最近ニュースなどで「量子コンピューター」という言葉を、よく耳にするようになりました。この量子コンピューターとはいったいどのようなものなのでしょうか。従来型のコンピューターとどこが違って、何ができるのでしょうか? 「量子コンピューター」の可能性や大学での研究を紹介します。
「量子コンピューター」とは?
すでに私たちの回りのいろいろなところで、多くのコンピューターが使われています。パソコンやスマートフォンはもちろん、ゲーム機、自動車、冷蔵庫や電子レンジなどにもコンピューターが組み込まれています。
みなさんも授業の中で、パソコンで文書を作ったり、プレゼンテーションしたりしているのではないでしょうか。その処理速度に不満はありますか? 最新のパソコンなら作業に支障が出るほどストレスを感じることはないと思われます。
しかし自動車の自動運転、新しい薬や素材の開発、災害時の迅速な対応など、大規模なシミュレーションには、従来のコンピューターでもパワーが全然足りないというときもあるのです。
「量子コンピューター」とは、そのようにとんでもないパワー必要とする処理をすることを目的に開発されている、まったく異なる仕組みで動く新世代のコンピューターです。
みなさんも物理の授業で「分子」「原子」について習ったはず。その原子の元になっているのが「量子」です。その量子には、普通の物質とは異なる不思議な力があります。その不思議な力を使って実現したもので、従来型のコンピューターの性能をはるかにしのぐ可能性を秘めています。
ニュースなどでは、完成したら従来型のコンピューターの数億倍ものスピードを発揮するなどといわれているほどです。
<テレ東BIZ:人類史上”最強”のマシン? 量子コンピュータの実力は>
そもそも量子とは? 量子だけで起こる不思議な現象
物質は、分子や原子から構成されます。それをさらに細かくしたものが量子です。この量子という非常に小さい世界では、私たちの目に見える世界とは異なる不思議な現象が起こります。
例えば時間が逆行したり、テレポーテーションが起こったり、無の空間から量子が生まれたり消えたり……。
そういう不思議な世界の「量子力学」を応用して生まれたのが、「量子コンピューター」なのです。
従来型のコンピューターとの違い
量子コンピューターといっても、データを「0と1」としてデジタル処理するという点では従来型のコンピューターと同じです。従来型のコンピューターは、素子を使って0と1を表します。つまり、一つの素子が0か1のいずれかを示すことで値を表しています。
しかし量子コンピューターでは量子が持つ「重ね合わせ」という特徴を活用します。重ね合わせを使うと、一つの量子ビットで0と1を同時に表すことができるのです。
この重ね合わせによって高速な並列処理が可能になり、従来型のコンピューターに比べて大幅に上回るスピードを実現することになるとされています。
0と1を同時に表現するとは? 「シュレディンガーのネコ」の例え
量子の重ね合わせの説明によく使われるたとえが「シュレディンガーのネコ」という、物理学者のシュレディンガーが考えたユニークな話です。
密閉された箱にネコを入れます。その箱には、放射性物質を組み込んだ機械と毒ガスも入っています。放射性物質が崩壊すると毒ガスが放出され、ネコは死んでしまいます。しかし崩壊しなければ、ネコは生きています。その放射性物質が崩壊する確率は50%です。
さて、ここで登場するのが、箱を開ける観測者です。シュレディンガーは、ネコの生死が決まるのは「観測者が箱を開ける瞬間」であり、それまでは「生きているネコと死んでいるネコが重なり合っている状態」というのです。
この「生きているネコと死んでいるネコが重なり合っている」という状態が、「0と1が重なり合って、同時に表せる」という例え話になっているのです。
「わかったような、わからないような」という説明ですが、ここでは
- 量子の世界では、不思議な現象が起こる
- その不思議な理屈の上に成り立っているのが量子コンピューターだ
ということを頭に入れておいてもらえればいいと思います。
量子コンピューターの種類と開発状況
量子コンピューターは、大きく「アニーリング型」と「量子ゲート型」の二つに分けられます。
アニーリング型とは
「組み合わせ最適化」という計算に特化して作られた量子コンピューターで、2011年にD-Waveというカナダの会社が商用サービスを開始するなど、実用化が始まっています。
なお、その原理である「量子焼きなまし法」は東京工業大学の西森秀稔氏によって生み出されたものです。
量子ゲート型とは
万能型の量子コンピューターで、アニーリング型よりも古くから研究されていましたが、実用化にはまだ数十年かかりそうです。現在も、IBM、Google、Microsoft、Intelなど、日本でも日立、富士通などが研究しています。
数十年と書きましたが、いきなり完成した量子ゲート型の量子コンピューターが登場するのではなく、途中段階のもので実用レベルに達した製品から徐々に普及していくことになると思われます。
量子コンピューターが導く未来
量子コンピューターが広まったとき、社会、あるいは私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。
組み合わせ最適化問題
現在、実用化に近づいているのがアニーリング型ですが、その得意分野は「組み合わせ最適化」です。これは、膨大な組み合わせパターンがあるものから最適な答えを見つけ出すというものです。
その説明に、よく取り上げられるのが「巡回セールスマン問題」です。これは、一人のセールスマンがいくつもの都市を回るときに、「どういうルートなら効率的にすべての都市を回れるか」という最適解を導くものです。
10都市を順番に回るだけでもそのパターンは約363万通り。その膨大な組み合わせから、もっとも効率よい1パターンを見つけ出さなくてはいけません。
従来型のコンピューターの場合は、全部のパターンを試算した上で最適解を計算していました。つまり、約363万通りをすべて試算した上で、もっとも効率の良いものを導き出します。
しかしアニーリング型の量子コンピューターで「量子焼きなまし法」を使えば、瞬時に最適解を得られるのです(ここではその原理の説明は省略します)。
自動運転社会では必須
この組み合わせ最適化は、都市を回るだけの話ではありません。実は、私たちの生活の多くのシーンで関わってくるのです。
例えば、近いうちに到来する自動車の完全な自動運転。出発地も目的地もバラバラな10万台の、コンピューターに制御されたクルマが、いっせいに走りだすと考えてみてください。
10万台の自動車それぞれの最適ルートを計算しようとしたら、従来型のコンピューターでは時間がいくらあっても足りません。それぞれのクルマが渋滞を起こさないよう、1台ごとの最適なルートを、「瞬時に」見つけられるようにするためには、量子コンピューターの力が必要となるのです。
また「瞬時」というのもポイントです。「ある道路が土砂崩れで通行止めになった」という不測の事態が起こったとしても、量子コンピューターであれば、瞬時に計算し直して新しい最適ルートを導くことができるからです。
いろいろなところで使われる組み合わせ最適化問題
ほかにも、膨大な組み合わせを扱う分野はたくさんあります。例えば、新しい薬を作り出す「創薬」、新素材を作り出す「材料科学」、投資先を選定する「金融」など。身近なところでは、大きな工場で働く人のシフト表作成も組み合わせ最適化といえます。
このように、大きなところから身近なところまでさまざまなところに組み合わせ最適化が関係しています。
適材適所で従来型と共存する未来
ここまで量子コンピューターがどれだけすごいかという話をしてきました。では、従来型のコンピューターはいずれなくなってしまうのでしょうか。
実はアニーリング型の量子コンピューターは、組み合わせ最適化以外の計算がそもそもできないので、それ以外の計算をしようとすると、今度は逆に従来型のコンピューターに歯が立たなくなります。
また、(種類にもよりますが)量子コンピューターは超低温で動作させるものなので、巨大な冷却装置が必要です。スマートフォンのような小型の量子コンピューターが開発されるかといえば、疑問です。
このように特徴や得意分野が異なるので、従来型と共存する形で量子コンピューターが使われていくのではないでしょうか。
ソフトウエア面の研究、開発も必要に
現在は、機械、ハードウエアとしての量子コンピューターを中心とした研究、開発が進んでいる段階です。しかし、コンピューターはソフトウエアが動いて、初めて機能するものです。ハードウエアの開発に合わせて、ソフトウエアの研究、開発も進めなくてはいけません。
また従来型のコンピューター向けのソフトウエアと異なり、量子の特性を理解してソフトウエア開発に当たることになるので、新しい知識やノウハウも必要となります。
つまり、ハードウエアだけでなく、ソフトウエアの開発者も育てていかなくては量子コンピューターをうまく活用できないことになります。
「量子コンピューター」について学べる大学
2020年日本は「量子技術イノベーション戦略」を発表し、量子コンピューターを活用した社会像として「生産性革命の実現」「健康・長寿社会の実現」「国及び国民の安全・安心の確保」の三つを挙げています。
大学でも量子コンピューターの実用化に向けて動き始めています。2018年5月、慶應義塾大学と日本IBM、量子コンピューター研究拠点「IBM Qネットワークハブ」を解説しました。
2020年7月には、東京大学が「量子イノベーションイニシアティブ協議会」を設立しました。
また東京大学とIBMは、2021年6月、ハードウェア・テストセンター「The University of Tokyo – IBM Quantum Hardware Test Center」を設置し、量子コンピューター技術の研究・開発を行っていくとしています。
量子コンピューターのソフトウエアを開発するには、量子コンピューターに触れる環境も必要です。それをクラウドで提供したのが「Fixstars Amplify」です。その利用者のリストには、慶應義塾大学、早稲田大学の名前もあります。
このように大学でも、ハードウエア、ソフトウエア両面から、量子コンピューター実用化に向けた動きが始まっています。
物流、交通、金融、医療、創薬、科学など
参考
アニーリング型/ゲート型量子コンピュータの研究開発
https://www.hitachihyoron.com/jp/archive/2020s/2021/02/02c01/index.html?WT.mc_id=ksearch
量子コンピューター実現の鍵はスケーラビリティの確立
https://www.mri.co.jp/50th/columns/quantum/no02/
量子コンピュータはなぜ速いのか?
https://www.mki.co.jp/knowledge/column101.html
ロシアとアメリカ、スイスの合同研究チームが量子コンピュータで時間を逆行させることに成功か?
https://techable.jp/archives/95641