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地質学に新年代誕生? 【人新世】の研究から見えてくる人類への警鐘

人類は地球環境に大きな影響を与えてきました。それは約46億年にわたる地球の歴史全体を俯瞰(ふかん)してみても、決して小さなものとはいえません。そこで、人類が地球に多大な影響を与えた時代を「人新世(じんしんせい)」と呼び、新しい地質年代として捉えようという動きが起こっています。今回は、新しい研究テーマである人新世について解説します。

「人新世」とは? 人類に変えられた地球の姿

地球が誕生して約46億年。その間にさまざまな出来事がありました。原始の海や大陸の誕生、生命の発生、単細胞生物から多細胞生物への進化、そして大型動物の出現。恐竜の絶滅。人類の誕生などなど。

それらの歴史は、地面の下に埋もれた「地層」や「岩石」、「化石」などからわかります。地質学、地史学として見ると、地球の年代は先カンブリア時代、古生代、中生代、ジュラ紀、白亜紀などに細かく分類されています。そして現在は「完新世」になります。完新世が始まったのは約1万1700年前。最後の氷期が終わり、人類史の新石器時代が始まったころになります。

ところが最近になって「今は完新世ではない。人新世(アントロポセン)だ」と主張する研究者が出てきました。それはいったいどういうことでしょうか。

すでに地表は人類が作ったもので覆われている

少し視点を変えて、人類が滅んだ後、あるいは10万年先を想像してみましょう。はるかな未来に、知性を持った新しい生き物、もしくは宇宙人がやってきて、地球の地面を掘ったとき、何を見つけるでしょうか。

恐竜の化石、三葉虫やアンモナイトの化石など、いろいろなものが発掘されると思われますが、やっぱり一番多いのは人類の痕跡ではないでしょうか。アスファルトで覆われた道路、コンクリートで作られた建築物。土に還ることのない金属やプラスチックで作られた人工物の数々。そして地層の土を分析すれば、微細なプラスチックや化学物質が多く見つかるでしょう。

わたしたち人類の行いは、恐竜を絶滅に追い込んだ小天体の衝突、地球全体を氷で覆ったスノーボールアース(全球凍結)などの大規模な天変地異に匹敵、あるいはそれ以上の痕跡を地球に刻んでいるのです。そう考えると、完新世という枠組みのなかで今の地球を捉えていてよいのかという疑問が生じます。

きっかけは、会議場での一人の発言

その疑問を最初に投げかけたのは大気化学者のパウル・クルッツェンです。「人新世」という言葉が有名になったのは、2000年に開催された世界的な会議での出来事でした。そのときの様子が、ウィキペディアで次のように紹介されています。

人新世が普及するきっかけは、科学者の会議だった。2000年2月23日にクエルナバカで開催された地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)の第15回科学委員会会議で、クルッツェンはプレゼンテーションを聞いていた。完新世に関する発言を聞いたクルッツェンは、完新世という語が現在を表現するには不適切ではないかと考えた。完新世は約1万1700年間にわたるが、石器時代と人類の影響が地球規模に及んだ現在では大きく違う。そこで、「完新世という言葉が用いられているが、われわれはもう人新世に入っているのではないか」という趣旨の発言をしたところ、会議は一瞬静まった後に熱心な議論が始まった。

人新世
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%96%B0%E4%B8%96

人類誕生後、野生動物の絶滅、失われつつある生物多様性、温暖化による気候変動、化学物質などの人工的な物質などにより、地球の環境は大きく変わっています。それは地球の歴史全体から見ても決して小さなものではありません。

そこでクルッツェンの問いかけを契機に、地球という星そのもの、自然環境、生態系などに人類が影響を及ぼした地質年代を「人新世」として捉えてみようという考え方が広まっていったのです。

「人新世」の研究とは?

地質学は、地面を掘って地層を研究する学問です。以前は、主に陸上にある地層を対象に研究していましたが、近年は海底の地層を調査することも増えてきています。陸地に比べて海底は変動が少ないため、堆積物が積み重なった地層の研究に適しているからです。

そして地層に含まれる人類が作った化学物質などの量を分析するなどして、地球環境に対する人類の影響度を見ながら、「人新世」が新しい地質年代として認めるべきかという議論が進んでいるのです。

人新世の始まりはいつ?

では、いつから人新世が始まったのでしょうか。それは研究者によって意見が分かれている点でもあります。

「人類が農耕を開始した時期」と見る考えもあれば、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に進出した時期、産業革命が起こった時期、さらには第二次世界大戦後の「グレートアクセラレーション」だと主張する考えなど、さまざまな説があります。グレートアクセラレーションとは、急速な人口爆発や大規模な都市化、国際化、大量生産大量消費、森林破壊などの環境変化などが急速に起こったことを指す言葉です。

いずれにせよ、これまでの歴史のなかで何度か、人類が大きく環境に影響を及ぼしたタイミングがあり、そのどれかを人新世の始まりと考えていることに違いはありません。ただ主流となっている考えはグレートアクセラレーションのようです。というのも、グレートアクセラレーション後の地層で急速に人類が作った物質が増えているからです。

正式採用に向けた動きが加速。大学も参加

2021年現在、人新世はまだ正式な地質年代と認められているわけではなく、正式に採用するかを検討している段階です。2016年には第35回国際地質学会議では、「賛成30:反対3」という結果が出ました。また国際地質科学連合でも作業部会を設け検討が進められており、これらの議論を経たうえで、早ければ2024年に答えが出されるようです。

新たな地質年代「人新世」 国際地質学会議で採用検討 南ア
https://www.afpbb.com/articles/-/3099134

(社説)「人新世」 地球の限界を考える
https://www.asahi.com/articles/DA3S14996013.html

日本の大学も参加して、採用に向けた研究に協力

世界の大学、研究機関では、そのための調査も行っており、日本の大学も参加しています。その一環として、愛媛大学では大分県の海底の土を掘削し、人類の活動による痕跡がどのように現れているかという分析を行っています。

「人新世」地質時代に加わるか 別府温泉前の海底に痕跡
https://www.asahi.com/articles/ASP5Z3WBXP55PLBJ003.html

地質学以外の他分野からも注目されてきた人新世

地質学から生まれた人新世ですが、「環境を大きく変えた人類への警鐘」として、異なる分野からも注目されています。

放送大学では2020年に「『人新世』時代の文化人類学」という講義を行っています。これは、文化人類学という立場から人新世について考える授業です。グローバリゼーション、SDGs、貧困、宗教、医療、老化など、現代社会が抱えるさまざまな問題や矛盾について、人新世と絡めながら、理解を深めていきます。

<放送大学「人新世」時代の文化人類学(’20)」>

ほかにも経済学や哲学、自然保護や環境問題、農業など、さまざまな分野の研究や課題とあわせて人新世を考えるようになってきています。

「人新世」について学べる大学の学部、学科

人新世は、「地学」、あるいは地学の一分野である「地質学」、「地史学」の分野になります。地学は地球について研究する学問、地質学は主に地層や岩石、化石などを使って地球について研究する学問、地史学は地球の歴史を研究する学問です。

正式な地質年代として採用されていない人新世は現状では学説のひとつにすぎませんが、理工学部の地学、地質学、地史学、地球科学などを扱う学科で学ぶことになるでしょう。