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Society 5.0に向けた【IOWN構想】 社会を変える「未来のインフラ」づくりの研究

現実とデジタル世界が融合するSociety 5.0。その到来に向けてインフラの改革が進められています。それがIOWN(アイオン)構想と呼ばれるものです。今回は、それが求められる背景とIOWN構想の概要について解説します。

未来社会の実現に、今のインフラでは力不足

電気や水道、ガス、道路や橋、鉄道のように社会や生活を支える基盤となるものを「インフラ」と呼びます。みなさんがスマートフォンやパソコンなどで使っているインターネットも社会インフラの一種です。

「インターネットがインフラ」とはどういうことでしょうか。今、私たちはスマートフォンやパソコンを使って、友達とチャットやSNS、テレビ電話、ネット対戦のゲーム、動画や音楽の鑑賞、VR、メタバースなどが楽しめるわけですが、それらのサービスが利用できるのもその土台としてインターネットというインフラがあるからです。

逆にいえば、そのようなサービスを楽しんでもらうだけの環境(通信速度、通信品質など)をインフラとして用意していることになりますし、インフラの能力、機能が不足すれば、それらのサービスも満足に動かないことになるわけです。

そして今後ICTの利用がますます広がれば、インフラも限界を迎えるでしょう。そこで、これからの社会に向けた新しいインフラとして研究されているのがIOWN(アイオン)構想です。これはNTT、ソニー、インテルが中心になり、2030年の実現を目指して作り上げようとしている、未来のインフラといえます。

<NTTグループの挑戦!IOWNによるゲームチェンジ>

これまでの通信インフラを振り返る

IOWNの解説に入る前に、通信、ネットワークに関するインフラの歴史を振り返ってみましょう。現在は、住宅では光回線が使えるようになっていますが、そのような高速で快適なネット環境は昔からあったわけではありません。

高校生のみなさんが生まれた2000年代、自宅にインターネット回線を引くときの主流は、光回線ではなく、ADSLという低速な回線でした。光回線のスピードが1Gbps(1000Mbps)程度であるのに対し、ADSLは最大50Mbps程度とはるかに低速です。

それでもADSLが登場した当時は、
「ダウンロードが(それ以前より)断然速い!」
「24時間につなぎっぱなし(常時接続)にできる」
と大歓迎されたのです。

インターネットにつながっていないのが普通という時代も

それもそのはず、ADSLが普及する以前(みなさんが生まれる前の1990年代)の主流はダイヤルアップ接続。これは、インターネットを利用したいとき、アクセスポイントと呼ばれる電話番号にパソコンを使って電話をかけて接続する(そして利用が終わったら、電話を切る)という方式です。

従量課金制だったため、長時間利用すればそれだけお金も掛かりました。さらに、アクセスポイントの数に限りがあったため、利用者が多い時間帯は回線が混み合い、「インターネットにつなげない」ということもしばしばありました。

「インターネットに常につながっている」時代に生まれ育ったみなさんは、「そんな時代があったのか」と驚くかもしれません。しかしあのころはそれが当たり前だったのです。

インフラが強化されたから動画コンテンツも隆盛

また、ダイヤルアップ接続の通信速度は、(速いものでも)56kbpsや128kbpsと超低速ですから、光回線に比べると数千倍の差があります。これは、ネット動画や音楽どころか、文字や写真が中心のWebページを見るのがやっとというスピード。そのためダイヤルアップ接続のころのWebページが、動画がほとんど使われず、文字中心の単純なものだったのは、そういう理由もあったのです。

現在のYouTubeのような動画サイトの隆盛は、高速なインフラが整備されたから、広がった世界といえます。

このような技術の発展を受けて、私たちはすでに、ある程度快適にインターネットを享受しています。では、これ以上のインフラの技術進歩は必要ないのでしょうか?

IOWNとは

さて本題であるIOWN構想の解説に移りましょう。NTTのサイトでは、IOWN構想について以下のように解説しています。

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想とは、あらゆる情報を基に個と全体との最適化を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創るため、光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信ならびに膨大な計算リソース等を提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤の構想です。2024年の仕様確定、2030年の実現をめざして、研究開発を始めています。

IOWN構想とは? その社会的背景と目的
https://www.rd.ntt/iown/0001.html

このIOWN構想は、Society 5.0を関連づけて考えると理解しやすくなります。Society 5.0は、フィジカル空間(現実)サイバー空間(デジタル)が融合した社会のこと。例えば、サイバー空間の中に、現実社会の双子(デジタルツイン)のようなそっくりなデジタルな世界を作って、そのなかでシミュレーションを実行し、その成果を現実世界に反映させるといったような取り組みが可能になると考えられています。

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Society 5.0に必要なインフラとは?

そのようなSociety 5.0を実現するために、今のインフラのままではどのような問題が生じるのでしょうか。通信速度の向上以外にもいろいろな課題を考えなくてはいけません。

通信するデータ量の増加

まずは急増するであろうデータトラフィック(データ通信量)への対策です。例えば、デジタルツインを実現すると、現実のフィジカル空間とデジタルなサイバー空間の間で大量の通信が発生します。数多くの会社、自治体、政府でデジタルツインを駆使するようになれば、データトラフィックも膨大になるでしょう。また、VRやAR、メタバースも普及すれば、それらのデータも相当な量に達するはずです。

上記のIOWNの紹介ページでも、約20年間で190倍、15年間で90倍に増加という推計が紹介されています。今のインフラのままでは、そのデータトラフィックに耐えられないでしょう。来たるべきSociety 5.0社会に向けて、膨大なデータトラフィックに耐えられる新しいインフラを整備していく必要があるのです。

消費電力の増加

Society 5.0時代になれば、多種多様なIoT機器が爆発的に増加すると考えられます。私たちの身近にあるデバイスだけでなく、インターネットの先でサービスを提供してくれるシステム、ネットワークのインフラも増強されていくでしょう。そうなれば、私たちの生活、社会は便利になりますが、その半面、電力消費も増えていきます。

その解決のために、電力消費を抑えられるインフラを作り出す必要があります。

ほかにもインフラには、安定性、低遅延、気密性、スケーラビリティ(拡張性)、柔軟性、運用管理の効率性、トラブルが起こったときの対応のしやすさなど、さまざまなことが求められます。それらの課題を解決できる、未来のインフラとして開発が進められているのがIOWN構想なのです。

IOWN構想の3要素

IOWN構想の主要技術分野として挙げられているのは、以下の3項目です。個々の内容の詳細は、IOWNのサイトでご確認ください。この記事ではポイントだけ解説します。

・IOWN
https://www.rd.ntt/iown/

オールフォトニクス・ネットワーク<情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上>

オールフォトニクス・ネットワークの「フォトニクス」とは「光」のこと。ネットワーク上の通信機器、端末などに光の技術を使うことで、「電力効率を100倍に」「伝送容量を125倍に」「エンド・ツー・エンド遅延を200分の1に」という目標を実現しようとしています。

また、ここで使われた「端末」という言葉に注目してみましょう。今までの説明から、IOWN構想はネットワークに関する新しいインフラを作るものと理解しているかもしれませんが、IOWN構想が目指しているビジョンは、ネットワークだけに留まらず、サーバーなどの端末も視野に入れた大きなものだといえます。

デジタルツインコンピューティング<サービス、アプリケーションの新しい世界>

デジタルツインコンピューティングの「デジタルツイン」は、前述のようにフィジカル空間とサイバー空間を融合することですが、IOWN構想ではさらに一歩進めて、「ヒト、特に個人の内面のデジタル表現に挑戦すること」を特徴に挙げています。従来のデジタルツインは、主に工場や都市、社会などを対象に捉えていましたが、IOWN構想では人間の意識や思考という内面に関わる部分にも踏み込もうとしているわけです。

コグニティブ・ファウンデーション<すべてのICTリソースの最適な調和>

コグニティブ・ファウンデーションとは、「あらゆるICTリソースを全体最適に調和させて、必要な情報をネットワーク内に流通させる機能」を担うものと説明しています。Society 5.0では多種多様な機械やデータが使われますが、それぞれが有機的につながり連携して活用されるには、「一部分だけ得になる」のではなく、「全体として最適な状態」になっていなくてはいけません。そのための調和を担うのがコグニティブ・ファウンデーションにあたります。

IOWN構想に大学も関わり始めている

IOWN構想推進のために2019年に作られたのが、業界フォーラムであるIOWN Global Forumです。このフォーラムを中心に2030年の実現に向けて研究が進められています。IOWN Global Forumのメンバーには慶應義塾大学や東北大学の名前も挙がっています。

・国際的なフォーラム「Innovative Optical and Wireless Network (IOWN) Global Forum」設立
https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/10/31/191031a.html

またIOWN構想は、テクノロジーの世界だけではなく、社会とも深くつながる研究です。京都大学とは、これからのテクノロジーについての検討を共同で進めるという取り組みも始めています。

・IOWN時代の新たな世界観の構築に向けた文理共創プロジェクト
https://www.rd.ntt/research/hil20211200.html

参考

・IOWN
https://www.rd.ntt/iown/