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【水中考古学】が龍馬のハッタリを見破った? 海底遺跡の発掘、研究。水底のタイムカプセルを掘り起こせ!

海や湖の底に沈んだ遺跡や文化財、沈没船などを発掘、調査、研究するのが「水中考古学」です。陸上の遺跡と違って、水中に沈んだものは保存状態が良く、「タイムカプセル」とも呼ばれています。今回は、「水中考古学」について解説します。

蒙古襲来の沈没船が発見! 新兵器「てつはう」の実物も

鎌倉時代の末、元(モンゴル帝国)の大船団が日本を襲いました。いわゆる蒙古襲来、元寇(げんこう)です。しかし暴風雨が吹き荒れた結果、大船団は壊滅状態になり、中国大陸へと引き上げていったとされています。この暴風雨は国を守った風ということから「神風」とも呼ばれていますが、それによって沈没した船は、今も日本海の底に眠っています。

21世紀になってから、蒙古との闘いが行われた一帯の本格的な調査が始まり、「てつはう(鉄砲)」などの武器、船の錨(いかり)、陶磁器などを引き上げています。これまでも、絵などの歴史的な資料により、「てつはう」という新兵器が使われたことはわかっていましたが、この調査により「てつはう」の実物を見ることができたのです。

そして2011年には、長崎県の沖で沈没船が発見されました。蒙古襲来のときに日本にやってきた船が原形をとどめた状態で見つかったのです。この沈没船には竜骨(船の背骨に当たるもの)や外板材が残されており、全長20数メートルの大型船であることがわかりました。さらに2014年には2隻目の沈没船も発見されています。発見したのは琉球大学の研究チームでした。

<長崎県の海底で元寇「沈没船」の船体を初発見(11/10/24)>

松浦市:鷹島海底遺跡で元の軍船発見!!

沈没船が発見されたこの一帯は「鷹島神崎遺跡」と名付けられ、2012年に国史跡に指定、2017年には松浦市立水中考古学研究センターも開設されています。

水の底に隠された遺跡、遺物を研究する「水中考古学」

人類が作った過去の遺跡や遺物を研究する考古学では、人間が暮らしていた土地の地面を掘って、埋もれていた遺跡などの発掘、調査などを行っています。それに対して、水中考古学が対象としているものは、地上ではなく、海や湖、川の底です。

ただ、陸上の地面を掘るのと違って、水の底にある遺跡や遺物の調査、研究は困難を極めます。まず研究対象が深い海の底に沈んでいたりしますので、そもそも発見すること自体が大変です。そして発見できたとしても、調査するには海底まで潜って土砂を取り除いたり、遺物を引き上げたりする必要があります。

しかし、それだけの苦労があったとしても、水中考古学には陸上の考古学と違う醍醐味(だいごみ)もあるのです。

水中だからこそ保存状態が良い

水中考古学ならではの魅力といえば、保存状態の良さが挙げられるでしょう。水の底は低温に保たれるばかりか、厚い砂や泥などに覆われると酸素がほとんどない状態になり、海の生き物の影響を受けにくく、腐食も起こりづらくなります。

その結果、小動物に食べられたり微生物に分解されたりすることがあまり起こらず、地上の遺跡に比べても、きれいな状態で残されるのです。そのため、水中のタイムカプセルとも呼ばれます。

<【海底遺跡】海に沈んだタイムカプセル 水中考古学の世界 | ガリレオX 第28回>

沈没船から何がわかる?

保存状態の良い沈没船から、どのような情報が読み取れるのでしょうか。まず船の形や大きさ、構造、材料などがわかります。また船の積み荷も重要です。特に商船だった場合は、陶磁器、金細工などの工芸品や貨幣、武器、香辛料や飲食物などが見つかることがあります。

それらを研究することで、当時の造船技術、航海技術や貿易、文化など、さまざまなことが見えてきます。

日本にある水中遺跡、沈没船

冒頭で蒙古襲来の沈没船を紹介しましたが、水中遺跡や沈没船は他にも見つかっています。日本で最初に見つかった水中遺跡は、長野県の諏訪湖にある「諏訪湖底曽根遺跡」です。1908年の諏訪湖底曽根遺跡における調査で、縄文時代の石の鏃(やじり)が見つかったことから、日本の水中考古学が始まったと考えてよいでしょう。

琵琶湖の「葛籠尾崎 湖底遺跡」

縄文土器や弥生土器、石器などの遺物が大量に沈んでいるのが琵琶湖の北側にある葛籠尾崎です。発見されるのは、縄文時代から平安時代にかけての数千年にわたる遺物で、引き上げられたものは、葛籠尾崎湖底遺跡資料館に収蔵、展示されています。

なぜ、このようなところに大量の遺物が、しかも長期間にわたって沈められているのかは、いろいろな説が提唱されているものの、まだ決定打がない状況です。

公益財団法人滋賀県文化財保護協会新名所圖會第227回 先人たちの置き土産―葛籠尾崎湖底遺跡資料館―(長浜市湖北町尾上)

幕末の箱館戦争で沈んだ「開陽丸」

開陽丸は江戸幕府がオランダに発注して建造した軍艦です。1867年に幕府に引き渡され、新政府軍と幕府軍が戦った戊辰(ぼしん)戦争の渦中、榎本武明に率いられ北海道の函館にたどり着きますが、暴風雨のため座礁して沈没しました。

開陽丸は、沈没直後から何度か引き上げが試みられたものの、成功には至っていません。1974年には江差町教育委員会が発掘調査を開始し、大砲や大量の砲弾など、約30000点に及ぶ遺物を引き上げました。また、このときの調査で、船体が二つに分裂していることもわかりました。

坂本龍馬が乗った「いろは丸」。賠償金をめぐるハッタリも明らかに

1988年に広島沖で発見された沈没船は「いろは丸」と見られています。いろは丸とは幕末の偉人、坂本龍馬が率いる海援隊が乗っていた蒸気船。1867年に瀬戸内海を航行中、紀州藩の蒸気船と衝突して沈没しました。

沈没事故後、坂本龍馬は「大量の銃火器を載せていた」と主張して多額の賠償金を請求しましたが、この主張はハッタリだったのではとうわさされてきました。

広島沖で見つかった沈没船は、船の特徴などから、いろは丸にほぼ間違いないと確認されましたが、積み荷に銃火器はなく、やはり坂本龍馬のハッタリも事実だったのではないかと見られています。

水中遺跡のデータベース化の動きも

いくつか紹介しましたが、他にも水中遺跡は見つかっています。特定非営利活動法人 アジア水中考古学研究所では、「海の文化遺産総合調査プロジェクト」として水中文化遺産データベースと水中考古学の推進を進めています。

日本は四方を海に囲まれた国ですから、まだまだ数多くの未発見の遺跡、沈没船が水底に隠されていることでしょう。

海の文化遺産総合調査プロジェクト

アトランティスやムーの伝説に惑わされないようにしよう

最後に余談をひとつ。海底の遺跡というと、大昔に海に沈んだとされるアトランティス大陸やムー大陸を思い浮かべる人がいるかもしれません。まれに「ムー大陸の痕跡か?」というたぐいの見出しのニュースが流れることもあります。

しかしそれらは実在するはずのないものです。なぜならアトランティス大陸は、古代ギリシャの哲学者プラトンの作った話に登場する伝説の島ですから、もともと架空の話なのです。ムー大陸の実在を主張した人は複数いますが、いずれも古代の文字を間違えて解読したたぐいの話で、悪い言い方をすればデタラメに過ぎません。真剣に水中考古学を学びたいなら、そういう話のロマンだけを味わって、惑わされないようにしましょう。

「水中考古学」について学べる学部、学科/

水中考古学は考古学の1カテゴリになりますので、まずは基本的な「考古学」を学ばなくてはいけません。そのうえで、水中考古学を志すとよいでしょう。考古学の基本を習得していなければ、水中考古学も理解できないからです。

ただ水中考古学は、発見や発掘、調査の難しさから、陸上の考古学に比べて研究が遅れていると言わざるを得ないのが実情です。しかし、困難であるだけに、まだまだ調査されていない遺跡が数多く残されているともいえます。誰も発見したことのない遺跡を、自分の手で見つけたいと考えている人にとっては水中考古学の道を選ぶのもよいのではないでしょうか。

水中考古学を扱っている大学は決して多くはないのですが、東京海洋大学や東海大学海洋学部などで学ぶことができます。

東京海洋大学ユネスコ水中考古学大学連携ネットワーク
東海大学 海洋考古学&水中考古学プロジェクト

参考

・日本とアジアの水中考古学
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/suichu_iseki/h25_01/pdf/shiryo_6.pdf

・アジア水中考古学研究所
http://www.ariua.org/

・海洋考古学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E6%B4%8B%E8%80%83%E5%8F%A4%E5%AD%A6

・蒙古襲来沈没船の保存・活用に関する学際研究
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-18H05220/

・水中文化遺産と水中考古学~日本での水中文化遺産と水中考古学を取り巻く現状~
https://www.isan-no-sekai.jp/report/3939

・『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』 水中考古学者・山舩晃太郎著
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/RbWweceiM9.html

・我が国における水中遺跡保護に関する取組
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/r1392246_05.pdf