日本の国土には、100を超える数の活火山が存在しています。仮に、そのうちのひとつが噴火した場合、私たちの生活にも何らかの悪影響が生じることでしょう。しかし火山の状態を調査、研究し、マグマや火山灰の動きを予測することができれば、万が一の噴火時にも被害を抑えることができます。今回は、火山大国に生きる私たちにとって欠かすことのできない「火山学」について説明します。
日本に存在する111の活火山
過去1万年以内に噴火したことのある火山のことを「活火山」と呼びます。この活火山は世界に1500ほど存在するとされており、日本には、そのうちの111山が存在しています。それらの火山は、私たちの生活にどのような影響をもたらすのでしょうか。
ひとつの噴火が、日本全体に悪影響をもたらすことも
天明三年(1783年)、群馬県と長野県の境にそびえる成層火山の浅間山が噴火しました。のちに「天明大噴火」と呼ばれるこの現象によって、日本は大きな被害を受けました。浅間山噴火を例に、火山の被害を見ていきましょう。
200㎞先の海にまで流れた「火山泥流」
浅間山の周辺で起こったのは環境の物理的な破壊です。浅間山の火口から出た膨大な火山噴出物は、大きな火砕流となり、1000℃を超える高熱を放ちながら周辺の森林や村を埋め尽くし、破壊しました。
さらに、噴火時の爆発によって浅間山の一部が崩壊し、岩石や泥が吾妻川に流れ込んだことで巨大な火山泥流が発生しました。この「天明泥流」によって、2000を超える家屋と、1500以上の人命が失われてしまいます。天明泥流に巻き込まれた岩石や泥、死骸は、吾妻川や利根川だけでなく、200㎞以上離れた江戸川や太平洋にも達したと記録されています。
・天明三年浅間山噴火横死者供養碑
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e_bunkazai/bunkazai/toroku/008.html
江戸四大飢饉の引き金にもなった「火山灰」
大量の火山灰による作物への悪影響は広範囲に及びました。浅間山が噴出した火山灰は、日本の広範囲に降り注ぎ、作物の生育を妨げました。
さらに、火山ガスなどの小さな火山噴出物は、対流が発生しにくい成層圏まで吹き上げられたために、成層圏を数年間も漂い、日光を遮りました。これによって日本全体に冷害が発生し天明二年(1782年)から続いていた異常気象による凶作が悪化し、江戸四大飢饉(ききん)のひとつである「天明の大飢饉」につながったにつながったととされています。
火山を観測し、そのリスクを予測する火山学
このように、火山は一度の噴火で日本全体に影響を与える力を持っています。噴火は人間のテクノロジーで防ぐことのできない自然現象ですが、原理を理解することによって被害を抑えることが可能になります。そのための学問が火山学です。
火山学の研究とは
火山活動による影響を事前に予測するためには、噴火に至るまでのプロセスだけでなく、火山や溶岩を構成する物質に対する知識も必要になります。具体的には火山学では、どのようなことを学習し、研究しているのでしょうか。
火山の形状や性質をカテゴライズし、危険度を推測する
火山の下には「マグマ溜り」と呼ばれる空間が存在しています。このマグマ溜りに蓄積している圧力が地殻の移動などによって高まると、上部の岩盤が崩壊し、噴火が発生します。この際に噴出されるマグマの粘性(流れやすさ)は山の形を見るだけで察することが可能です。
なだらかな傾斜を持つ「楯状火山」の場合、マグマ溜りには粘性の小さい(流れやすい)玄武岩質マグマが溜まっています。そのため、噴火時には広い範囲に満遍なくマグマが流れ、緩やかな斜面が形成されるわけです。
それに対して、粘性の大きい流紋岩質マグマは、噴火時も固まった状態で出てくるため、周辺へ流れることなく、火山の上にとどまったままで固まってしまいます。これによって生成されるのが、頂点が丸く隆起した「溶岩円頂丘」です。
富士山や浅間山などに代表される円すい型の「成層火山」は、楯状火山と溶岩円頂丘の中間といえます。そのため、マグマが届く範囲は楯状火山よりも小さいといえますが、崩れやすい構造であるため、山体崩壊の危険性は高いといえます。
このほかにも、地温勾配や地殻熱流量などを観測し、さまざまなカテゴライズを行うことによって、火山の危険度を判定することが可能になります。
研究者が知恵を出し合い、噴火を予測して被害を最小限に抑える
火山の噴火を予測するためには、継続的な調査や観測が必要ですになります。そのため、気象庁は「地域火山監視・警報センター」を設置し、24時間態勢で火山の動向を監視しています。
また、火山の動向を探る「火山噴火予知連絡会」には、多くの火山学者が参加しています。このような場所で優れた研究者たちが観測結果を研究しあうことによって、火山の活動を予測することが可能になっているわけです。
火山のメリットを生かして有効活用も
噴火による危険度ばかりが注目されがちな火山ですが、実はさまざまな形で私たちの生活に貢献しています。その例としては、次のようなものが挙げられます。
湖や盆地などの観光資源を生み出す
北海道の観光地であり、世界で2番目に透明度が高い湖としても有名な摩周湖。実は、この湖は、火山によって生み出されたものです。
約7000年前、摩周湖が存在する場所には、標高2000メートルほどの成層火山である摩周火山がそびえていました。これが噴火した際、地下のマグマ溜りが空洞化し、そこに地表が崩落してきたのです。このように、噴火によって地盤が陥没する現象を「カルデラ」と呼びます。
<阿蘇火山博物館のカルデラチャンネル 第1回「外輪山ってなんだ?」>
日本には摩周湖のほかにも、世界最大級のカルデラである「阿蘇カルデラ」や「屈斜路カルデラ」などなど、さまざまなカルデラが存在しています。現在、カルデラによって生じた湖や盆地は、観光地だけでなく農地としても活用されています。
マグマの熱を、温泉や地熱発電に活用
日本各地に存在する温泉の中には、マグマ溜りによって熱せられた「火山性温泉」が存在します。温泉街として有名な箱根や熱海なども、火山性温泉のひとつです。
このように、火山の熱は温泉などの観光資源として役立てられていますが、発電として利用することも可能です。近年、再生可能エネルギーのひとつとして注目されているのが、地下に存在するマグマや高温岩体を利用して電力を生み出す「地熱発電」です。地熱発電は、化石燃料を燃やすことがないため、二酸化炭素の排出量が少なく、環境にやさしいとされています。
火山大国である日本には、大量の地熱が埋蔵されていますが、いまのところ、地熱発電は日本の電力需要の0.2%しかまかなえていません。しかし、発電の効率化に成功すれば、主要な電力源として活用される可能性があります。
ダイナミックな地球の変化、歴史の研究も
火山学は、個々の山の動きや有用性を研究する活用だけを対象にしたものではありません。地球全体のダイナミックな動きや星の歴史なども、研究対象のひとつとして扱われています。の研究も進められています。
すべてが凍った地球を溶かし、水の惑星に変えた火山
地球は、現在の環境になるまでに、さまざまな変遷がありました。そのうちのひとつが、約22億年前に起こったとされる、陸や海のすべてが氷に覆われた「スノーボールアース(全球凍結)」です。
しかし、スノーボールアースの仮説が提唱された当初は、多くの学者によって否定されてしまいます。当時の学者たちは、「スノーボールアースが本当に起こっていたら、太陽からの光(熱)は氷床が反射し続けるので、永久に凍った星になる」と考えたうえに、「すべての生物が存続不能な状況に陥ったはずだ」と主張したのです。
その疑問を解決したのが火山です。火山は噴火時に、マグマだけでなく、大量の二酸化炭素を排出します。これが大気に溶け込むことで、温室効果が発生し、地球全体を覆う氷を溶かすことが可能であると推測されます。また、海底火山の周辺は温かく、表面が凍っていたとしても、生物の生存に必要な条件がそろっていました。
現在では多くの学者に支持されているスノーボールアース。これによって生物の多くを絶滅に至りましたが、氷が溶けた後には「カンブリア爆発」と呼ばれる飛躍的な生物進化を促されることになります。
世界中の生物学者も注目。海底火山が生み出した新島で進行中の現象
地球のダイナミックな動きは、近年も起こっています。2013年の11月20日、小笠原諸島に存在する西之島の南南東、500メートルに存在する海底火山が噴火し、新しい火山島が誕生しました。この島は約1カ月後の12月26日に、もとの西之島と一体化し、その後も頻繁に噴火を繰り返しながら成長を続けています。
噴火後、この島の大地は固まった溶岩に覆い尽くされました。しかし程なくして多くの海鳥たちが訪れています。できてから間もない西之島には肉食動物がいないため、海鳥は子育てを安全に行うことができます。たびたびマグマを噴き出し、既存の植物を焼き尽くす環境ではありますが、海鳥たちにとっては、外敵のいない楽園といえるかもしれません。
現在、西之島の動向は火山学者だけでなく、世界中の生物学者も注目しています。なぜなら西之島は「孤島に生態系が構築されるまでの過程」を観察できる希少な環境だからです。
虫や植物はどうやって孤島にたどり着いたのか
大陸から離れた場所にある孤島の中には、植物が生い茂り、多種多様な昆虫たちが生息している場所もあります。しかし羽を持たず、海を越えることができない草や虫が島にたどり着き、繁栄できたのはなぜでしょうか。西之島はその答えを探るための貴重なサンプルといえるわけです。
既存の環境を破壊し、新たな環境を生み出してきた火山の研究は、生物学などの学問にもつながっています。今後、海底火山が生み出した孤島を観測していくことで、生命がいかにして海を越え、どのようなプロセスで繁栄を遂げたのかが解明されるかもしれません。
火山学について学ぶ大学の学部や学科
火山についての研究は、全国の理学部や大学院、大学付属の研究所などで取り組まれています。
日本大学の文理学部地球科学科、火山・岩石学研究室では、火山に対する知見を高めながら、国内外のフィールドワークなどを行うことで、防災対策の立案などを行っています。
・日本大学 文理学部 地球科学科 地震火山教育研究部門 火山・岩石学研究室
http://earth.chs.nihon-u.ac.jp/geogeo/volc/index.html
京都大学の防災研究所付属、火山活動研究センターでは、桜島に火山の観測所を設置し、桜島や薩摩硫黄島などの火山を観測しつつ、「火山噴出物の放出に伴う災害の軽減に関する総合的研究」等を進めています。
・京都大学 防災研究所付属 火山活動研究センター 桜島火山観測所
http://www.svo.dpri.kyoto-u.ac.jp/svo/
また、文部科学省は全国の大学や研究機関と協力しながら、今後の日本社会を支える火山学者の育成を目的とした「次世代火山研究者育成プログラム」を進めています。このプログラムの受講者は、現役の火山学者による指導を受けながらさまざまな研修を行うことができます。
・「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」とは
https://www.kazan-edu.jp/index.php
火山活動に興味のある方は、これらの進路を意識したうえで、学部、学科の検討を進めてみてはいかがでしょうか。