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睡眠はなぜ必要? どうして眠くなる?【睡眠】の研究!専門の研究拠点を持つ大学も

日々の生活はもちろん、仕事の効率やアスリートのパフォーマンスにも大きな影響をもたらす「睡眠」。しかし、その仕組みや効能は、現在も解明されていません。この睡眠と生物の関係について、大学や研究所ではどのような研究が行われているのでしょうか。

なぜ「睡眠」が必要なのか

人間の人生の1/3の時間を占めるといわれている睡眠。一般的に、睡眠とは脳を休息させるための行為であると考えられています。しかし実際には、眠っているときにも脳の神経は絶え間なく動いており、大脳皮質の一部に至っては覚醒時よりも活発に機能しています。ではなぜ、私たちの脳は眠りを必要とするのでしょうか。

ギネス世界記録から削除された「不眠記録」

人々の行動を評価し、世界で一番であることを保証するギネス世界記録。その中には「どれだけ寝ないでいられるか」という「不眠記録」が存在しました。そのレコードは、なんと266時間。つまり、人間は11日以上も寝ないでいられたというわけです。

しかし現在、ギネス世界記録の中に不眠記録の項目は存在しません。また、仮に誰かが266時間を超える不眠記録を打ち立てたとしても、ギネス世界記録に登録されることはありません。なぜなら、「睡眠不足は脳に悪影響を及ぼす」ためであり、そのような危険な行為を競い合わせないためです。

このことが示すように、定期的に睡眠をとることは、人間にとって重要な行為であるとされています。しかし、実は「なぜ眠らなければいけないのか」「眠ることで、体にどのような変化が起こっているのか」ということは、いまだに解明されていないのです。

睡眠が不足すると、どのような弊害が発生するのか

とはいえ、睡眠をとらない場合、人体に悪影響が生じることは判明しています。

1997年に発表された研究によると、人間は起床してから徐々に集中力や運動能力が上がっていきますが、それらは12時間たつと下がり始め、17時間後には、酩酊(めいてい)者と同程度のパフォーマンスしか発揮できないという結果が報告されています。

また、睡眠不足は身体だけでなく、精神にも悪影響をもたらします。国立精神・神経医療研究センターが2003年に発表した研究では、1日に4時間しか睡眠をとらない日が5日以上続いた場合、「不安」や「恐怖」などのネガティブな感情を生み出す「左扁桃体」が亢進(こうしん)されることが確認されています。

このように、「睡眠」と、身体や精神の活動をつかさどる「脳」のあいだには、深い関係があることが証明されています。

睡眠が関わる病気もある

睡眠が足りないと寝不足になりますが、睡眠が関わる病気は意外に多くあります。いくつか紹介しましょう。

不眠症 夜布団に入っても「寝られない/寝付けない」症状
睡眠時無呼吸症候群 眠ると呼吸が止まってしまう病気で、必然的に寝不足になり、頻繁に眠気に襲われるようになる
ナルコレプシー 十分に睡眠をとっても眠気に襲われる
睡眠時随伴症 寝ぼけや歯ぎしり、悪夢など、睡眠中に発生する不快な症状
レム睡眠行動障害 本来なら骨格筋が動かないはずのレム睡眠中に、体が動いてしまい、夢と同じ行動をとってしまう症状
概日リズム睡眠障害 体内時計が24時間周期とずれていることにより、定期的な睡眠がとれなくなる症状

睡眠の謎の解明は、私たちの健康にも大きく関わるといえるでしょう。

眠りと脳のメカニズム

私たちを眠りにいざなう「眠気」の正体は、今もなお解明されていません。しかし、いくつかの仮説は提唱されています。そのひとつが、「睡眠物質の蓄積」です。

そもそもなぜ眠くなるのか。いまだ特定されていない睡眠物質の謎

睡眠物質とは、脳内に蓄積することで眠りを促す物質のこと。とは言ったものの、「睡眠物質が存在する」という点は多くの科学者から支持されていますが、「これこそが睡眠物質である」と断定できる物質は、2021年の8月時点では確認されていません。

しかし、有力候補は存在します。そのひとつが、「アデノシン」です。脳内で生産されるアデノシンは、人間が眠ると減少しますが、覚醒しているあいだは徐々に蓄積していきます。そうして蓄積されたアデノシンは、脳を活性化させる「ヒスタミン」などの活動を抑制するのです。

このような睡眠物質が、覚醒時に蓄積していくことで、眠気が生じるのではないかと考えられています。また、このほかにも、脳の神経をつなぐシナプスが覚醒時に「リン酸化」していくことによって、睡眠が促されるという研究結果も報告されています。

眠ることで脳の機能が改善する理由は?

眠ることで、身体や精神に良い影響が現れるのはなぜでしょうか。その理由としては、「記憶を整理している」「疲労したシナプスを修復している」といった仮説が挙げられています。

これらの説の中で有名なものが、「シナプス恒常性仮説」です。

私たちの脳は、覚醒時にさまざまな情報を記憶します。その中には生きるために必要な情報もあれば、翌日には不要になるものも存在します。しかし、脳の神経をつなぐシナプスは、そのような不必要な情報であっても伝達、蓄積されていきます。このシナプスの蓄積をリセットせずに放置すれば、神経活動は渋滞し、やがては混乱に陥ることでしょう。

この問題を解決するのが「睡眠」であるとシナプス恒常性仮説は唱えます。つまり、「シナプスをリセットする行為こそが睡眠である」というわけです。

このように、睡眠に関わる研究分野では、さまざまな仮説が登場しています。神経活動の中でもブラックボックスと化している「睡眠」。その仕組みが解明される日は、間もなくかもしれません。

「睡眠」について学ぶ大学の学部や学科

睡眠については、医学部の神経科や精神医学科、人文学部などの心理学科などで学ぶことができます。

睡眠に関する専門拠点を設置している大学もあります。江戸川大学は人文系大学としては国内初となる「睡眠研究所」を設立しています。スリープラボ(睡眠実験室)、認知心理学実験室が設置され、外部からの騒音や電磁波を抑え、睡眠中の脳波測定などができるようになっています。

江戸川大学 睡眠研究所
https://www.edogawa-u.ac.jp/facility/sleep/

筑波大学でも「国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)」を設立しています。「睡眠医科学」は耳慣れない用語ですが、「神経科学、創薬科学、実験医学の三つの研究領域を融合した」ものとしています。
そして、研究のミッションとして「睡眠覚醒制御機構の解明」「睡眠障害と、それらに関連する疾患の病態の解明」「睡眠障害治療法の開発」を挙げ、神経回路、遺伝子、代謝、新薬開発など、また民間の寝具メーカーとのコラボレーションを進めるなど、睡眠に関する多種多様な研究を進めています。

<2017年度 特別講義・柳沢正史「睡眠・覚醒の謎に挑む」>

IIIS 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構
https://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/japanese/