注目の研究テーマ

音と脳の関係性を研究する【音響学】が、世界に必要な音を作り出す!

『音響学』とは、空気や水などの媒質が振動することで生まれる「音」と、それがもたらす影響を研究する学問です。音というと音楽をイメージする人も多いでしょうが、それだけではありません。音を活用して、私たちの暮らしを豊かにする取り組みも進んでおり、日本のさまざまな大学でも研究されています。

そもそも音とはなんなのか

私たちが生きている世界は、極めて微小な粒子によって構築されており、透き通った空気や澄み切った水の中にも、さまざまな微粒子がひしめいています。

そのため、微粒子よりもはるかに大きな物質が移動したときには、空気や水の中の粒子が押し出され、圧力が発生します。この圧力変化によって生じた「振動」を耳が感知し、「電気信号」へと変換させることによって、「脳の中で音が認識される」のです。

音を聞くための体の仕組みは複雑怪奇

この「脳の中で認識」というのが音のポイントです。電気信号になって脳に届くことで、初めて人は「音を認識」するのです。

私たちの耳が二つ存在する理由は、左右の鼓膜が振動した際の時間差などを比較することで、音が聞こえてくる方向や音源を察知するため。この察知も脳の中で行われるものです。

このような人体の仕組みや性質を解明しつつ、「音楽を聴いたときに、脳の中でどのような影響が発生するのか」「リズムなどの周期を持たないノイズを聴き続けたときに、どのような反応が起こるのか」といったことを研究する学問が、音響学の一部である「音響生理・心理学」です。

人体に音がもたらす影響を研究する「音響生理・心理学」

不思議なことに、音は人によって「聞こえ方」に違いがあります。例えば一つの音を聞いても、それが「大きい音」なのか「小さい音」なのかは人によって異なります。さらに、ある実験では「男性よりも女性の方が小さな音量で満足できる」という結果も出ています。

人によって聞こえ方が異なる理由にも、脳の働きが関係しているわけです。音響生理・心理学は、このようなデータを計測、収集することで、脳と音の関係性を研究するものです。

普段の生活でも、脳と音の不思議な関係を見ることができます。いくつか例を紹介しましょう。

音楽を楽しむために、脳は働き続けている

音をリズミカルに発生させることで生まれる「音楽」には、人をリラックスさせたり緊張させたりと、さまざまな影響をもたらすことが判明しています。

しかし、私たちが何気なく「いいな」と思っている楽曲は、脳がメロディーから長調や短調などの「調性」を読み取りつつ、一つひとつの音色の意味を判断する「調性的体制化」と呼ばれる処理を行うことで、初めて楽しむことができるのです。

このような音楽と人の関係について、音響生理・心理学では、音圧のレベルを示す「デシベル」や「ラウドネス」、音の高さを示す「ピッチ」など、さまざまな専門知識を活用することで研究を進めています。

脳は自動でノイズをキャンセリングしている

私たちの脳は、音楽を楽しむために「欠けている部分」を補完しています。そのため、音楽の一部にノイズが混じっても、脳が自動で補正するために、気づかないことがあります。この現象は、存在しない音を聞く「音韻修復」と呼ばれています。

脳とノイズの研究としては、このほかにも「マスキング」が挙げられます。マスキングとは、ある音に別の音をかぶせることで、お互いに聞きづらくなる現象のことを指します。

「クラシック音楽を聴きたいのに、道路工事の音が邪魔でなにも聞こえない」ということも、マスキングのひとつです。しかし、マスキングの効果はデメリットだけではありません。例えば、レストランの前に交通量の多い道路があったとしても、車やバイクの音にBGMなどの音楽をマスキングすれば、騒音に悩まされることなく食事を楽しむことができます。

難聴の原因を解明し、回復方法を探る

音響生理・心理学では聴覚障害の原因を解明することで、その対策方法や治療方法なども研究しています。

スポーツ会場やライブハウスから出た後に、しばらくのあいだ音が聞きづらくなることがあります。この現象は、大きな音を聴き続けたことで発生する「一時的聴力損失」と呼ばれています。

一時的聴力喪失によって喪失した聴力は、一定の時間がたてば元に戻りますが、何度も繰り返すことによって、聴力が回復しなくなる「永続的聴力喪失」に悪化してしまう可能性もあります。

音と環境の関係を研究し、社会のデザインに役立てる「音響工学」

音楽と脳活動の研究に特化した「音響生理・心理学」に対して、工学的な立場から研究を進めているのが「音響工学」です。音響工学では、機器や建物と音の関係を研究することで、社会をよりよいものにしようという試みが行われています。

無音で走行する電気自動車に「疑似エンジン音」を搭載するのはなぜか

走行に必要なエネルギーの出力元として、ガソリンエンジンを使用しない電気自動車。そのメリットのひとつが、「静かな走行音」です。しかし、車の走行音が低すぎると、自動車が近づいたことに気づかない歩行者との接触事故が発生してしまうかもしれません。

そのような事故を防ぐために、多くの電気自動車に装着が義務付けられているのが、音響工学を用いて開発された「疑似エンジン音」です。人に不快感を与えず、かつ車の接近を伝える疑似エンジン音は、人々の生活を守りながら、これからの未来社会を発展させていくために不可欠なものとなっています。

機械の操作方法を明快にし、人々の行動を後押しする「操作音」

駅の券売機や銀行の現金自動預払機(ATM)にも、音響工学が活用されています。例えば、液晶パネルに表示されたボタンをタップしたときに、何の音もしなかったらどうでしょうか。

購入や送金などの重要な操作をしたときに音が鳴らなければ、「きちんとボタンを押せたのだろうか?」「間違った操作をしていないだろうか?」と不安に感じるかもしれません。また、間違った操作をしたときにエラー音が鳴れば、素早く操作ミスに気づくことができます。

このように、機器の動作に適切な操作音を加えることで、操作ミスを軽減しつつ、誰でも容易に扱えるようにすることも、音響工学の役割のひとつです。

言葉の壁を越えてメッセージを伝える「音のユニバーサルデザイン」

自動車の運転手がシートベルトをしていないときや、バックをするときには、そのことを内外に伝えるための「サイン音」が再生されます。このサイン音のメリットは、言葉の通じない相手でも「ここは危険です」や「人が通ります」などのメッセージを伝えることが可能であるという点です。

音響工学はこのような研究によって、言語の違う人や障害を抱えた人の生活を音でサポートし、誰もが平等で、楽しく暮らせる「音のユニバーサルデザイン」の実現を目指しています。

音響学について学ぶ大学の学部や学科

音響学は、日本のさまざまな大学で研究されています。音やメロディーで人間の心理にアプローチする音響生理・心理学に取り組む学部としては、医学部や心理学部のほか、映像製作に携わる映像学部などが挙げられます。

機器の設計やコンサートホールの建築などにかかわる音響工学には、工学部や建築学部、情報学部などが取り組んでいます。

音響の研究には、音波で物体の位置を測定するソナーや、軍事目的で活用される音響兵器の開発など、さまざまなものが存在します。音について学びたい人は、音響学を学べる大学を選んでみてはいかがでしょうか。

『音響学』の活用が期待できる分野

医療、建築、製品開発、軍事

参考資料

岩宮 眞一郎. 音と音楽の科学. 株式会社技術評論社.