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なぜ人は危険な行動を選択するのか? 【リスクテイキング行動】の研究が目指す安全な社会

危ないとわかっていながら、危険な行動をとってしまう「リスクテイキング行動」。自動車の運転などでのリスクテイキング行動は大事故につながりかねません。しかし、リスクを知りながらも危険な行動をとる人はなくなりません。今回は、リスクテイキング行動について心理学の視点から解説します。

わかっていてもついやってしまう危険な行為「リスクテイキング行動」

「スマホを片手に画面を見ながら自転車を運転した」
「イヤホンで大音量の音楽を聴きながら、自転車で走った」

という経験、もしくは誰かがやっているところを目にしたことはありませんか。

スマホを注視していたら周囲に目を配れず歩行者にぶつかったりします。また大音量の音楽を聴いていたら車が近づいても気づけません。その結果として、交通事故に巻き込まれたり、自分の行動が交通事故を誘発するということも、実際に起こっています。

ところで「スマホを操作しながら自転車に乗る」ことが「危険な行為である」と知らない人はいないはず。つまり、自分に損失が生じる、あるいは他人に被害を与えると理解しながら危険な行動をとっていることになります。

そういう「危険を感じつつも行ってしまう行為」を「リスクテイキング行動」と呼びます。

さまざまなリスクテイキング行動

私たちの身の回りを見てみると、リスクテイキング行動が多いことに気づくでしょう。自動車とコロナ禍の生活からリスクテイキング行動をいくつか紹介します。

自動車の運転

自動車の運転は多くの人が関わるだけあって、古くからリスクテイキング行動が注目されてきた分野です。高校生のみなさんも、誰かが運転する自動車に乗っているときに、乱暴な運転をする自動車を目にしたことがあるかもしれません。

あおり運転

前や横を走っている車に対して衝突しそうなくらい近づいたり、走行中に急ブレーキをかけて後ろの車に対して事故を誘発させようとしたりする「あおり運転」。これは、車間距離不保持、進路変更禁止違反、急ブレーキ禁止違反などの道路交通法違反になります。ニュースでもたびたび取り上げられ、「あおり運転はいけない」と知っているはずなのに、一向になくなりません。

運転中のスマホ操作など

「運転中に携帯電話で通話する」
「スマホでゲームを操作しながら運転する」
「漫画を読みながら運転する」

いずれも意外によく見かけます。もちろん、運転中の携帯電話(スマホ)などによる通話や画像表示装置の注視は禁止されており、こちらも道路交通法違反となる非常に危険な行為です。

ほかにも、スピードの出しすぎ、暴走行為、信号無視、飲酒運転、ムリな追い越しなど、運転に関するリスクテイキング行動は数多く挙げられます。

コロナ対策

伝染病である新型コロナウイルス感染症は、人と人とが密に接する、飛沫(ひまつ)を浴びる、ウイルス保持者が触れたものに触れるなどで感染が拡大します。そのリスクを回避するため、マスク着用や手洗いなどが推奨されています。ところがその危険性を軽視して行動する人もいます。

ノーマスク

「人との距離が保(たも)てる、人と会話しない」という環境であればマスクをつける必要はありませんが、コロナ禍では「距離が保てない」「会話をする」という場所ではマスクは効果があるとされています。

病気などの理由でマスクがつけられない人は別として、「コロナ禍でもあえてマスクをつけずに、人と近距離で会話する」のはリスクテイキング行動といえます。

発熱などの症状があるにも関わらず外出

発熱、咳(せき)などの症状があっても、買い物に外出したり会社や学校に行く人もいます。その人が新型コロナウイルス感染症だった場合は、その人から感染が広がることになります。

スポーツにもリスクテイキング行動が

ちなみにスポーツでは「勝つためにあえてリスクをとる」という話をよく聞きます。例えば、サッカーでは、「0対1」で負けている状況で「残り1分で試合終了」となれば、「ゴールキーパーが敵陣ゴール前に行って攻撃に参加する」こともよく見ます。これは自分たちが失点するリスクを理解しつつも、得点のチャンスを優先しているわけです。

この種の行動も、リスクテイキングといえますが、一歩間違えれば「命の危険が伴うような大事故」につながりかねない行為とは別に扱うべきでしょう。

ほかに以下の行為も、リスクテイキング行動といえます。

  • ギャンブル
  • 喫煙や過度な飲酒
  • 歩きスマホ
  • セキュリティー対策を施さずに、スマホやパソコンでネットにアクセス
  • SNSで誹謗(ひぼう)中傷や暴言を発言する

リスクテイキング行動へのプロセス

リスクテイキング行動には、いくつかのステップがあると考えられています。

まずはリスクの知覚。「この行為には危険が伴う」と自分自身で気づくことです。その後に、そのリスクに対する自分の評価、つまりその行為がどういう事故、問題につながるのかを予測、想像します。

そのうえでメリットとデメリットを比較して、リスクテイキング行動をするか、しないかという判断をすることになります。もしリスクが大きいと判断されればリスクを回避し、リスクを軽視すればリスクテイキング行動をとることになります。

・リスクテイキング行動(国立大学法人筑波大学 大学院システム情報工学研究科 リスク工学専攻 認知システムデザイン研究室)
https://www.css.risk.tsukuba.ac.jp/project/pdf/haga-kiso-11-2.pdf

またこのリスクを細かく見ていくと

  • リスク:損失を発生させる、損害を被る可能性
  • ペリル:損失を発生させる原因
  • ハザード:リスクを高める要因

などに分類できますが、ここでは詳細は省きます。リスクテイキング行動に移るプロセスやリスクの内容は、行動の種類や条件、パターンなどによって変わってきますので、興味があれば調べてみてはいかがでしょうか。

・運転時のリスクテイキング行動の心理的過程とリスク回避行動へのアプローチ(国際交通安全学会)
https://www.iatss.or.jp/common/pdf/publication/iatss-review/26-1-06.pdf


なぜリスクを軽視する人がいるのか

ところでリスク評価のあとに、リスク回避かリスクテイキング行動かを判断すると説明しました。このとき石橋をたたいて渡るように慎重に行動する人がいる一方で、リスクを軽視する人がいるのはなぜなのでしょうか。

例えば自動車の運転中に、「目の前の信号が赤になった」→「止まるべきか、進むべきか」という判断で、多くの人は「止まる」というリスク回避を選択するでしょう。しかし、「まだ大丈夫、行ける!」という判断をする人もいます。

「今まで大丈夫だったから」という慢心

確かに信号無視、スピード違反、暴走行為をしたとしても、必ずしも交通事故を起こすわけではありません。日本全体では毎日のように交通事故が起こっていたとしても、一人のドライバーの視点に立てば「自分は交通事故を起こしたことがない」という人がほとんどです。そのため「今回も大丈夫だろう」という慢心がリスクテイキング行動へと向かうわけです。

スリルを楽しむ気持ち

「いいところを見せたい」「スリルを楽しみたい」、「スリルが気持ちよくて止められない」という気持ちがリスクテイキング行動を招くケースもあります。例えば、免許を取得したばかりの若い人が友人とドライブに出掛けたとします。友人に「運転がうまい」と思われたくて、周囲の自動車の隙間をぬって走るような乱暴な運転をしたりする人もいるでしょう。

急ぐ気持ちが運転に影響

「会議に遅刻しそうだ」というときに自動車を運転していると、ついついスピードを出しすぎたり信号無視をしたりする人もいます。この場合、「会議に間にあうこと(メリット)」が、「事故を起こすリスク」より優先して考えてしまう心理が働いていると考えられます。

疲労によるリスク軽視

勤務のあと、スポーツのあとなど、身体的、心理的に疲れているときに運転をすると、注意力が散漫になったりして、赤信号を見落としたり、横断歩道を渡ろうとしている歩行者を見逃したりすることもあります。

自分に対する過信

運転免許を取得したばかりのころは慎重に運転しがちですが、しばらくたつと運転にも慣れて自信を持つようになります。そして過度な自信を持ってしまった結果、リスクテイキング行動をとってしまう人もいます。

車の性能アップが招くリスクテイキング行動

最近の自動車には「自動ブレーキ」などの安全装置が搭載されているものがあります。なかには「危険な状態になったときは自動車が止まってくれる」と過信し、注意がおろそかになった状態でハンドルを握るドライバーもいます。

いくつも要因を挙げましたが、ほかにもいくつもの要因が考えられ、研究されています。

リスクテイキング行動を抑える研究も

リスクテイキング行動は心理学の分野になり、その心理と行動、プロセス、傾向などを研究するほか、事故を未然に防ぐための活動に役立てられています。例えば、安全運転に関する研修、子どもの交通安全教室などでの教える内容、教え方に、リスクテイキング行動の研究成果を役立てたりしています。

走行中にリスクに注意するよう気づかせる工夫にも使われています。例えば、小さな凸凹がつけられている道路があります。それは、「この辺りは事故が多い」「学校が近くにあるため、子どもが通る」というような場所です。道路に小さな凸凹をつけることで、その上を走るときに車が振動してドライバーに注意喚起するのです。

また、道路を凸状に盛り上げる「ハンプ」を設けて、ドライバーがスピードを抑制するようにする工夫もあります。ハンプの上を自動車が通過するときに車体が少し上下するので、自然に減速してしまうという効果を狙ったものです。

「リスクテイキング行動」を学べる大学の学部、学科

リスクテイキング行動は心理学、社会心理学、認知心理学で扱われるの、心理学部、文学部心理学科、人文学部、社会学部などなどで扱われます。

なお、今回の記事で運転に多く触れたことからわかるように、この分野は自動車の運転などでいろいろな研究が行われてきました。そのようなドライバーや歩行者などの心理に特化した「交通心理学」でも、リスクテイキング行動は扱われます。また機械を操作するような仕事では、リスクテイキング行動が大事故につながるケースもありますので、「産業心理学」の領域でも扱われています。