地球上ではいたるところで電波を使った通信が飛び交い、モバイル通信でもインターネットにつなげますが、宇宙ではどうやって通信をするのでしょう。今回は宇宙で無人探査機や人工衛星などと電波で交信するのに欠かせない「長距離通信」がどのように実現させているのかを解説します。
宇宙空間でも電波は飛んでいく
地上から上空1000kmあたりまでは、さまざまな波長の電波が飛び交っています。電離圏では、短波の電波が反射することから、地上間で遠距離通信が可能です。さらに高い周波数は、人工衛星との通信やWi-Fiなど短距離で大容量の通信で使われています。空気のある大気中では、このように電波を使った通信が日常的に使われています。
意外かも知れませんが、空気のない宇宙空間でも電波は飛びます。驚くことに100億光年以上離れた宇宙の果てのような場所からも、宇宙背景放射と呼ばれるマイクロ波の電波が地球に届いています。
ただし、地球上と宇宙の間での通信は、電離圏を突き抜けられるUHF以上の高い周波数の電波に限られます。その高い周波数を使って、宇宙にある人工衛星や無人探査機は電波を交信しながら、地球からのコントロール信号を受信したり、映像などの観測データを地球に送り届けているのです。
<NASA Lands Perseverance Mars Rover (360 ビデオ)/NASA Jet Propulsion Laboratory>
宇宙との交信はノイズとの戦い
宇宙から地球上に到達する信号はとても微弱です。そのため宇宙からの電波を受信しようとすると、そのほとんどがノイズ(雑音)に埋もれてしまいます。
ノイズの発生源は、宇宙では太陽やほかの恒星、地球の地表近くでは雷や帯電した雪、電力線などの人工物などです。宇宙と地上の間で通信しようとすると、そのほとんどを大量のノイズが占めるため、その中から通信に必要な微弱な信号を拾い出す技術が必要になります。
ここで必要なのは、ノイズを低減させたり取り除いたりするデジタルノイズリダクションの技術です。受信データに含まれるさまざまなノイズ成分を分析して、除去します。これにはさまざまなノイズリダクションのアルゴリズムが使われます。
無線通信には高利得のアンテナも重要
また、狭帯域のデジタルフィルターを使い目的の信号のみに絞りこみ、信号の再現性に問題のない帯域(なくなっても困らない帯域)は、ノイズとともにすべてカットしてしまうことも行われます。
特にデジタル通信はとても狭い帯域のみを使った通信も可能ですので、ノイズを避けピンポイントの狭い帯域を使って通信することで、ノイズを避けるという方法がとられます。ただし狭帯域の通信には、正確な周波数を安定して得られる温度補償型の高精度水晶発振器(TCXO)が必須になります。
ほかにも、特定方向のみの送受信性能を高めつつも、なるべく小型にしたアンテナを使います。よく使われるのはおわんのような形状をしたパラボラアンテナです。地上では宇宙に向けて巨大なアンテナが用意されています。
<NASA Antenna Gets its Bearings>
特定方向への感度が高いことは「指向性が強い」とも言われます。また、微弱な電波を受信したり、なるべく効率よく電波を送信するには、送受信性能を可能な限り高める必要もあります。送受信能力が高いことは「高利得(ゲインが高い)」と表現します。
この指向性の強い高利得アンテナを、宇宙の探査機と地球の基地の双方で向かい合うように調整した上で交信するようにするのが基本ですが、火星などの遠い惑星と交信する場合は、人工衛星に中継させることもあります。
つまり、火星の地上で働いている探査機の信号を、火星の軌道上に浮かぶ人工衛星に中継させて、地球と交信させるという手法です。いったん軌道上の衛星にデータをためてから、地球に向けて一気に送信する仕組みなので、安定した通信が可能になります。
このような衛星を中継する技術により、火星から無人探査機の鮮明な映像が送られてくるようになりました。
<Explore Mars’ Jezero Crater with NASA’s Perseverance Rover>
衛星や無人探査機から電波を出すには電源が必須
宇宙にある人工衛星や無人探査機など(に搭載されている無線機)からは、電波を送信するには電力が必要になります。このためにバッテリーなどの電源を搭載していますが、電源には限りがありますし、長期にわたると劣化してしまいます。どのような種類の電源を搭載するかは、長期間宇宙での通信を確保する上でとても重要です。
無人探査機の電力としては、太陽光発電、電子力電池などが使われます。例えば、最近のNASAの火星探査車「パーサヴィアランス」には原子力電池(放射性同位体熱電気転換器/MMRTG)が使われています。原子力電池は原子炉のような核分裂反応ではなく、熱電変換素子を使って、プルトニウム238などが崩壊するときに得られる熱を電力に変えています。
いずれにしても大きな電力は使えず、電波の出力はごく小さなパワーに限られています。そのため出力される電波も小さく、その結果として他のノイズに埋もれやすくなり、ノイズリダクション技術が活躍するわけです。
<Spacecraft Power/NASA>
宇宙を使った交信の技術は自分で試すこともできる
こういった遠距離の無線通信を自分の手で体験してみたいと考えたら、「アマチュア無線技士」の免許を取得して「アマチュア無線局」を開局し、目的にあった通信機やアンテナを用意することで実験してみることもできます。通信衛星を介した各種通信や月面反射通信、国際宇宙ステーションとの通話、デジタル処理を使った遠距離通信などを世界各国のアマチュア無線家たちとつないで試すこともできます。
なお、通信を受信したいだけであれば免許は不要ですが、機材をそろえて実践してみるのであれば、せっかくなので免許を取得してしまうとよいでしょう。一番簡易な入門用の「第四級アマチュア無線技士」であれば、小中学生でも合格実績がある程度の難易度です。国家試験を受けても取れますが、講習会も開催されていますので、簡単に始められます。
・アマチュア無線の免許を取ろう!/JARL
https://www.jarl.org/Japanese/6_Hajimeyo/6-1-8.htm
国際宇宙ステーションと交信もできる
国際宇宙ステーションとの交信は主に音声によるもので、開催日時が予告されることもありますし、隊員の休憩時などに突然(不定期に)交信してくれることもあります。
学生向けにはスクールコンタクが盛んに行われていて、すでに多くの実績があります。国際宇宙ステーションが見えている範囲であることと、高度約400km程度の距離に電波が届けばよく、交信の難易度はそれほど高くはありません。
※学生向けにはスクールコンタクト:アマチュア無線を使い宇宙飛行士と地球上の学生が無線交信を行う、ARISSと呼ばれるNASAの教育プログラム。7~15歳に限ってアマチュア無線の資格がなくても参加できる
・これまで日本国内で成功したスクールコンタクト(2022年09月26日現在)
https://www.jarl.org/ariss/Successful-schoolcontact-in-Japan.htm
・JAXA「ISSとアマチュア無線で交信できますか」
https://humans-in-space.jaxa.jp/faq/detail/000551.html
デジタルモードを使った遠距離通信
また、アマチュア無線で使われる「JT65」や「FT8」と呼ばれる、パソコンを無線機に接続して、デジタルでテキスト通信を行う手法は、宇宙で微弱信号を送受信する方法とほぼ同じようなテクニックを使っています。この新しいデジタルモードは、常に改良されていますので、自分で新たに効率のよい通信モードをうみだすことも夢ではありません。
<10 meter band opening jt65 digital mode june 9th 2017 2145 UT>
火星から無人探査機の鮮明な映像が送信されてくることに驚くと思いますが、今回説明したようなデジタルモードの通信技術を発展させた手法と高度なノイズリダクションを発展させた技術を使って実現させています。
<Perseverance Rover’s Descent and Touchdown on Mars/Official NASA Video>
「長距離通信」が学べる学部学科
無線通信を学べるのは、主に理系の工学部や理工学部です。電気電子工学や情報工学、通信工学といった専攻がある学部、通信関連の研究室を持つ大学を目指すとよいでしょう。
大学でデジタル通信の変復調技術の研究を行っている研究室もあります。例えば、日本大学工学部 電気電子工学科 ワイヤレス通信研究室は、研究テーマのひとつとしてソフトウエア無線(SDR)技術とデジタル信号処理技術をあげていますが、このような技術が使われています。
・日本大学工学部 電気電子工学科 ワイヤレス通信研究室
http://www.ee.ce.nihon-u.ac.jp/~hiroyasu/about.html