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【イグ・ノーベル賞】の受賞研究から、大学での学びのテーマを考えてみよう! 多種多様な研究を知るきっけかに。

研究成果に対して贈られるさまざまな国際的な賞の中でも、ひときわユニークなのがイグ・ノーベル賞です。「人々を笑わせ、考えさせる研究」が選考の基準で、”ノーベル賞のパロディー”として知られています。このイグ・ノーベル賞、「面白い研究だな」だけで通り過ぎるのはもったいない! 今回は、イグ・ノーベル賞の受賞研究から、大学での学びのテーマを考えてみましょう。

イグ・ノーベル賞とは

2022年、本家ノーベル賞では残念ながら日本人の受賞はありませんでした。一方、イグ・ノーベル賞は2022年までの16年、連続して日本人受賞者が出ています。もちろん、受賞したのが日本人であることが重要というわけではありません。ただ、どんな賞でも日本人が受賞するとその研究や分野を少し身近に感じられるのはよい点といえるかもしれません。

 さて、まずはイグ・ノーベル賞とは何かを確認しておきましょう。これは冒頭で述べたとおり、「人々を笑わせ、考えさせる研究」に対して贈られる国際的な賞です。珍しいことをほめたたえ、想像力を尊重し、科学や医学、技術などに対する人々の関心を高めることを目的としています。

本家ノーベル賞との違いは?

イグ・ノーベル賞は、「Annals IMPROBABLE RESEARCH(ありそうもない研究)」という科学雑誌の編集者であるマーク・エイブラハムズによって1991年に創設されました。すでに30年以上の歴史があります。名称は、「ノーベル賞(Nobel Prize)」に否定を表す接頭辞の「イグ(ig)」を付けたもので、”ノーベル賞のパロディー”としても有名です。

一方、本家のノーベル賞はダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの遺言によって創設された賞です。イグ・ノーベル賞の開始からさかのぼること90年前、1901年に賞の授与が始まりました。ノーベル賞は、偉大な発明や取り組みによって人類に多大な貢献をもたらした人に贈られます。

授賞式のセレモニーや「賞金」もユニーク!

イグ・ノーベル賞は、授賞式も非常にユニークです。例えば、授賞式の受賞者のスピーチは制限時間わずか60秒! 時間を過ぎると、「ミス・スウィーティー・プー」と呼ばれる少女が近づいてきて、「もうやめて、退屈なの」と連呼して受賞者のスピーチを打ち切らせてしまいます。

他にも、授賞式の開始時には観客がステージに向かって紙飛行機を飛ばす、受賞者たちが1本のロープにつかまって並んで入場するといった、ユニークな趣向があります。授賞式では、ノーベル賞の受賞者がプレゼンターを務めるのも恒例です。なお、2020年に新型コロナウイルス感染症が流行してからはオンラインでの授賞式開催となり、一部の演出は変更されています。

また、賞金はアフリカのジンバブエ共和国がかつて発行していた「10兆ジンバブエドル紙幣」です。ケタは非常に大きいものの、実はジンバブエドルはハイパーインフレ(過度な物価上昇)の末に数年前に廃止されていて、現在は貨幣としての価値はゼロです(コレクションアイテムとして、ネットなどでは数千円で取引されています)。さらに、トロフィーは毎年デザインが変わり、例えば2022年の場合は、自分で印刷して組み立てるPDF形式のトロフィーが贈られました。

・IMPROBABLE RESEARCH(公式サイト)
https://improbable.com/
※英語サイトです

多種多様な研究を知るきっかけになるイグ・ノーベル賞

本家ノーベル賞は、ノーベルの遺言に基づいた「物理学」「化学」「生理学・医学」「文学」「平和」と、後年追加された「経済学」の計6分野での功績に対して賞が贈られます。

一方、イグ・ノーベル賞は毎年10部門前後が選ばれますが分野は確定していません。年ごとに、選出された研究の内容などに合わせたものが設定されます。ノーベル賞以上に多種多様な研究に触れられることが、イグ・ノーベル賞の魅力の一つです。

「大学でどんなことを学びたいか」「自分がやりたいことは何か」「世の中にはどんな研究があるのか」など、大学での学びや研究テーマを検討中の高校生・受験生にとって、イグ・ノーベル賞の受賞研究は参考になるでしょう。

ちなみに、年ごとに全体のテーマは一応ありますが、主催側は「必ずしもテーマに合った研究内容が選出されるというわけではない」と明言しています。そんなところも、イグ・ノーベル賞のユニークな点といえそうですね。

2022年に受賞した10部門の中から、初登場となった2部門の賞を紹介

2022年の全体テーマは「知識」で、次の10部門がイグ・ノーベル賞を受賞しました。「応用循環器学賞」「文学賞」「生物学賞」「医学賞」「工学賞」「美術史賞」「物理学賞」「平和賞」「経済学賞」「安全工学賞」。非常にバラエティーに富んでいますね。

このうち、「応用循環器学賞」と「美術史賞」は約30年のイグ・ノーベル賞の歴史の中で、初めて登場した部門です。具体的にはどのような研究だったのでしょうか。

応用循環器学賞(応用心臓学賞)

テーマ:将来の恋人同士が初めて出会い、お互いに惹かれていると感じるとき、互いの心拍数が同期するという証拠を探して見つけたことに対して
内容:一言でいうと、惹かれ合っているカップルほど心臓の鼓動や発汗反応がシンクロするという人間のメカニズムの研究です。受賞したオランダのライデン大学心理学研究所、ライデン脳認知研究所の研究者たちは、今後もこのメカニズムの解明に取り組むとしています。

美術史賞

テーマ:「古代マヤ陶器に描かれた儀式浣腸シーンについての学際的アプローチ」の研究に対して
内容:NYのメトロポリタン美術館などにあるマヤ時代の陶器にはさまざまな浣腸シーンが描かれていて、これらは直腸からアルコールを摂取するなど儀式として行われた可能性が高いことを示唆しています。

どちらの研究も、確かに笑えて(というよりは驚きに満ちていて)、「本当なのかな?」と考えさせられるような内容で、確かにイグ・ノーベル賞にふさわしいかもしれません。そして、興味や関心のアンテナを高く張っていれば、研究テーマは無限にありそうだということも感じられるのではないでしょうか。

<イグノーベル賞2022 授賞式 日本語版公式配信 / The 32nd First Annual Ig Nobel Prize Ceremony [Japanese Subtitles] ニコニコニュース>

※授賞式と各研究の内容を見られる動画です。日本語の字幕も付いています。

「皮肉」や独自の視点による部門の設定もある

イグ・ノーベル賞の部門設定はストレートなものばかりではありません。皮肉を込めていたり、独自の視点があったりという部門名もあります。過去の受賞から、そうした例を二つ紹介します。

平和賞(1996年) ジャック・シラク大統領(当時)

テーマ:ヒロシマの50周年を記念して太平洋での原爆実験を行ったことに対して

経済学賞(1997年) 横井昭裕(ウィズ)/真板亜紀(バンダイ)

テーマ:「たまごっち」により、数百万人分の労働時間をバーチャルペットの飼育に費やさせたことに対して

後者の「たまごっち」は1997年に大ブームとなったデジタル玩具ですが、そのブームを「仕事をしないで遊んでしまう⇒労働時間の問題⇒経済学賞」ととらえているのはやはりユニークですね。

日本人が受賞した研究に注目!

2007年以降、日本人は16年間連続でイグ・ノーベルを受賞しています。日本人の受賞が多い理由について、創設者のマーク・エイブラハムズは「日本の伝統にあると思います。この風変わりな地球と向かい合い融和する類まれな心根を持っているからです」と語っています(2022年開催「イグ・ノーベル賞の世界展」の公式サイトより)。

・イグ・ノーベル賞の世界展2022公式サイト(イベントは終了済み)
https://www.asahi.co.jp/event/ig2022/

過去10年間の日本人受賞者の研究一覧

では、日本人研究者のどのような研究が受賞しているのでしょうか。過去10年間の日本人受賞者の研究を一覧で紹介します。

部門 授賞対象の研究 受賞者(肩書は当時)
2022 工学賞 円柱形つまみの回転操作における指の使用状況について 松崎元(千葉工業大学教授)など
2021 動力学賞 歩行者が、他の歩行者と衝突することがある理由を知るための実験を実施したことに対して 村上久(京都工芸繊維大学助教)など
2020 音響学賞 ヘリウムガスを使うとワニのうなり声も高くなることを発見したことに対して 西村剛(京都大学霊長類研究所准教授)など
2019 化学賞 典型的な5歳の子供が1日に分泌する総唾液量の測定について 渡部茂(明海大学保健医療学部教授)など
2018 医学教育賞 堀内朗がまとめた医学論文「座位での大腸内視鏡検査、自己結腸内視鏡検査から学んだ教訓」について 堀内朗(昭和伊南総合病院消化器病センター長)
2017 生物学賞 雄と雌で生殖器の形状が逆転している昆虫(トリカヘチャタテ)の存在の発見に対して 吉澤和徳(北海道大学准教授)など
2016 知覚賞 前かがみになって股の間から後ろ方向にものを見ると実際より小さく見える「股のぞき効果」を実験で示した研究に対して 東山篤規(立命館大学教授)など
2015 医学賞 キスをすることで皮膚のアレルギー反応が低減すると実証した研究について 木俣肇(医師)
2014 物理学賞 床に置かれたバナナの皮を人間が踏んだときの摩擦の大きさを計測した研究に対して 馬渕清資(北里大学教授)など
2013 化学賞 タマネギが人を泣かせる生化学的なプロセスは、科学者の考察より複雑であることを明らかにした研究に対して 柘植信昭(ハウス食品)など
医学賞 心臓移植をしたマウスにオペラを聴かせると生存期間が延びたという研究に対して 内山雅照(順天堂大学・帝京大学)など

医学賞や化学賞は複数回の受賞がありますが、特別な傾向などはありません。イグ・ノーベル賞が、バラエティーに富んだ研究を対象としていることが改めてわかります。

受賞した研究の背景やその他の研究について調べてみよう

受賞者が日本人の場合、受賞対象となった研究のより詳しい内容や他に取り組んでいる研究などを、比較的簡単に調べられます。テーマと概要だけでは、どうしても「面白い研究だな」で終わりがちですが、少し調べることでその研究に取り組んだ背景や将来的に目指すものまでたどり着ける可能性があります。

また、イグ・ノーベル賞を受賞した研究が、その研究者のメインの研究ではない場合もあります。イグ・ノーベル賞は「人々を笑わせる」ことも選定の基準の一つになるため、「笑い」につながる研究があえて選ばれている可能性もあるためです。

研究者の名前と大学名はわかっているので、あとはインターネットで検索すれば現在所属している大学の研究室や過去の研究一覧などが見つかります(所属する大学や役職は受賞時と変わっている可能性もあります)。

過去に受賞した研究の中から二つほど見てみましょう。

音響学賞(2020年) 西村剛(現・京都大学ヒト行動進化研究センター准教授)

テーマ:ヘリウムガスを使うとワニのうなり声も高くなることを発見したことに対して
背景:西村准教授は、ヒトの話し言葉や鼻の進化を解明するために、サル類の音声生成や鼻腔機能の機構を研究しています。過去に、研究の一環でテナガザルにヘリウムガスを吸わせたことがあり、それを知った海外の研究者から声がかかってワニにもヘリウムガスを吸わせることになりました。イグ・ノーベル賞は海外研究者との共同受賞です。

・京都大学ヒト行動進化研究センター 西村研究室
https://www.nishimura.ehub-kyoto-u.com/

<ワニにヘリウム吸わせると… 日本人にイグ・ノーベル賞/The Asahi Shimbun Company>

物理学賞(2014年) 馬渕清資(現・北里大学名誉教授)

テーマ:床に置かれたバナナの皮を人間が踏んだときの摩擦の大きさを計測した研究に対して
背景:馬渕教授のもともとの研究テーマは「人工関節の潤滑機能」やその機構の解明です。人工関節の「滑り」について研究する中でバナナの皮の滑りやすさとの関係に着目した教授。まだ誰も研究していなかったことから、バナナの皮の滑りやすさを測定し、イグ・ノーベル賞の受賞に結び付きました。

・関節の滑りからバナナの滑り、さらに生命科学の広がりへ(文部科学省/科研費による研究成果展開から)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/07/13/1372473_01.pdf

<ノーベル賞の方が目指すは簡単? イグ・ノーベル賞の馬渕教授が会見/KYODO NEWS>

まとめ

大学での研究テーマは無限大にあり、さらに学びたいテーマは人によって異なります。イグ・ノーベル賞の受賞研究がバラエティーに富んでいるといっても、「これを研究したい!」というテーマそのものが見つかる可能性は高くないかもしれません。

しかし、「これも研究テーマになるんだ!」「受賞した研究はもともとこの研究から生まれたのか」など、イグ・ノーベル賞の受賞研究にはこれから大学で学んでいく際のヒントになることがたくさんあります。受験勉強の合間に、イグ・ノーベル賞の受賞研究を見て将来を考えたりリフレッシュしたりしてはいかがでしょうか。