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あの歴史上の大事件の陰に気象変動? 【歴史気候学】で気候から歴史を見直す研究も

地球の気候は、環境の変化や宇宙からの影響などを受けることによって、時代ごとに変化してきました。そのような「現代とは異なる過去の気候」がどういうものだったのかを探る学問が「歴史気候学」です。過去の気候と人類の歴史などを重ねてみると、今まで歴史上の謎とされてきたことの真相も垣間見えてきます。今回は、歴史気象学について解説します。

過去の気候データの研究「歴史気候学」から歴史を見てみよう

気候学や気象学、つまり「お天気」に関する研究というと、台風や豪雨、雷などの自然現象のメカニズムを調べたり、地球温暖化について研究したりというイメージを持つのではないでしょうか。

しかし、気候研究の対象は、現在や未来だけではありません。過去の地球の気候を調べる「歴史気候学」「古気候学」という学問もあるのです。これは昔の記録や古文書、樹木の年輪、地層などの調査を積み重ね、何百年前、何千年前、何億年前という昔の時代の気候について調べる学問です。

過去の歴史と気候学を重ね合わせてみる

人類の歴史には、アレキサンダー大王やチンギス・ハン、ナポレオン、織田信長や豊臣秀吉など、多くの英雄や偉人が登場します。歴史の授業を受けていると、そういう偉人たちによって歴史は動かされてきたと思いがちですが、本当にそうでしょうか。

実は、皆さんが学んでいる「人類の歴史」と「過去の気象」を関連付けて研究してみると、意外な事実が見えてくるのです。

中国の王朝交代の要因に気候変動?

気候と人類の歴史はどのように関係しているのでしょうか。

中国では、数多くの王朝が興っては消えていくという、栄枯盛衰の歴史を積み重ねてきました。例えば、中国の王朝である漢の後には、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備が活躍する有名な三国志の時代が訪れます。

しかし漢の末期には国が乱れていただけでなく、歴史気候学によると、アジア全体に寒冷化が訪れていたことが判明したのです。

史上最大の帝国「モンゴル」が誕生したのもお天気のせい?

国家の動乱と気候の変化が同時に発生する例は、ほかにもあります。宋の後には、チンギス・ハンが興した元(モンゴル帝国)が建国されますが、このころも気温が低下していました。

モンゴルの民は、もともと遊牧をしていた騎馬民族。定住をせずに家畜を引き連れて牧草のあるところを移動しながら暮らしていた民です。そこに気温低下で牧草の育ちが悪くなれば、暖かい地域へと移動するのは当然ではないでしょうか。そしてその行く手に宋という国があったとしたら……。

同様に明の末期も、気温が低下したところに北方の満州族がやってきて清が興ります。

気候も歴史を変える大きな要因

もちろん気温が下がったことが王朝交代の直接の原因と断言することは難しいかもしれません。しかし、気温が下がれば農作物の収穫量が減ります。しばらくの間は備蓄した食糧で乗り越えられるかもしれませんが、それが数年続くと、人々の忍耐も限界に達します。

それが民衆反乱や異民族の侵入を招くきっかけになっていたとしたらどうでしょう。少なくとも王朝交代という歴史的な大事件を招く要因になりうるとはいえそうです。

・中国の王朝の変遷、気候の寒冷化が影響か 研究成果
https://www.afpbb.com/articles/-/2741042

<王朝の滅亡を気候変動で説明できるか?>

西ローマ帝国は滅亡した原因はアジアの異常気象?

気候変動との関連が見られる王朝滅亡はヨーロッパでも見られます。例えば、5世紀に起こった西ローマ帝国の滅亡。その背景にはゲルマン民族の大移動がありました。ゲルマン民族はもともと北方のスカンジナビア半島やバルト海沿岸を中心に暮らしていた人々で、バイキングとしても有名です。

それがローマ帝国内に移動し定住するようになり、傭兵だったゲルマン人の手によって西ローマ帝国は滅亡することになります。そのゲルマン人が作った国家は現在、フランス、ドイツ、イタリアとして残っています。

なぜゲルマン民族が大移動したのかというと、アジアから「フン族」という騎馬民族がやってきてゲルマン民族の住む地域を征服したから。つまりフン族から逃れるために、ゲルマン民族は西ローマ帝国領土へと移動したのです。

では、そもそもの原因である、フン族がゲルマン民族の土地にやってきた理由は何でしょうか。フン族は、アジアの匈奴であるという説があるものの、実は謎に包まれた民で、移動してきた目的も不明のまま。ただ、フン族がやってきた時期にアジアで異常気象が起こっていたことはわかっています。

ということは中国の例と同じで、異常気象から逃れるためにアジアからヨーロッパに向かったというのは容易に想像できます。もしフン族が来なかったら、フランス、ドイツ、イタリアも誕生していなかったのかもしれません。

・西ヨーロッパ世界の成立
https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume013.html

民主主義が生まれた要因は、火山の噴火?

マリー・アントワネットやロベスピエール、ナポレオンなどが登場する18世紀のフランス革命。これは「王制」から「議会政治による民主主義」へと移行するきっかけとなる、歴史的にも重要な出来事とされています。

フランス革命が始まったのは1789年。その直前となる1780年代は、世界各地で火山が大噴火を起こし、その影響で長期間にわたる異常気象に見舞われていました。同時期に日本でも浅間山が噴火して天明の大飢饉(ききん)が発生していますが、フランスでも凶作により民衆が苦しんでいました。フランス革命を描いたドラマに食糧難にあえぐ民衆が登場するのはそういう理由です。そして民衆の不満が爆発した結果、革命への火ぶたが切られたわけです。

歴史を見る新しい視点

歴史を勉強すると、どうしても起こった出来事、国や人物の動きなどを中心に学ぶことが多いはず。しかし歴史気候学という視点から見ると、人類の歴史がいかに自然環境と深く絡み合いながら積み上げられてきたのだと驚かされます。

「歴史に『もし』はない」とよくいわれますが、ゲルマン民族が大移動しなかったら、過去最大の版図を持ったモンゴル帝国が生まれなかったら、民衆の力で王制を打倒し民主主義を生んだフランス革命が起こらなかったら、今はいったいどのような時代になっていたのでしょうか。

歴史気象学の研究の方法

もともと過去の気候について調べるには、昔の記録や個人の日記などの古文書をひもといたり、樹木やサンゴの年輪、鍾乳石、地層などを調べたりという地道な作業が必要でした。しかし、昔は正確に気温を計測する機械はありませんし、どうしても不正確なところがありました。

一方で、地球温暖化やSDGsに取り組むには、気象についての研究は不可欠です。そのような研究を通して、気候変動のメカニズムなどが詳細にわかるようになってきました。

そして過去の記録を収集、整備、蓄積するのに加えて、最新の研究による気象メカニズムに関する知見を駆使して分析したりすることで、過去の気候が詳しくわかるようになってきたのです。

それらの成果をもとに人類の歴史を見直したことで、今、歴史気候学が新たな広がりを見せているというわけです。

日本でも進む歴史気候学

日本でも大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所が「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索」というプロジェクトを行っていました。

・高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索
https://www.chikyu.ac.jp/nenrin/

このプロジェクトは終了しており、成果は以下の書籍としてまとめられています。日本の歴史が気候とどのように関係していたのか。興味のある方はぜひ手に取ってみてください。

・気候変動から読みなおす日本史 全6巻
http://www.rinsen.com/linkbooks/ISBN978-4-653-04500-7.htm

「歴史気候学」を学べる大学の学部、学科

自然科学の一分野である歴史気候学は、気候や気象、歴史にまたがる研究です。気候学科、気象学科といった気象を専門とする学部、学科のほか、環境学、地球科学などでも触れるかもしれません。

また前述の「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索」のプロジェクトリーダーを務めた中塚 武氏は名古屋大学大学院環境学研究科 教授です。その名古屋大学では「古気候学グループ」という研究グループも立ち上げています。

・古気候学グループ
http://has.env.nagoya-u.ac.jp/pcl/

<名古屋大学【歴史の科学証明】樹木年輪からみた気候と環境の過去・現在・未来/中塚武教授>

上記プロジェクトは、信州大学や東京大学、福島大学、筑波大学、早稲田大学、同志社大学、別府大学、東北大学、立命館大学など、非常に多くの大学からもメンバーが集まっていました。メンバーが属する学部、学科も環境学研究科、経済学部、文学部、生命環境系、大気海洋研究所、社会文化科学研究科、神道文化学部、災害科学国際研究所など、多種多様でした。このことからも歴史気候学が非常に幅広い分野にまたがった研究だということがわかります。

なお今回では、歴史の教科書に出てくるような出来事との関連を中心に説明してきましたが、歴史はそれだけではありません。ほかにもいろいろな歴史や学問と気候を結び付けることで、新しい視点から研究できるのも歴史気候学の醍醐味(だいごみ)といえるでしょう。

参考

・歴史イベントと気候との関わりをどう教えるか ─歴史気候学からの視点
http://oguchaylab.csis.u-tokyo.ac.jp/AJG_outreach/resources/Yamakawa_2017/chiri-no-kenkyu_197_09-17_hirano.pdf

・歴史気候学研究の現状と展望
―歴史気候記録と古気象観測記録のデータバンク構築に向けて―
http://hist-geo.jp/img/archive/267_001.pdf

・人文情報学の素材としての歴史気候学の経験
http://oguchaylab.csis.u-tokyo.ac.jp/AJG_outreach/resources/Yamakawa_2017/chiri-no-kenkyu_197_09-17_hirano.pdf