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身体の中にも社会でも多様性が大事!【細胞社会ダイバーシティー】で新たな医療へ。生物の透明化、脳の3Dイメージング、薬剤の有効性のシミュレーションも!

私たち人間の身体には、約37兆個もの細胞から成り立っており、細胞同士が連携したりコミュニケーションをとるなどして、それぞれの役割を果たしています。それはまさに細胞の世界における「社会」そのものであり、人間社会と同様、多様性(ダイバーシティー)が重要です。今回は、生命が活動する仕組みでもあり、破綻が生じると病気の要因ともなりうる、「細胞社会ダイバーシティー」について解説します。

「細胞社会ダイバーシティー」という新しい概念

ダイバーシティー、これは多様性を意味する言葉です。私たちの社会には、さまざまな人種、国籍、性別、年齢の人がいて、いろいろな文化を持って生きています。そういう多種多様な人々が共存し、異なる人々を差別することのない社会を作ろうというのが、ダイバーシティーを重視する考え方です。

多様性が重要になるのは、人間社会だけではありません。自然環境でも、「生物多様性(バイオ・ダイバーシティー)」が注目されているように、一つひとつの種の保存が重要視されるようになっています。多種多様な生き物が互いに影響を与えあいながら生きているため、ひとつの種が絶滅すると別の種が影響を受けてしまうことがあるからです。

細胞の中にある「社会」とは?

私たちの身体の中でも多様性は重要です。それが「細胞社会ダイバーシティー」という考え方。人間の身体は、目や耳、手足、臓器など、さまざまな器官が組み合わされて作られています。そして人体を構成する細胞は約37兆個にも達するとされています。

その細胞の世界ではどのようなことが起こっているのでしょうか。ひとつの細胞の内部では物質が運搬されたりエネルギーを使ってタンパク質を作ったりしています。また、ある細胞から別の細胞に物質が運ばれたり命令が飛んだりしています。

そもそも私たち人間の身体は、たった1個の受精卵が細胞分裂を繰り返した結果、約37兆もの細胞へと育っていったもの。つまり、たった1個の細胞からこれだけダイバーシティーに富んだ膨大な細胞から構成される身体が生まれたことになります。

脳には脳細胞が、胃には胃の細胞が、肝臓には肝臓の細胞が作られて、それぞれの器官を作っていきます。逆に、脳には胃の細胞は作られませんし、逆に胃に脳の細胞は作られません。また、ひとつの器官にある細胞もすべてが同じではありません。例えば脳ひとつとっても、部分ごとに異なる細胞が存在し、それぞれが異なる役割を持って働いています。

一つひとつの細胞を人間に見立てれば、細胞の集まりは社会そのものに見えることでしょう。この細胞の社会を「細胞社会」、そしてその世界での多様性を「細胞社会ダイバーシティー」と呼びます。

このダイバーシティーに富む細胞が相互に作用しあっているからこそ、私たち生物は生きているのです。その働きを解明しようというのが、細胞社会ダイバーシティーの研究です。

細胞社会ダイバーシティーの研究として立ち上がった「細胞ダイバース」

細胞の研究は、直接的には生物学、医学の領域です。しかし、多種多様な細胞が持つ複雑な機能について分析する細胞社会ダイバーシティーの研究には、ビッグデータ解析、細胞を立体的に認識する処理、数理モデルの構築、シミュレーションなどさまざまなテクノロジー、スキルも駆使して取り組むことになります。

そこで数学や工学、情報科学などの領域にまたがる多種多様な研究者が集まり、領域を横断するような幅広い研究として立ち上がったのが、「細胞社会ダイバーシティーの統合的解明と制御」(略称:細胞ダイバース)です。これは2017年から2021年度まで実施された新学術領域研究です。

・細胞ダイバース|領域概要
http://cdiversity.umin.jp/about/index.html

細胞ダイバースの研究の例

細胞ダイバースではどのような研究が行われていたのでしょうか。この研究では、個々の細胞の相互作用を解析したり、身体を透明化して3次元的に細胞を分析したり、それを数理モデル化して、コンピューター上でシミュレーションするといった研究を行います。

具体的な研究テーマが、細胞ダイバースのサイトの「研究成果」のページに掲載されていますので、いくつか紹介します。

・研究成果
http://cdiversity.umin.jp/result/index.html

生物を透明化して、臓器や組織の細胞の働きを解析

生物の身体を研究するためのアプローチのひとつが透明化です。身体から色素を除去することで、細胞を立体的(3次元)に観察、分析できるようになります。この技術は「CUBIC」と呼ばれ、透明化試薬を用いて組織を透明化し、そのデータをもとに3次元イメージング(簡単に説明すると3D画像化のこと)を行い、解析するための手法です。

・網羅的3次元観察技術による細胞のダイバーシティー検証
http://cdiversity.umin.jp/member/susaki.html

CUBICは、理化学研究所が行った、脳の全細胞を解析するためのクラウドシステム「CUBIC-Cloud」の開発にも生かされています。これはクラウド上で、3次元イメージングした脳のデータを解析するためのプラットフォームです。これを神経科学コミュニティーに提供することで、脳に関する研究が進むと期待されています。

・脳の全細胞を解析するクラウドシステムの開発
-日本発の全脳全細胞データ解析プラットフォーム-

https://www.riken.jp/press/2021/20210622_1/index.html

がん細胞の相互作用を研究し、新たな治療法へ

細胞社会ダイバーシティーが破綻するとさまざまな病気につながると考えられています。例えば、がん。がんを発症すると腫瘍組織が作られ、転移しながら病気が広がります。

この研究では、がん細胞ともとの正常な細胞の相互作用に関わる分子基盤を、実際の病気の細胞を用いて1細胞レベルで解析し、遺伝子の変異や発現などを調べます。またシミュレーションを用いて薬剤の有効性予測に生かしたりしています。

・細胞間相互作用による細胞ダイバーシティー形成機構の解明と疾患治療への応用
http://cdiversity.umin.jp/member/fujita.html

失われた視覚を取り戻す研究

かつては、いったんある器官の体細胞になると、別の細胞になることはないと考えられてきました。例えば、人間の目(網膜)の細胞は再生できないため、いったん網膜の細胞が機能しなくなると、失明します。ところがイモリは視細胞を除去しても、別の細胞から視細胞が作成できます。

イモリの例のように、遺伝子の転写を制御する転写因子を使うことで、ある体細胞から別の体細胞が誘導することがあるとわかってきました。これを「ダイレクトリプログラミング」と呼び、再生医療に活用できるのではないかと期待されています。

ダイレクトリプログラミングを起こすには特定の転写因子を用いますが、細胞ダイバースではそのような外部からの要因が細胞社会ダイバーシティーに与える影響を数理モデル化し、治療に生かすための研究をしています。

・細胞間相互作用の数理科学的なモデル構築と理論化
http://cdiversity.umin.jp/member/tomita.html

「細胞社会ダイバーシティー」について学べる大学の学部、学科

新学術領域研究としての細胞ダイバースはすでにに終了しています。しかしここで培った成果は、新しい医療や生物学の研究に生かされるはずです。細胞社会ダイバーシティーに関する研究が持つ可能性、重要性はますます高まっていくでしょう。

細胞社会、あるいは細胞社会ダイバーシティーの研究は、主に生物学や医学、生命科学になりますので、大学では医学部、薬学部、理工学部などで研究できます。

参考

・東京大学
次世代生命概念創出研究グループ
「細胞の社会」から学ぶべきこと

http://ut7.t.u-tokyo.ac.jp/dialogues/04/

・山形大学  注目の研究:生物学
細胞の中にも社会基盤:細胞内の物流を理解する

https://www.yamagata-u.ac.jp/jp/education/notice/biology/ytamura_01/

・科学技術振興機構
マウスを丸ごと透明化

https://www.jst.go.jp/seika/bt31-32.html