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なぜ人は罪を犯すのか? 【犯罪心理学】の研究で安全な社会を目指して

人間社会には、さまざまな理由で罪を犯してしまう「犯罪者」が存在します。彼らの再犯や模倣犯の発生を防ぐためには、それぞれの犯罪者が抱えている課題や、罪を犯すに至った心理的要因について研究しなければいけません。そのための学問が「犯罪心理学」です。今回は犯罪心理学について解説します。

殺人事件から家庭内紛争まで。あらゆる社会問題に取り組む「犯罪心理学」

悲しいことですが、殺人、暴力、窃盗、脅迫、詐欺、DV(家庭内暴力)など、人間社会にはさまざまな犯罪が横行しています。人は、昔から法律でやってはいけない犯罪行為を定め、その禁を破ったものを監獄に収容するといった刑罰により、犯罪をなくそうとしてきました。しかし、それだけでは犯罪を未然に防ぐことはできないことは歴史が証明しています。

ではどうすれば、犯罪をなくせるのでしょうか。そういう研究のひとつが、犯罪者の心理を探る「犯罪心理学」です。罪を犯した者の心理を探ることで、悪い行いをしないようにすること、あるいは再犯を防止することなどを防ごうという研究です。

<甲南女子大学 心理学科 | 体験授業「犯罪心理学入門」>

「頼むから僕を止めてくれ」と書き残した犯罪者の心理は?

1950年代ごろにアメリカを騒がせた連続殺人犯のウィリアム・ハイレンズ。彼は、ある殺人現場から立ち去る際、被害者の口紅を使って、以下のメッセージを残しています。

「For heavens Sake catch me Before I kill more I cannot control myself(これ以上だれかを手にかける前に、頼むから僕を捕まえてくれ。もう自分をコントロールできないんだ)」

このように自身でも抑えることのできない強烈な欲望と、簡単に説明することのできない複雑な動機を抱えている犯罪者もいます。そういう心理を解き明かすためには、何が必要なのでしょうか。

犯罪心理学を理解するための、三つのアプローチ

犯罪心理学の取り組みとしては、司法の場での心理鑑定だけでなく、捜査への協力や非行少年の矯正、虐待の抑止、被害者と加害者への支援などなど、さまざまなものが挙げられます。

しかし、それらの活動の効果や意義を把握するためには、人間の心や感情を研究する「心理学」の観点だけでは足りないのです。犯罪事件の根本的解決を目的とする「犯罪心理学」を理解するためには、「生物学」「心理学」「社会学」という三つのアプローチが必要になります。

犯罪者に顕著な特徴や生活習慣について研究する「生物学的アプローチ」

犯罪心理学は、犯罪学から派生した学問分野であるとされています。もとになった犯罪学を生み出した人物が、19世紀に活躍してイタリアの精神科医であるチェーザレ・ロンブローゾ氏です。

彼は、医師としての従軍経験や、精神科病院、刑務所での勤務経験をもとに、ある仮説を立てました。それは「犯罪者には、一般人とは異なる、特別な身体的、精神的特徴があるのではないか」というものでした。

このように、犯罪者特有の身体的、精神的な特徴をもとに、事件発生の要因を探ることを、「生物学的アプローチ」と呼びます。そして、ロンブローゾ氏は、逮捕された罪人と健全な一般市民の身体や精神を比較検証することで、「犯罪者に顕著にみられる身体的、精神的特徴」を研究していきました。

しかし、それらの特徴を有する人物が犯罪者になると断言できるわけではありません。もしも「あなたは腕が長いから罪を犯しやすい」「耳が大きいから犯罪者になりやすい」などと指摘されたとしても、困りますよね。それはただの差別、偏見にすぎません。

そこで近年の生物学的アプローチでは、「身体的特徴の差」のみを調べるのではなく、人を攻撃的にさせる「環境」や「生活習慣」、「ホルモンの活動」について研究することで、凶悪犯罪の抑制に取り組んでいます。

犯罪に至るまでの心の動きを追う「心理学的アプローチ」

仮に、嫌いな人物や不快な状況と遭遇したとしても、人々の多くは暴力的な行動をとりません。しかし、長期間にわたってネガティブな思考にとらわれてしまった人の場合は、そうともいえないのです。例えば、「認知バイアス」のひとつに「敵意帰属バイアス」があります。これは、人々の行動や発言内容を、自らに対する攻撃的なアクションと捉えてしまう心理的傾向を指します。

同級生や教師と話しているときに、会話が途切れたとします。普通の心理状況であれば、「よくあることだ」と気にも留めないことでしょう。しかし、「敵意帰属バイアス」を強く持つ人の場合、会話が途切れた相手に対して、「いきなり黙って、俺のことを馬鹿にしているんじゃないのか?」「話すに値しない相手だと見くびっているんじゃないか?」というような攻撃的な思考に陥ってしまうのです。

このようにネガティブな心理状況が悪化してしまうと、他人のささいな行動を、敵対行為として判断し、何らかの傷害事件につながることもあります。こうした心の活動を研究することで、犯罪行動のきっかけや動機を探っているのが、「心理学的アプローチ」です。

心理学的アプローチでは、自らの欲望を抑え付ける「セルフコントロール」についての研究や、パーソナリティー障害のひとつであり、ともすれば反社会的な行動をとってしまいがちな「サイコパス」の傾向などを調査することで、犯罪の動機解明や、再犯の防止などに取り組んでいます。

社会が犯罪者に与えた影響を探る「社会学的アプローチ」

「お金持ちになりたい」「漫画家になりたい」「スポーツ選手になりたい」などなど、多くの人々は自らが所属する社会の中で達成可能な「夢(文化的目標)」を持っています。そのうえで自身の持つ夢をかなえるために、資格取得に挑戦したり、トレーニングをしたりと、さまざまな「努力(制度的手段)」を行っているわけです。

しかし、どれだけ努力を積み重ねたとしても、夢が実現できなかった場合、どうなるのでしょうか。一部の人は「仕方がない」とあきらめて、別の道に進むこともできるでしょう。しかし、中には抑えきれない不満や、社会に対する怒りを抱えてしまう人もいます。

このように、社会の中で目的が達成できず、理想と現実のギャップに苦しむ状態を、「アノミー」と呼びます。このアノミーが悪化した場合、窃盗や傷害、薬物乱用によって自らを慰めるために反社会的行動に出てしまう可能性もあります。

社会学的アプローチでは、アノミーのような「社会に適合できない苦しみ」を研究することで、「社会が犯罪者に与えた影響」を調査しています。

犯罪心理学にできる社会への貢献とは

加害者の心理を理解することで、事件の調査やいじめ問題の解決に協力してきた犯罪心理学。しかし、犯罪心理学はそれ以外の形でも社会に貢献できるのです。

真実を導き出すための「心理鑑定」と「調査面接」

世の中には、重大な罪を犯さないで一生を終える善良な人が大多数です。しかし、善良な人であっても、悪意ある人物に精神をコントロールされる、あるいは意識を失った状態になっているなど、心神喪失の状態で犯罪行為に加担してしまう可能性はあるのです。

日本国憲法では「事件に巻き込まれてしまった心神喪失者」を罰することはできません。
そのため、罪の重さを決める際に加害者の精神状態を鑑定することがあります。しかし、「被告人は本当に心神喪失者なのか」「紳士喪失のふりをして重要な情報を隠していないか」といったことを判断するのは、非常に困難です。そこで求められるのが、犯罪心理学者などによる「心理鑑定」です。

心理鑑定では、被告人の性格や犯罪歴、成育環境に加えて、犯行時の精神状態など、さまざまな情報を調査していきます。また、調査の際には被告人への面接だけでなく、その家族や参考人に対しても了解を得たうえで面接しなければいけないこともあります。

そのため、犯罪心理学では心理だけでなく、面接の技術も学ぶ必要があるのです。その際、扱う事件が殺人などの凶悪犯罪であれば、被害者や関係者に配慮しながら事件の全容解明に取り組むことで、適切な量刑を導き出さなければいけません。

少年犯罪をなくすためにできる取り組みとは

罪を犯すのは大人だけとは限りません。社会の縮図ともいえる学校で過ごす子供たちの中には、集団になじむことができず、非行に走ってしまう人もいます。

とはいえ、非行傾向が見受けられるすべての少年が事件を起こすわけではありません。彼らの多くは、通常は法律に従っていますし、年齢を重ねるたびに社会への順応を深めていきます。このように法の順守と非行行為との間を行ったり来たりする状況を、「漂流(ドリフト)理論」と呼びます。

また、健全な青少年であっても、生まれつきの髪色が周囲と異なるなどの理由で、「あいつは不良だ」とラベリングされ、非行に走ってしまうケースもあります。このような状況を、「ラベリング理論」と呼びます。

彼らのような非行少年の状況を調査しつつ、家庭環境や生活環境を改善することによって矯正し、社会復帰を促すことも、犯罪心理学に求められる役割のひとつです。

「犯罪心理学」について学ぶ大学の学部や学科

犯罪心理学を学べる学部としては、心理学部などが挙げられます。

例えば、関西国際大学心理学部心理学科の犯罪心理学専攻では、犯罪の発生原因と抑止手段について学びつつ、犯罪者や非行少年の社会復帰を支援する方法や、犯罪被害者のケアについて研究を進めています。

駿河台大学 心理学部の犯罪の心理コースでは、犯罪心理学や法⼼理学を専門とする教員のもとで、複雑化、多様化する現代の犯罪状況について学びながら、凶悪犯罪者や薬物中毒者の心理について研究しています。

また、駿河台大学には犯罪⼼理学の⼤学院もありますので、犯罪心理学に対する長期的な学習が可能になっています。

『犯罪心理学』の活用が期待できる分野

警察、警備、司法、犯罪抑制、メンタルヘルス、アンガーマネジメント

【参考文献】

司法矯正・犯罪心理学特論-司法・犯罪分野に関する理論と支援の展開- (放送大学大学院教材) 橋本 和明 (著)