注目の研究テーマ

【日本語のルーツ】を探せ! 比較言語学、遺伝学、考古学を組み合わせた研究から意外な新説も

私たちが普段から使っている日本語は、どのようにして誕生したのでしょうか。そのルーツを探る学問が比較言語学です。また近年では、DNAを扱う遺伝学、考古学など、他の分野と連携して言葉を研究する取り組みも広がっています。今回は、比較言語学を中心に「日本語のルーツ」を探る研究について解説します。

文字に記される以前の日本語の姿を追う

現代の私たちは、普段の生活の中で「日本語を日本語として」話したり書いたりしています。

「え? そんなの当たり前のことでしょ」と思うのは当然ですが、それが当たり前でない時代もあったのです。日本語が日本語として記述されるようになったのは、古事記や万葉集が書かれた奈良時代あたりの話。それ以前は、漢文(つまり中国語)で文章が書かれていたので、当時の人は「口で話すときは日本語」を使い、「文章を書くときは中国語」を使っていたのです。

比較言語学とはどのような学問なのか

では、文字として記録に残される前の「日本語」を研究することは不可能なのでしょうか。

実は、記録がなくても研究する方法があります。それが歴史言語学の1ジャンルである「比較言語学」です。この学問では、単語や文法の比較、言語変化などを研究することによって、「祖語」(ルーツとなる言語)を復元し、それを起点に言語の系統樹、変化の法則を明らかにすることを目指しています。

日本語の祖先と考えられている「日琉祖語」

比較言語学で研究されているのが「日琉祖語(にちりゅうそご)」と呼ばれる日本語の共通祖先です。

日琉祖語とは、日本と琉球(沖縄)で用いられている言葉のルーツとなる言語という意味。日本語と琉球語(沖縄方言)は、文法や音韻などに共通性、関連性が高いことから「もともと同じ言語だったものが、途中で分かれた」と考えられています。

例えば、琉球語には、昔の日本語の名残が残っています。例えば、具体例を出すと、沖縄では「ハヒフヘホ(H音)」の発音が「ファフィフフェフォ(F音)」になります。実はこれ、昔の日本語の発音法なのです。「H音」は、室町時代頃までは「F音」、奈良時代までさかのぼると「P音」で発音されていました。琉球語にはその名残があるというわけです。

なお、琉球語も日本語の一方言として扱われることが多いため、本来「日本語」という言葉には琉球語も含まれています。

・日琉祖語
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%90%89%E7%A5%96%E8%AA%9E

上の「ハヒフヘホ」の例は非常に単純なものであり、実際の日琉祖語の研究は非常に複雑になります。しかし、そのような方法で昔の言葉の名残を地道に追究し、変化の法則を見つけていけば、日琉祖語へと近づくことができます。

ヨーロッパで生まれた比較言語学

比較言語学は、さまざまな国が隣接するヨーロッパで生まれた学問です。フランス語、イタリア語、スペイン語などはラテン語が元、つまり祖語になっています。ヨーロッパでは紀元前から文字が残されていたため各国の言葉へと変化していく過程も分析しやすかったことから、比較言語学の研究がヨーロッパで進んだわけです。

ヨーロッパでの研究成果は、日琉祖語、あるいは世界各国の言語における比較言語学にも生かされています。しかし、各国の言葉にはそれぞれ特異性もあるので、独自の研究も行われています。

ゲノム解析などの最新技術と比較言語学を関連付けた研究も

日本語のルーツといえば、日琉祖語だけでなく、「日本語はどこから来たのか? どうやって生まれたのか?」というテーマも気になるところでしょう。これまでも、アルタイ語族説、タミル語説、オーストロネシア語族説、朝鮮語同系説、アイヌ語起源説、中国語起源説など、さまざまな説が考えられてきました。

複数の言語が合体して日本語が生まれたという説もあります。北から日本列島に渡ってきたアルタイ語を話す人々の言葉と、南から渡ってきたオーストロネシア語を話す人々の言葉が混じり合って日本語が生まれたという説です。日本語の音韻(音の区別)はオーストロネシア語に近く、文法はアルタイ語に近いと考えられていたからです。

しかし、言語だけを対象にした研究に限界もあり、結論を出すのは困難でした。ところが21世紀に入ってからはDNA(ゲノム)解析による遺伝学、考古学など、他の分野の研究とあわせた研究が進むようになりました。

遺伝学からのアプローチ

私たち日本人の祖先は、古くから日本列島に住み着いていた縄文人になります。しかし、縄文時代、弥生時代、古墳時代と続く歴史の中で、朝鮮半島や中国大陸から渡来した人の移住が増えていきました。つまり、いくつもの民族が混じり合って日本人が誕生したわけです。当然、交流を通して言葉も混じり合ったことでしょう。

金沢大学の研究によると、弥生時代には北東アジア由来のDNAが、古墳時代には東アジア由来のDNAが入ってきているとのことです。

・金沢大学
パレオゲノミクスで解明された日本人の三重構造

https://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/96414

日本語のルーツは西遼河地域?

2021年、歴史言語学、考古学、遺伝学を組み合わせて日本語のルーツに迫った、グローバルな視点での研究が発表されました。この研究を行ったのは、ドイツ、中国、日本、韓国、ヨーロッパ、ニュージーランド、ロシア、アメリカからなる国際チームでした。

近年、ツングース語族、モンゴル語族、チュルク語族であるアルタイ語族に日琉語族(日本語と琉球語)、朝鮮語族を加えて「トランスユーラシア言語(トランスユーラシア語族)」と呼ぶようになっています。

国際チームは、その共通のルーツを探ろうと、歴史言語学、考古学、遺伝学の手法をあわせた「三角測量」を活用し、トランスユーラシア言語のルーツを解明したと発表したのです。

それによると、約9000年前の新石器時代、西遼河流域(中国の北西部)においてキビの栽培をしていた人々からトランスユーラシア言語が広範囲に拡散していったとのこと。その後、キビやアワの農耕民は北東アジアへと広がっていきました。南側の黄河領域へ進んだトランスユーラシア言語の話者たちは、稲や麦などの作物を栽培するようになり、約3000年前に日本にも広がったという説です。

従来、トランスユーラシア言語は遊牧民が拡散したという説が有力でしたが、この新しい発表では農耕が言葉を拡散するという説を提示しています。

また、これまで縄文人は日本にしかいないと思われていました。しかし、この研究では、朝鮮半島から見つかった古代人に、縄文人のDNAが含まれていたという驚くべき結果も発表されました。

・九州大学
トランスユーラシア言語は農耕と共に新石器時代に拡散した
ー歴史言語学、考古学、遺伝学の学際的研究成果―

https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/696/

・琉球大学
遺伝学・考古学・言語学の“三角測量”によって トランスユーラシア諸語が農耕に伴って伝播したことが明らかに

https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/29557/

<東北アジアの言語・文化および民族の起源 l マルテイン . ロッベエツ 敎授(Prof. Martine Robbeets, Max-Planck-Institut(Germany))>

日本語のルーツに関する研究は、まだまだ発展途上であり、これからも新しい情報や新説が登場することでしょう。

日本語のルーツについて研究できる学部、学科

比較言語学や日本語全般に関する研究は、日本語学、国語学、言語学で扱われており、人文学部などで研究できます。近年は考古学や遺伝学など、他の分野と協力した研究も盛んになっています。

また、日本語研究といっても、数多くの言語と比較することもあるため、日本語以外の言語に対しても高い関心を持っている人に向いているといえます。

参考

・日本語の起源:ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

・日本語の源流と形成 板橋義三
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpa/20/1/20_KJ00009874849/_pdf