注目の研究テーマ

「小鳥のさえずり」から「クジラの歌」まで。【動物言語学】で、虫や鳥、獣の言葉を研究!

動物は身ぶりや手ぶり、あるいはフェロモンなどを活用することで、互いにコミュニケーションをとっています。その中で人類だけが獲得した独自のコミュニケーション方法が、単語を組み合わせて意思の疎通を行う「言語」だと考えられてきました。しかし、近年の研究によって、言語は「人間だけが使える特別なもの」ではないこともわかってきました。今回は、人間以外の動物が用いる言語を研究する「動物言語学」について説明します。

日本政府が目指す「動物と会話できる社会」とは

文部科学省が2020年に発表した科学技術白書。その第2節「2040年の社会のイメージ」の中に、とりわけ興味を引く一文があります。それは「発話ができない人や動物等が言語表現を理解したり、自分の意志を言語にして表現することができるポータブル会話装置」です。つまり、日本政府は2040年までに「動物と会話できる装置を完成させたい」と考えているわけです。

しかし、人間とそれ以外の動物には大きな違いがあります。特に顕著なのが「言語」の有無です。私たち人間は「単語」を組み合わせて「文」を作り、それを声や文字によって他者に伝える術を持っています。このように高度なコミュニケーション技術を持った人間と、ほえたり鳴いたりすることしかできない動物の間で、意思疎通を行うことは可能なのでしょうか?

言語を用いる動物は、人間だけではない

とは言ったものの、実は言語でコミュニケーションをとる動物は人間以外にも存在するのです。しかも、その中には小鳥のように脳の小さい動物も含まれています。

このような「人間以外の動物が用いる言語」を、綿密な調査や研究によって解明していく学問が「動物言語学」です。

20以上の「単語」を組み合わせて、200を超える「文」を生み出す小鳥の言語

オウムやキュウカンチョウのように「オハヨウ」や「オタケサン」などの単語をしゃべることができる動物もいますが、それらはあくまでも人間の声や行動を学習し、模倣しているだけにすぎません。では、人間以外の動物が用いる言語とはどのようなものなのでしょうか。

小鳥のさえずりが、独自の文法を持つ言語だった

近年、シジュウカラという小型の鳥が、人間の言語とは異なる独自の言語を持っていることが証明されました。これは、京都大学 理学研究科 特定助教の鈴木 俊貴氏の長年にわたるフィールドワークによって見つけ出された大発見です。

・鳥類をモデルに解き明かす言語機能の適応進化
https://www.hakubi.kyoto-u.ac.jp/application/files/3915/9417/2765/suzukitoshitaka.pdf

この発見で画期的なのは、シジュウカラが「ヒーヒー(タカ)」や「チリリリリ(空腹)」といった単語を扱っているだけでなく、それらの順序を意識しながら組み合わせることで、独自の文を生み出している点です。

危険な存在を正確に伝えるために生まれた「鳥の文法規則」

例えば、1羽のシジュウカラが、縄張りの中でヘビやモズなどの天敵を発見したとします。これを確実に追い払うためには、自分だけではなく、大勢の仲間と協力して対応しなければいけません。しかし、そのときに「ヂヂヂヂ(集まれ)」と鳴くだけでは、駆けつけてくれた仲間のシジュウカラを危険にさらす可能性があります。

なぜなら、シジュウカラは仲間とはぐれたときや食べ物をシェアするときにも「ヂヂヂヂ」と鳴くため、単に「ヂヂヂヂ」というだけでは、仲間のシジュウカラが警戒せずにやってきてしまい、その隙を天敵につかれてしまうかもしれないからです。

そこで活躍するのが、シジュウカラの言語が持つ「構成性」です。縄張りの中で天敵を発見したシジュウカラは、「ヂヂヂヂ(集まれ)」という単語の前に「ピーピー(警戒して)」という単語を発します。この組み合わせによって、「ピーピー・ヂヂヂヂ(警戒して集まれ)」という文が構成され、仲間たちに正確な情報を伝えられるのです。

単語からイメージを共有する「指示性」も

また、シジュウカラの言語には、文法を用いて単語を組み合わせる構成性だけでなく、単語を通してイメージを共有する「指示性」が存在することも判明しています。

例えば、日常生活の中でお皿やコップを割ってしまったとします。そのようなとき、人間であれば「『床』に『破片』が落ちているから気を付けて」と伝えられます。

皆さんも「割れた」「床」「破片」というキーワードを聞いただけで、「陶器やガラスの破片が刺さるかもしれないから、気を付けて歩こう」と察することができるはず。このように特定の単語によって他者とイメージを共有し、適切な行動をとるように促すことは、人間以外の動物には不可能であると考えられていました。

しかし、シジュウカラは天敵である「ヘビ」を示す「ジャージャー」という鳴き声を耳にすると、自らの周囲に存在する「ヘビによく似た物体」や「ヘビがいそうな場所」に対して警戒を始めるのです。

このようなシジュウカラの言語を証明するまでの道のりにはさまざまな困難が存在しました。その過程に興味のある方は、下記の動画をご覧ください。

・[サイエンスZERO] 鳥の言葉は面白い!小鳥たちが単語も文法も操ることを世界初証明 蛇はジャージャー、カラスはピーツピ!?あなたも聞き分けられるようになる!| NHK
https://www.youtube.com/watch?v=BtpAxult4pk

ほかにもいる、言語でコミュニケーションをとる動物

シジュウカラのように独自の言語でコミュニケーションをとっていると考えらえる動物はほかにも存在します。現在、高度な言語を使っている可能性が高いとみられる動物としては、次のようなものが挙げられます。

海に響く「クジラの歌」をAIで解明するプロジェクトがスタート

動物の中でも、極めて高い知能を持っているとされるクジラ。その鳴き声には、以前から何らかの意味があると考えられてきました。そのため、クジラの言語を研究する学者たちは膨大な音声データを録音し続けてきました。

その音声を調査する研究者たちは、これまでの観測データをもとに、「おそらくこういう意味の鳴き声(言語)を発しているはずだ」と考察します。しかし、それを繰り返しても正しい答えにたどり着けるとは限りません。

そこでいま注目されているのが、研究者の推察から影響を受けない「人工知能(AI)による動物言語の翻訳」です。これが実現すれば、従来の固定観念にとらわれることなく、記録された音声やデータのみに忠実な形で翻訳が進んでいくことでしょう。

・「クジラ語」は解読できるか? 大型研究プロジェクトが始動
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/042200202/?P=1

後天的で、地域ごとの方言もある「プレーリードッグ語」

AIによる解読が行われている言語は、クジラ語だけではありません。北米に生息し、群れで活動するネズミ目リス科の「プレーリードッグ」の言語も、解読対象の一つです。

地面に掘った巨大な巣穴の中で暮らしているプレーリードッグは、仲間同士のきずなが強く、キスをしたり抱きしめあったりすることでコミュニケーションをとっています。その中でも注目に値するコミュニケーションの一つが、外敵の接近を告げる「警戒声」です。

プレーリードッグの巣やエサ場にオオカミやタカなどの天敵が近づいてくると、見張り役のプレーリードッグは仲間に対して「キャンキャン」と叫びます。この声は1秒程度と短いのですが、実はその中に膨大な情報量が詰め込まれているようです。

そこには、「近寄ってきた動物の名前」だけでなく、その「大きさ」や「色」「形」など、さまざまな情報が含まれていると考えられます。さらに、プレーリードッグが見たことのない奇妙きてれつな物体を近づけると、謎の物体を表現する「新しい鳴き声」を叫んで周囲に異常を伝えることも確認されています。

このように柔軟性に富んだプレーリードッグ語は、生まれる前から使えるものではなく、後天的に学習された言語であると考えられています。そのため、地域によっては方言とでもいうべき差異が生じているようです。

<Prairie Dogs: America’s Meerkats – Language>

会話しながら役割分担して食べ物を集めるミーアキャット

プレーリードッグと同じようにしゃべる動物としては、「ミーアキャット」などが挙げられます。彼らもプレーリードッグと同様に地面に掘った穴の中で生活し、見張り役を立てながら食べ物を収集しています。そのため、敵がやって来たときには「ワンワン(危ない!)」という警戒声を発することで群れを守っているのです。

ミーアキャットに言葉で危険を知らせる見張り役?

このミーアキャットが生息するカラハリ砂漠には、他の動物の言葉を巧みに使いこなす生物が住んでいるのです。その生物の名前は、スズメ目オウチュウ科の「クロオウチュウ」です。この黒い鳥は、ミーアキャットのエサ場に現れると、小高い木々の上に立って彼らの食事を眺めます。

そして、このエサ場にミーアキャットの天敵であるタカなどの生物が現れると、ひときわ大きな声で「ピャッピャッピャ(危ない!)」と叫ぶのです。この声を聞いたミーアキャットたちは、食べかけのエサを投げ捨てて巣の中に逃げていきます。

これを何度か繰り返すことで、ミーアキャットたちはクロオウチュウの警戒声を信頼し、それが発せられた瞬間に巣穴へと逃げるようになっていくのです。

「危ない!」と叫んで食料をだまし取るクロオウチュウ

ここで話が終わるのであれば、クロオウチュウは献身的な見張り役といえるでしょう。しかし、彼らの別名は「泥棒鳥」です。

ミーアキャットからの信頼を得たクロオウチュウは、次第に、危険な動物がいないにも関わらず警戒声を発するようになります。それにだまされたミーアキャットたちは、集めたエサを放り投げて巣に飛び込んでいきます。このエサをクロオウチュウは奪っていくのです。クロオウチュウはこのような詐欺行為によって、1日に必要なエネルギーの4分の1を賄っているそうです。

とはいえ、そのような詐欺行為を続けていると、ミーアキャットたちもクロオウチュウの警戒声がうそであることを学習し、その声に反応しなくなってしまいます。実は、そこからがクロオウチュウの腕の見せ所です。

なんと、クロオウチュウは自らの種としての「ピャッピャッピャ」という警戒声だけでなく、ミーアキャットの警戒声である「ワンワン」という声を発することができるのです。突然、仲間と同じ声で響く警戒声には、さすがのミーアキャットもだまされてしまいます。

<Drongo Bird Tricks Meerkats | Africa | BBC Earth>

ある研究者によると、クロオウチュウはミーアキャットだけでなく、51種類もの動物の警戒声を鳴くことができるとのことです。世界には、クロオウチュウのように他種の言語を把握して使い分ける動物がまだまだいるかもしれません。

人と動物は、種の壁を越えて会話できるのか

とはいえ、クロオウチュウが発する声は文法にのっとった言語ではなく、単語の模倣にすぎません。そのため、動物言語学の研究対象とは言い難い面があります。しかしクロオウチュウとミーアキャットたちの関係性は、私たちにある教訓を与えてくれます。

それは、「動物たちは種の壁を越えて、お互いの声や行動を認識し、その意味を探りあっている」ということです。

動物たちは人の行動を観測し、その意味について思考している

厳しい野生環境では、種の異なる動物が発するメッセージが、自らの生死に直結する場面も少なくありません。そのため、動物たちは聞こえてくる声や周りの状況を観測し、それが持つ意味を推測し続けてきました。

同様に、私たちの身の回りに存在するイヌやネコ、ウシやブタ、カラスやイノシシといった動物たちも、人間の発する言葉を注意深く聞き取り、その意味を探っているはずです。

一方的な観測ではなく、お互いを探りあうことで生まれる新しいコミュニケーション

動物たちが人間や周囲の環境に対して抱いている「警戒心」や「好奇心」と、それによって発せられる「視線移動」や「体の震え」といったかすかなメッセージをテクノロジーでとらえることができれば、

『あそこにネコがいます。怖いです』
『おなかがすいています。ごはんをくれませんか?』
『さっきから不安そうですが、群れからはぐれたのですか?』

というような形で、動物の言葉や感情を人間の言語に翻訳することが可能になるかもしれません。

人間と動物が種の壁を越えて会話をするためには、どちらかが一方的に観測、研究をするのではなく、お互いの感情を探りあう必要があります。今後は、人間と動物の反応を同時に研究することで、言語化が可能な共通点を見つけていく作業が必要になることでしょう。

声なき動物たちの感情が読み取れるかも?

ミツバチが尻や翅(はね)を振ることで仲間に花畑の場所を教える「ハチの字ダンス」も、情報を記号化、抽象化することで他者に伝える言語の一種といえます。

<【高校生物】 動物生理28 生得的行動:ミツバチダンス(19分)>

今後、ハチの字ダンスなどの行動から情報を読み取ることができるようになれば、虫やクラゲ、タコのような「語ることのできない動物」とも会話ができるようになるかもしれません。

「動物言語学」について学ぶ大学の学部や学科

動物言語学は比較的新しい学問であり、今のところそれを専門に研究している学部は存在しません。また、「独自の言語を持っている」という確実な証明に至った動物は、今のところシジュウカラなどのごく少数にとどまっています。

しかし、世の中には独自の言語を扱っていると思われる動物が数多く存在します。彼らの生態を調査、研究し、その生態を解明していくことは、生物学的にも言語学的にも有意義な行為といえます。

生物の言語や言動に興味のある方は、動物の「生態学」や「行動学」などの研究を行っている理工学部の生物学科や農学部への進学を検討してみてはいかがでしょうか。