少子高齢化に歯止めがかからない日本では、「超高齢化社会」を迎えようとしています。それにともない重要となってくるのが介護の問題です。今回は、ロボットやAIを活用して介護者の負担を軽減する取り組み、研究を行っている大学を紹介します。
介護用ロボットやAIが介護問題の切り札に
高齢者が増えていく社会では、介護は大きな課題となります。体力が衰え、体を自由に動かすのが困難になると、誰かの支援を受けながら生活を送る必要が生じます。しかし少子化も進んでいるため、支援する側の人数も減っているのも事実。すでに介護人材の不足や、介護を理由に仕事を辞めざるを得ない介護離職などは社会問題となっています。
そこで期待されているのが、介護を支援するためのITです。介護用ロボットや自動運転の車いす、AIを駆使した介護用アプリなどの活用によって、介護する側、介護を受ける側の負担を軽減しようというの取り組みが始まっています。
少子高齢化の進む日本。介護の現状は?
本題に入る前に、介護業界がどれだけ深刻な問題を抱えているかを見てみましょう。内閣府が発行している「高齢社会白書」(注1)によると、65歳以上の人口が総人口に占める割合は1950年には5%に満たなかったのが、1970年には7%、1994年には14%を超えました。高齢化率はその後も上昇を続け、2019年10月の時点では28.4%に達しています。
2065年には3.9人に1人が75歳以上に
この傾向は今後も続き、2036年には3人に1人、2065年には約2.6人に1人が65歳以上となり、約3.9人に1人が75歳以上になると予測されています。高齢化が進む一方で出生数は減少を続け、介護を必要とする高齢者が増えるのに、介護の担い手が減っていくという悪循環に陥っているのが、現在そして未来の日本の姿です。
介護業界の人材不足は深刻に
介護労働安定センターでは、介護労働実態調査(注2)を実施しており、その結果から、介護業界の人材不足が深刻であることがわかります。それによると、「大いに不足」が13.5%、「不足」が22.2%、「やや不足」が34%で、合わせて69.7%の事業所が介護職員不足を感じている結果になりました。
介護のために仕事を辞める人も増加
介護は、介護施設だけの問題ではありません。「親の介護」のために、仕事を辞めざるを得ない、働き盛り世代も増えてきています。総務省の「平成29年就業構造基本調査」(注3)によれば、過去1年間に介護や看護を理由に仕事を辞めた人の数は9万9000人にも達しています。
介護を支援するロボット
人手不足で負担が増す一方の介護職員や、自宅で介護している人を、機械工学やAIの技術を活用してサポートする研究、開発を行っている大学があります。
大学発ベンチャーが開発した装着型介護支援ロボット
筑波大学発のベンチャー企業CYBERDYNE(サイバーダイン)は、医学やロボット、AI、データサイエンスなどを統合した科学技術「サイバ二クス」を駆使した装着型ロボット「HAL」を開発。医療や介護、福祉の現場で活用されています。
HALは、筋肉を動かそうとしたときに皮膚表面に現れる微弱な生体電位信号を感知することで、身体の動きをサポートする機器です。介護支援用のHALは、介護者が腰に装着して腰部の力を補助することで、介護職員の深刻な悩みである腰痛を減らし、足腰の負担を軽減することを目的としています。
<ロボットスーツによる健康長寿社会を目指したサイバニクス研究>
車いすを動かすロボットで職員の負担軽減
静岡理工科大学機械工学科の飛田和輝准教授は、機械学(Mechanics)と電子工学(Electronics)を合体させた「メカトロニクス(Mechatronics)」を専門としており、メカトロニクスの知見を活用して車いすを動かすロボットを開発しています。
手押し式の車いすに装着して目的地まで自走するロボットで、老人ホームで入居者が食堂などに移動する際に活用することで、職員が一人ひとりの車いすを押して食堂へ連れていく手間を省くことができます。電動車いすよりコストも低く、メンテナンスの手間も少なくて済むということで、注目されています。
AIを介護支援に活用
AIを活用して、介護業務を効率化する取り組みも進められています。大学が開発したAIスマホアプリや、AIによる介護計画書の作成支援、AIを搭載した電動車いすなどを紹介します。
行動認識技術で介護記録を自動化するアプリ
九州工業大学井上創造研究室は、スマートフォンのセンサーを用いて介護士の行動を認識し、介護記録を半自動的に作成する技術を開発。この技術を活用した介護自動記録AIアプリ「FonLog」を作成しました。
手書きでは、一人一日あたり約57.6分かかっていた介護記録作成が、スマートフォンのセンサーから行動を認識するAIによって約23.8分に短縮されました。すでに国立大学病院や介護施設で導入の実績があります。
介護データをAIで分析して介護計画書作成に生かす
介護職員は、介護サービス利用者の介護計画書を作成します。利用者一人の計画書作成に要する時間は3~7時間ですが、3カ月に1回は更新するため、大きな負担となっています。
そこで金沢工業大学では、介護記録ビッグデータを分析するAIを開発。AIが適切な介護サービスを提示し、それを介護計画書の作成に反映できるようにして、計画書作成者の負担軽減を実現しました。
対話を通して自動運転ができるAI車いす
久留米工業大学は、AIを搭載した電動車いすが、利用者と対話しながら自動運転するシステムの開発を進めています。車いすに設置された端末のモニターに、行きたい場所を告げると、「わかりました」と応答して自動で進みます。AIが周囲の障害物や人を感知し、止まったり回避しながら目的地を目指します。
<車いすにAI・自律制御システム:久留米工大>
介護する人、される人も生き生きと暮らせる社会に
介護業界はIT化が遅れている業界のひとつですが、今後、ITやAIの活用により、効率化して生産性を上げられる可能性が大きいといえます。そうすれば介護する側の負担も減り、それは介護される側の心理的負担が減ることにもつながります。今回紹介したロボットやAI、自動運転の技術などが、介護する人もされる人も生き生きと暮らせる社会を実現することになるでしょう。
機械工学やAIによる介護支援が学べる大学、学部
機械工学やAIを活用した介護支援が学べる大学としては、ベンチャー企業も持っている筑波大学が有名です。また慶応義塾大学理工学部は、電動車いすの開発で有名です。
神奈川工科大学の創造工学部ロボット・メカトロニクス学科では、福祉分野のロボット開発に取り組んでいます。また茨城大学工学部知能システム工学科は、介護福祉ロボティクス分野に取り組んでいます。学部としては主に工学部や理工学部などで扱われます。
注1:内閣府「令和2年版高齢社会白書」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/index.html
注2:介護労働安定センター「令和元年度介護労働実態調査」
http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2020r02_chousa_kekka_0818.pdf
注3:総務省「平成29年就業構造基本調査結果」
https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2017/pdf/kyouyaku.pdf