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心の財布でお金の使い方が変わる? 【心理会計/心理的財布】の研究でわかる「お金と心」の関係

私たちは毎日のように何らかの形でお金を使いながら生活しています。その行為を行動経済学、心理学の面から見ると、「お金と心」の関係が見えてきます。今回は、心理会計、心理的財布について解説します。

人間は、お金の使い方を無意識に分類している

1万円という金額の価値は、どのような場合でも常に同じでしょうか?

例えば、

  • アルバイトを頑張ってためた1万円
  • お年玉でもらった1万円

どちらも同じ1万円ですが、アルバイトでためたお金は「大切に使いたい」「本当にほしいものに使いたい」という気持ちが強いのではないでしょうか。

一方、宝くじが当たった人がお金を使いまくって数億円のお金があっという間になくなってしまったという話を聞くことがありますが、それと同じように苦労することもなく手に入れたお年玉は「いつの間にか使って、なくなっていた」という経験を持つ人も少なくないのでは?

旅先でついつい財布が緩む理由は?

旅行で遠くに行ったときはどうでしょう。普段は絶対に買わないようなものであっても、旅先だと「せっかく来たのだから記念に」と必要のないものまで買ってしまうことがあります。よく笑い話にされるネタですが、「修学旅行中の男子高校生はなぜか木刀を買う」という話は、まさにその例といえるでしょう。あれは「せっかく遠くに来た記念に」という気持ちが働いて、必要のない木刀に対して財布のひもが緩んでしまうからと考えられます。

<修学旅行で男子はなぜ木刀を買うのか?!~観光心理学への招待~:九州産業大学>

このような行為のベースには「人間の心にはいくつもの財布がある」という考えがあるとされ、それを行動経済学や心理学、マーケティングでは「心理会計」(心理的会計、メンタルアカウンティングとも呼ぶ)、「心理的財布」と呼びます。

心理会計、心理的財布とは?

心理会計とは、お金の入手経路、使用目的ごとに頭の中で分類しながら使うという考え方で、行動経済学者のリチャード・セイラー氏によって提唱されました。会社の会計では、収入や支出を勘定科目という方式で分類して管理しますが、人間の心の中でも同じような働きがあると考えるわけです。

さきほどの例のように、苦労してためたお金は大切に使おうとしますが、簡単に手に入れたお金は気楽に使ってしまうというのも、心の中で「別のお金である」と認識しているからと考えるのが心理会計です。

心理的財布も同じように、使用目的ごとに心の中に異なる財布を持ち、使うときにそれぞれの心の中の財布から支払うという考えで、同志社大学、愛知学院大学大学院などの教授を務めた産業心理学者の小嶋外弘氏によって提唱されたものです。

高校生の皆さんも、お小遣いをもらったときやアルバイトでお金を受け取ったときなどに「趣味で使う分が〇〇円」「友達と遊ぶ分が〇〇円」「本やゲームを買う分が〇〇円」「部活の帰りに何かを食べる分が〇〇円」などと、頭の中で分類する人もいるのではないでしょうか。その分類によって生まれた心の中の財布が「心理的財布」ということです。

心の中にいくつもの財布を持つとはどういうことか?

心の中にいくつもの財布を持つとはどういうことでしょうか。例えば、デートで普段は絶対に行かないような高級な飲食店に行くとしましょう。何かを食べるわけですから、それは食費です。しかしデートで行く店の食事代を食費と考えれば明らかに予算オーバーになるはずですが、「デート代は普段の食費とは別」という思いがあるので、「食費」としてはカウントされないわけです。

お金と心の関係を明らかにする実験

しかし「人間は心の中で用途ごとに財布を分けて、その区分のもとでお金を使う」と説明すると、「それって、ただのお金のやりくりの話では?」と思うかもしれません。ところが、「お金と心」という観点から見ると、そう単純な話でもありません。

ノーベル経済学賞を受賞したカーネマン氏とトベルスキー氏は、次のような興味深い実験をしています。

チケット代金1枚10ドルの劇があるとします。

<パターン1>
あなたはその劇の前売り券を事前に買っていました。そして劇場に着いたところで前売り券をなくしていることに気が付きました。さて、もう一度10ドルを支払い、当日券を買いますか?

<パターン2>
あなたは当日券を買おうと劇場に行ったところで、どこかで10ドルをなくしたことに気が付きました。それでも、あなたは当日券を買いますか?

パターン1でもパターン2でも、財布の中から20ドルが失われるのは同じです。しかし、カーネマン氏とトベルスキー氏による調査では、「当日券を買う」と言った人はパターン1では46%、パターン2では88%という大きな隔たりが見られる結果が出たのです。

その違いはどこから生まれるのでしょうか? 

パターン1(前売り券を落としたほう)は、すでに一度チケットを買っています。その10ドルは娯楽費に含まれるでしょう。そして改めて10ドル出して当日券を買うとなると、娯楽費は合計で20ドルになってしまいます。そうなると「これ以上娯楽費は使えないなあ」「同じものを2回買うのはちょっとなあ」と考え、「当日券は諦めよう」という人が増えるのではないでしょうか。

一方パターン2(10ドルを落としたほう)はどうでしょう。落とした10ドルの用途はまだ決まっておらず、どのような用途にも使える白紙のお金です。当日券の10ドルを支払ったとしても、娯楽費は10ドルのまま。だから「落とした10ドルは関係ないのだから、当日券を買おう」と考えるのでしょう。それが88%という数値に表れているわけです。

このように、お金にまつわる心の動きを見つけるのが、この学問の面白いところといえるのではないでしょうか。

心理会計、心理的財布をビジネスに活用

最近人気の高まっている「サブスクリプション型サービス」にも、「お金と心」の関係を見て取れます。サブスクリプションとは、月額固定料金で利用できるサービスのこと。NetflixやDAZNなどの動画配信サイトなどが有名ですが、他にもSpotifyのような音楽配信サイト、デジタル書籍、ブランド品や家電など、さまざまな業種にサブスクリプション型サービスが登場しています。

動画配信のサブスクリプション型サービスは、月額固定料金なので、「どれだけたくさん見ても安心して利用できる」という点が魅力で、映画が好きな人にとっては大きなメリットがあるサービスです。しかし、誰もがそんなにたくさん見るものでしょうか。「よくよく考えてみると、見たい映画を1本ずつ買ってみるほうが安かった」ということもあるはずです。

にもかかわらず、サブスクリプション型サービスは非常に人気です。これを心理会計、心理的財布として考えれば、「毎月の娯楽費は○○円まで」という心の財布を持っておくことで管理がしやすくなる、その金額を超えることがないという安心感の現れと説明できます。

また行動経済学によると、人間は「得すること」よりも「損をすることを嫌う」という法則が見えています。その点も合わせて、心理会計、心理的財布という点から考えると、サブスクリプション型サービスが人気なのは納得できます。

スマートフォン料金にも心理的財布

スマートフォンの料金でも似たようなことがいえます。通信料金には大きく従量制(使った分だけ払う)と固定制(毎月決まった料金を払う)の2タイプに分けられますが、多くの人は固定制を選んでいるのではないでしょうか。それは、「通信費はどれくらい使うかわからないから、上限を決めておきたい」という考えがあるからでしょう。固定制にしておけば、通信費の上限を決めておくことができます。

このように商品やサービスを買うという私たちの日常の行為にも研究する面白さが隠されています。心理会計、心理的財布は、私たち自身を対象とした学問といえるでしょう。

また新しいビジネスやサービスを考えるときに「どうやって消費者にお金を払ってもらえるか」と考える必要がありますが、そのときに心理会計、心理的財布という観点から検討することで、「このサービスはサブスクリプションが向いている」「いや、一つずつ買ってもらうほうがいい」などと筋道を立てて考えられるようになるでしょう。

「心理会計、心理的財布」について学べる大学の学部、学科

心理会計や心理的財布は行動経済学や心理学、マーケティングが専門になります。そのため、経済学部や商学部、心理学部(心理学科)などで学ぶことができます。

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参考

・心のなかにある財布(心理的財布理論)
https://echool.tachibana-u.ac.jp/column/039.html

・池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 (2020).錯思コレクション100 :メンタル・アカウンティング
https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_52.html
(2022年3月5日アクセス)