振る舞いをします。

この機能を使うことで、2018年には、オルタ3自らがオーケストラ指揮と歌唱を行うアンドロイド・オペラ「Scary Beauty」が開催されました。

<Keiichiro Shibuya – Android Opera ‘Scary Beauty’/ 渋谷慶一郎「アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』(新国立劇場)>

まるで生きた人間のように表情を変え、身ぶりや発声で周囲とコミュニケーションをとるオルタ3。2022年には、後継となるオルタ4が発表されており、より人間らしい振る舞いが可能になっています。

<大阪芸術大学で新型アンドロイド「オルタ4」発表 New android “Alter 4” unvailed>

現状、オルタ3、4に自らを増殖させる機能は搭載されていません。そのため、ゼノボットと比べると生命としての要素が少ないと感じる人もいるでしょう。しかし、重要なのはオルタ3が一個の生命として周囲を認識、判断し、自律した行動をとる点です。先述したように、この自律性は人工生命にとって欠かすことのできない要素です。

今後は、オルタ3、4のように自らの感覚に従って行動するアンドロイドやロボットが増えていくかもしれません。彼らは人間にとって、単なる便利なロボットではなく、ドラえもんや盲導犬のように身近な存在になることでしょう。

肉体を持たない人工生命「コンウェイのライフゲーム」

1970年、イギリスの数学者であるジョン・ホートン・コンウェイが生み出した人工生命が、「ライフゲーム」です。

これは、格子状に並んだ「セル」が、あらかじめ決められたルールに従って生と死を繰り返すシミュレーションプログラムです。それぞれのセルは、隣接するセルの数や状況によって繁殖と死滅を繰り返し、さまざまなパターンを生み出します。

<Neat AI does Lenia – Conway’s game of life arrives in the 21st century>

同様のシミュレーションプログラムとしては、鳥の動きを再現した「ボイドモデル」などが存在します。ボイドモデルは、鳥だけでなく、魚や群れの動きを精密に再現することが可能であり、映画やアニメのCGに活用されたこともあります。

<Coding Adventure: Boids>

ライフゲームやボイドモデルは、一見すると、人工生命とは思えないかもしれません。しかし、生存する上で有利なパターンや繁殖のルールを解明する手助けにはなります。

余談ですが、体を持たない人工生命のひとつとして、「コンピューターウイルス」を挙げる研究者もいます。コンピューターウイルスは、パソコンやスマートフォンなどの中で自己増殖を繰り返し、周囲に影響を与えながら自らも変化を続けています。これらの機能は、生命の条件に当てはまっているといえます。

人工生命の研究は、私たちに何をもたらすのか

生物がたどってきた、どこまでも続く終わりのない進化のことを「オープンエンドな進化」と呼びます。そのアルゴリズムを解明することは、人工生命研究の目指す大きなテーマのひとつです。これが実現した場合、どのようなメリットが得られるのでしょうか。

ゲームなどのエンターテインメントコンテンツの質が大きく向上

世界的に有名なゲームであり、既存の動植物を模したモンスターを捕まえて育てる「ポケットモンスター」。シリーズ一作目の発売から26年の時を経た2022年には、登場するモンスターの数が1000種類を越えたことが話題になりました。

しかし、オープンエンドな進化の仕組みが解明されれば、わずかな期間で1億種類を超えるモンスターを生成することが可能になるかもしれません。しかも、それらのモンスターは、現実の世界に存在する動植物と同じリアリティーを持っています。

<Species ALRE – Steam Early Access Trailer>

今後、人工生命は単なる研究対象ではなく、ゲームやバラエティー番組などの映像コンテンツやコミュニケーションツールとしても活用されるかもしれません。

自然に分解される生物ロボットとして、けがの治療や自然環境の改善に貢献

先ほど挙げたゼノボットは、群れで行動し、物質を運べます。そのため、将来的には海や川に投入し、マイクロプラスチックなどの有害な物質を回収する際に利用できるのではないかと考えられています。

その際に重要なのが、「野生動物と同様に分解される」ことです。生物の細胞をもとに作られたゼノボットのような人工生命は、海や山で寿命を迎えたとき、自然に分解されていきます。そのため従来の機械とは異なり、環境を汚染しません。

さらに、ゼノボットは動物の体内でも分解(消化)できます。そのため、治療行為にも役立てられるのではないかと期待されています。将来、狙った通りの進化を促せるようになれば、人工生命を活用した革新的な治療方法が誕生するかもしれません。

実在する動物よりも優れた構造の生物が誕生する可能性も

地球に存在する生物たちは、オープンエンドな進化の中で、光や音などの刺激から物の位置を把握する「目」や「耳」といった受容器や、それらの情報を統括する「脳」という器官を獲得してきました。

同様に、人工生命も進化を続けることでさまざまな器官を獲得します。その際、人間を含めた既存の生命よりも、はるかに優れた形で世界を認識したり、その仕組みや構造を把握できる器官が誕生するかもしれません。

「人工生命」について学べる大学の学部、学科

人工生命は、主に工学系の大学や情報学部などで研究されています。

東京大学の情報理工学系研究科 電子情報学専攻の伊庭研究室では、人工知能の研究に加えて、アリやハチなどの社会性昆虫や魚の群れが持つ「群知能」の解明を目指して、人工生命の研究を行っています。

参考URL

・東京大学情報理工学系研究科電子情報学専攻 伊庭研究室
http://www.iba.t.u-tokyo.ac.jp/index.html

筑波大学の筑波大学 情報科学群、岡研究室では、人工生命の研究者である岡 瑞起氏のもと、「進化的計算手法を用いた輻輳制御アルゴリズムの自動生成」や、インターネットが「生命的な自律性」を有しているかを解明するための研究を進めています。

・筑波大学 岡研究室
https://websci.cs.tsukuba.ac.jp/

参考文献

・ALIFE | 人工生命 ―より生命的なAIへ 岡 瑞起 ビー・エヌ・エヌ 2022/3/16