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永遠の命は実現する? 大学も取り組む【老化】の研究。「不老不死」を科学する

生物にとって「老い」と「死」は避けることのできないテーマです。しかし、近年では老化を治療可能な病気であると考える研究者が現れつつあります。このように、人々から老いや死を遠ざけるだけでなく、”不老不死”までをも実現させようという「老化」の研究とは、どのようなものなのでしょうか。

永遠の命を求め続けてきた人類

古代から東西の権力者たちは、飲んだものに永遠の命をもたらすとされる伝説の霊薬、アムリタやエリクサー、仙丹などを求め続け、不老不死を願ってきました。しかし、それらを得たものはいません。秦(しん)の始皇帝も不老不死の薬と信じて飲んでいたのは、水銀を用いた毒薬だったと伝えられています。

そのような歴史もあってか、不老不死に関する研究は怪しいもの、魔法や魔術に類するものとされてきました。科学技術が発達した近代でも、不死を求める富裕層や、それに協力する研究者がいますが、たいていは「非科学的である」として白眼視されてきました。

一方で、まじめな老化対策もありました。それは、医療や美容の分野です。それらの分野では、健康維持のために運動をしたり食事を管理したり、あるいはしわをなくそうとしたりといった研究が進められてきました。

しかし、そういうものとは別に、老化そのものを科学として研究することで、健康寿命を延ばすだけでなく、不老、ひいては不死について考える取り組みも始まっているのです。

「老化」を抑えるとどうなる?

生き物は老化が進むことで、視力や聴力、歩行機能などの身体能力が落ちたり、軽い病気が重篤化したりなど、さまざまな問題が生じます。もしも老化の進行を抑えることができたなら、老人あっても介護を必要とせず、社会の中でイキイキと暮らしていくことが可能になるでしょう。

「不老不死」が本当に実現するとしてもはるかな未来のことでしょう。その実現を目指し、老化の正体を追求する研究とは、どのようなものなのでしょうか。

近年、複雑な演算を一瞬でこなすスーパーコンピューターや、IPS細胞を用いた再生医療など、さまざまな革新的技術が登場しつつある現在では、不老長寿、あるいは不老不死の実現も、夢物語とは言い難くなっています。
実際アメリカの巨大企業であるGoogleも不老不死の研究に投資しているといわれているほどです。

解明されつつある「老化」と「死」のメカニズム

「生まれてから死ぬまで、どのくらい生きるか」を数値化したものが「平均寿命」です。それに対して、一個体の「種としての寿命の限界」を「最大寿命」といいます。老化研究では、これらの寿命を延ばす研究をしています。

生き物の肉体に「死」をもたらす「老化」が発生する原因には、いくつかの説が存在します。その中でも有名なものが、「エラー破局説」と「プログラム説」です。

細胞分裂の際に生じるノイズを原因とする「エラー破局説」

細胞は、設計図であるDNAに従って複製(細胞分裂)されます。しかし、すべてのDNA情報が完全に複製されるとは限りません。ごく一部で複製ミス、いわゆる「エラー」が発生することもあります。

このエラーが蓄積し、もともとの設計図から外れた細胞に変化していくことによって、本来の機能が失われ、老化が生じていくという説を「エラー破局説」といいます。

DNAで寿命が決まるという「プログラム説」

プログラム説とは、「生物はDNAによって、あらかじめ老いることと死ぬことが定められている」という説です。

例えば、DNAなどで構成されている「染色体」の末端部には、「テロメア」と呼ばれる部分が存在します。しかしこのテロメアは、細胞が分裂するたびに減少してしまうのです。

そして、テロメアの短縮が続くと、染色体の末端部が保護されなくなる「末端保護問題」が発生し、「細胞老化」が進行していきます。つまり、テロメアの減少を抑えることが老化防止につながると考えられるのです。

この考えは「細胞の分裂回数には限界がある」という「ヘイフリック限界」にも大きく関わっています。

DNA以外の老化要因として重視されている「エピゲノム」

近年では、「老化はDNA以外の要因でも生じる」という説も広がりつつあります。

仮に、DNAで寿命が決まるとすると、同じDNAを持つ一卵性双生児の寿命は同一であるということになります。ところが、多くの場合、一卵性双生児の寿命は別々です。同様に、クローンとその元となる個体の遺伝子も、DNAが一致していますが、両者は成長するにつれ、見た目や性格、体毛の模様などに差異が生じていきます。

DNAが同一であるにもかかわらず、個体差が生じるのはなぜでしょうか。その理由として注目されているのが「エピゲノム」です。DNAにある情報はすべてが発現されるわけではありません。発現する遺伝子もあれば、しない遺伝子もあります。その「発現する/しない」を制御する機構が、エピゲノムです。

このエピゲノムは、食生活や環境などの外部要因によって変動します。そのため、同じDNAを持った個体Aと個体Bであっても、生活圏が異なれば、遺伝子発現のタイミングや内容に差異が生じるわけです。

私たちは、一人ひとり異なるエピゲノムを持っていますし、それらは後天的に変化していきます。このエピゲノムを研究し、安定した状態に保つことができれば、従来とは異なる新しい老化対策が登場するかもしれません。

老化を抑制し、種としての「最大寿命」を延ばすには

老化のメカニズムの糸口が解明され始めたことで、老化そのものを抑制しようという研究も始まっています。

失われた成分を補うことで「最大寿命」を延ばす

テロメアの短縮やDNAの損傷、さまざまな細胞に分化できる「組織幹細胞」の減少などの老化の要因。これらの研究が進むことで、テロメアを補完したり、損傷したDNAを修復したりといった治療が実現するかもしれません。

また、最新の研究としては、減少した幹細胞を補充したり、エピゲノムに関わる情報を消去して新たに再構築する「リプログラミング」などの取り組みも始まっています。

もしもこれらの研究が進み、実用化されるようになれば、人類は老化した肉体を若返らせることが可能になるでしょう。そして、最終的には最大寿命の延長だけでなく、不老長寿や不老不死も実現するかもしれません。

「老化」の研究を行っている大学の学部や学科

老化現象に対する研究を行っている大学の学部、学科としては、全国の医学部、生物学科などが挙げられます。

「iPS細胞」で老化現象の解明や「若返り」に注力

他の細胞に分化できる幹細胞を適時注入していけば、老化の進行を抑えることができますが、これに用いられる幹細胞には、京都大学の山中伸弥教授が開発し、研究を進めている「iPS細胞」が有力視されています。

網膜の再生医療など、さまざまな分野で活用されているiPS細胞。この細胞の研究について山中教授は、2023年以降に老化現象の解明や「若返り」に注力すると発表しています。

山中教授、iPSで「若返り」研究 国の支援継続も要望
https://www.asahi.com/articles/ASP5C5K51P5CULBJ00G.html

老化細胞の選択的な除去に成功した東大

東京大学医科学研究所では、世界で初めてマウスの中にある老化細胞の解析に成功しています。さらに同研究所では、老化現象の研究を行った結果、グルタミン代謝酵素である「GLS1」を阻害することで、老化細胞を選択的に除去することに死滅させることに成功しています。

世界初、体内に存在する老化の原因となる細胞の解析に成功
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00033.html

老化細胞を選択的に除去するGLS1阻害剤が 加齢現象・老年病・生活習慣病を改善させることを証明
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00065.html

生き物の寿命に興味がある方は、老化現象について研究を行っている学部への進学を検討してはいかがでしょうか。

<万病の原因=老化細胞を除去する治療法確立:ANN NEWS>