電動車いすや補聴器、電動義肢などの補装具は、身体に障がいを持った方の生活を支えることを目的に開発されています。その技術力を社会全体にアピールし、障がいに対する対話をうながすことを目的に始まったのが、国際競技大会の「サイバスロン」です。日本の大学も参加しているサイバスロンについて紹介します
サイバスロンは、義肢や電動車いすの性能を競い合う大会
身体障がい者の中には、一人で階段を上れなかったり、洗濯物を干せなかったりと、日常生活に不安を抱えている人がいます。そのような悩みを解決するのが、「単体で階段を上れる電動車いす」や「さまざまなものをつかめる電動義手」などのロボット工学をもとに設計された補装具です。
その補装具の性能を、世界中の研究者たちが競い合う国際競技大会が、四年に一度開催される「サイバスロン」です。
CYBATHLON:人を動かし、技術を進める
https://www.stofficetokyo.ch/cybathlonseriesjp-main
日本の大学も参加
2016年にスイスのチューリッヒで始まったサイバスロンの第一回大会には、世界中の研究者や障がい者が参加しています。日本からも三チームが参加しており、和歌山大学のサイバスロンプロジェクトチーム「RT-Movers」は、パワード車いすレースの部門で四位に入賞しています。
その四年後には、第二回大会となる「サイバスロン2020」が行われ、日本からは「RT-Movers」だけでなく、千葉工業大学の「Team C.I.T」や慶應義塾大学理工学部のサイバスロンチームである「Fortississimo」などの5チームが参加しました。
そして、2024年には第三回大会である「サイバスロン2024」が開催される予定となっています。
サイバスロンが目指すのは、誰にとっても平等な「日常生活」の実現
世界中から企業や大学が参加するサイバスロンでは、研究者と障がい者が協力して補装具を設計、開発し、「パワード義手レース」や「パワード車いすレース」などの競技を通して補装具の性能を競い合います。
サイバスロンの競技の種目は、通常のスポーツと同様に、いずれもゴールまでの時間を競うレースとなっています。しかし、その目的は「素早くゴールにたどり着く機械」を作ることではありません。
サイバスロンが目指しているのは、障がい者と研究者がお互いのニーズと技術力を理解し合いながら、「日常生活に必要な動作」を補装具で実現させることです。競技の内容は後述しますが、その理念はすべての競技に現れています。
障がい者とテクノロジーの「可能性と限界」を社会に伝える
健常者にとって、障がい者に役立つ技術というのはなかなかイメージしにくいものです。
しかしサイバスロンでは、さまざまな競技を通して、現在の障がい者が抱えている課題や、それを解決するための技術を目の当たりにすることができます。
これにより、障がい者やそれを支えるテクノロジーの「可能性と限界」を社会全体に訴えることも、サイバスロンの大きな目的といえます。
サイバスロンで実施する六つの競技とは
サイバスロンでは、どのような競技が行われるのでしょうか。
第一回、第二回のサイバスロンでは、以下の六種目の競技が行われました。これらのレースに参加する障がい者は「パイロット」と呼ばれます。
- 脳コンピュータインターフェースレース
- 機能的電気刺激自転車レース
- パワード車いすレース
- パワード義足レース
- パワード義手レース
- パワード外骨格レース
1.脳波でアバターを操作する「脳コンピュータインターフェースレース」
「脳コンピュータインターフェースレース」では、脳波を使ってビデオゲームの中のアバターを走らせ、ゴールするまでのタイムを競います。
このように脳波で機械を操作する技術が向上すれば、腕で車いすを操作することができない人でも一人で買い物に出掛けたり、インターネットで調べ物をしたりすることが容易になるかもしれません。
2.動かない足を電気信号で動かして走る「機能的電気刺激自転車レース」
「機能的電気刺激自転車レース」では、足に障がいを抱えたパイロットに電気信号を与えることで、通常では動くことのない足でペダルをこぎ、自転車を操作してレースを行います。
3.目や舌で操作する車いすも参加する「パワード車いすレース」
「パワード車いすレース」では、電動車いすで勾配のある坂道や階段を進んだり、車いすに取り付けたロボットアームでドアを開け閉めするなどの一般的な動作で競います。目や舌の動きを検知して移動する車いすも参加しています。
4.機械の足で細かい操作を行う「パワード義足レース」
大腿(だいたい)部を欠損した場合、従来の義足では大腿部の先にある膝を曲げることができません。しかし、ロボット工学を導入した電動義足であれば、装着者の動きに合わせながら、モーターで膝を曲げることが可能になります。
「パワード義足レース」では、機械の膝を曲げながら階段を乗り降りして荷物を運ぶだけでなく、椅子に座ったり、バケツを持ちながら一本の細い棒の上を歩いたりといったように、さまざまな動作で競います。
5.機械の手で細かい操作を行う「パワード義手レース」
電動義手であれば、従来の義手には不可能だった「ものをつかむ」という動作が可能になります。
「パワード義手レース」では靴ひもを結んだり、電球を交換したりといったような日常の動作だけでなく、缶切りで缶を開けたり、タオルを干して洗濯バサミで挟んだりという動作を競います。さらにはコップをさかさまにしてタワーを作ったり、箱の中に義手を入れて、義手の感触をもとに隠されているものを当てるなどにも挑戦しています。
6.パワードスーツで動き回る「パワード外骨格レース」
外骨格とは、機械でできた骨格で、いわゆるパワードスーツのこと。モーターが搭載された棒状の機械を身につけて、身体の動きをサポートするものです。一般の社会でも、重い荷物を持ち上げする人の負担軽減などに使われています。
「パワード外骨格レース」では、自力での歩行が困難なパイロットが、パワードスーツを装着し、階段やスロープの上り下りや、椅子に座ってから立ち上がるなどの動作を競います。
二度と歩けないと宣告された障がい者が出場し、好成績を収めたことも
サイバスロン2016とサイバスロン2020のパワード外骨格レースに参加したシルケ・パン氏は、事故により「二度と歩くことはできない」と宣告されていました。
しかしスイスの連邦工科大学が作った電動外骨格である「TWIICE」を装着することによって、九年半ぶりに歩くことが可能になりました。このTWIICEとシルケ・パン氏のチームは、サイバスロン2016では四位、サイバスロン2020では二位の好成績を残しています。
「サイバスロン2020」に参加した大学
サイバスロン2020大会には、日本の大学、大学発ベンチャーから、5チームが参加しています。
- 和歌山大学の「RT-Movers」
- 千葉工業大学の「Team C.I.T」
- 慶應義塾大学理工学部の「Fortississimo」
- 大阪電気通信大学「OECU &R-Techs」(株式会社アールテクスの共同チーム)
- 東京大学のスタートアップ「BionicM」
和歌山大学、千葉工業大学、慶應義塾大学、大阪電気通信大学の4大学は「パワード車いす部門」、BionicM(東京大学発ベンチャー)は「パワード義足部門」に参加しており、和歌山大学「RT-Movers」が四位、慶應義塾大学「Fortississimo」が三位という記録を残しました。
障がいと、それを支えるテクノロジーに興味を持っている方は、2024年のサイバスロンを意識して大学を選んでみてはいかがでしょうか。
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