星も銀河も私たちも「物質」で作られていますが、物質とは正反対の特徴を持つ「反物質」もわずかながらに存在しています。反物質は、通常の物質に触れると対消滅して消えてしまうもの。そして大規模な対消滅が、宇宙誕生直後に起こったのではないかと考えられることから、反物質の研究に大きな期待がかかっています。今回は、「反物質」について解説します。
SFでおなじみの「反物質」とは?
SF映画では「反物質エネルギー」を使って宇宙空間をワープする技術や「反物質を使った爆弾」などの強力な兵器などが登場します。実は、この反物質、荒唐無稽な架空の存在ではなく、本当に存在するものなのです。
そもそも反物質とは何でしょうか? 反物質とは、私たちの世界を構成している物質とは正反対の特徴を持つ物質です。そしてこの反物質は、(物質が粒子から構成されるのと同じく)「反粒子」から構成されています。
通常の物質と正反対の特徴を持つとはどういうことでしょうか。
例えば、原子核の周囲を回っている粒子「電子」と、ペアになっている反粒子に「陽電子」があります。通常の電子はマイナスの電荷を持っているのに対し、陽電子はプラスの電荷を持っています。違いは電荷だけであり、それ以外の特徴は通常の電子とまったく同じです。
電子と陽電子だけではなく、
陽子<--->反陽子
中性子<--->反中性子
クォーク<--->半クォーク
というように、すべての粒子に対してペアとなる反粒子が存在すると考えられています。
私たちの回りに反物質が存在しないわけ
反粒子(反物質)が作られるとき、ペアになる通常の粒子(通常の物質)も同時に生成されます。つまり、物質と同じ数だけの反物質が存在しているということです。
「そんなことをいわれても、反物質なんてものは見たことがない」と思われるかもしれません。それは当然です。現実には、私たちの身の回りには反物質はほとんど存在しないからです。
なぜ存在しないのでしょうか。それは反物質が、ペアとなる通常の物質に触れると「対消滅」という現象を起こして消えてしまうからです。この宇宙には、通常の物質がたくさんありますから、反物質が生まれたとしてもすぐに対消滅を起こして、なくなってしまうわけです。
ひとつの方程式から予言された反物質
反物質、反粒子が存在するとされたきっかけは「ディラック方程式」という数式でした。ディラックが考えた波動方程式(これがディラック方程式と呼ばれるもの)を解いていくと、「電子と正反対の特徴を持つ未知の物質がある」と推測されたのです。
当初は、「マイナスの電荷を持つ電子の反対だから、プラスの電荷を持つ陽子ではないか」とも思われました。しかし方程式の理論上では、電子と同じ質量でなくてはいけません。電子と陽子はサイズがまったく違うので、「陽子とは別に、プラスの電荷を持つ電子そっくりの何かがあるのでは?」という考えから「陽電子」の存在が予言されたのです。
それから程なくして1932年に科学者のアンダーソンが宇宙線を観測しているなかで、陽電子を発見しました。これにより、反物質の存在が証明されたことになったのです。
今では反物質を人工的に製造可能に
その後、大型加速器を使って反陽子、反中性子、反重陽子、反水素原子などを人工的に生成することに成功しました。
大型加速器とは、巨大なチューブの内部で発射した素粒子のビームを、光の速さに近いスピードまで加速させる施設のこと。この設備の内部で、高いエネルギーを持った粒子ビームを別の粒子と衝突させることで、新しい粒子を放出させるといった実験などを行っています。そして、その衝突のときに新しい粒子と反粒子が作られるのです。
雷からも反物質が生成されていた
しかし、そのような実験設備だけでなく、近年、雷という自然現象からも反物質が作られることがわかりました。
京都大学、東京大学、日本原子力研究開発機構、北海道大学などによる研究グループは、2017年に新潟県柏崎市で発生した雷を観測した際に0.511MeVのガンマ線を捉えたのです。この0.511MeVという値は、電子と陽電子が対消滅を起こしたときに放出された消滅ガンマ線を示しています。つまり、雷が発生したときに反物質が生成されていたことを意味していたのです。
・雷が反物質の雲をつくる!? — 雷の原子核反応を陽電子と中性子で解明 —
https://www.jaea.go.jp/02/press2017/p17112301/
宇宙誕生の瞬間、すべての物質が消え去っていたはず
ところで「反物質と物質は同じ数だけ作られ、すぐに対消滅する」と説明しました。だとすると、ひとつ大きな謎が生じます。
同じ数の物質と反物質が生まれて対消滅するのであれば、物質と反物質は残ることなく、すべて消滅してしまうので、本当であればこの宇宙は、物質も反物質もない「無の世界」だったはずなのです。
にもかかわらず、実際には、物質から構成されている星や銀河、そして私たちのような物質で作られた生命体までが存在しています。それはなぜでしょうか?
現在の宇宙誕生の理論
この問題を説明するために、現在の宇宙論では、次のように考えられています。
宇宙が誕生した直後、大量の物質と反物質が作られた。そして物質と反物質はお互いにぶつかりあい、対消滅して消えた。しかし、そこに何らかの「わずかなゆらぎ」が起こり、10億分の1程度の比率で物質のほうが多くなった。そのため、対消滅した後も10億分の1程度の物質が残ることになり、星や銀河が作られた。
つまり、宇宙誕生直後は、現在の10億1倍の物質と10億倍の反物質、あわせて20億1倍ものモノがあったのに、そのほとんどが対消滅で失われてしまい、対消滅を免れた物質(当初の20億分の1)だけでこの宇宙が構成されているということです。
<東京大学理学部オープンキャンパス2021 講演「消えた反物質の謎、またはなぜ宇宙に物質は残ったのか」鎌田耕平助教>
この宇宙が、反物質ではなく、物質で作られている理由を探る研究
では、10億分の1の違いを生んだ「わずかなゆらぎ」とはどのようなものなのでしょうか。現時点ではまだわかっておらず、今も世界中の科学者たちが素粒子、量子、物理に関するさまざまな分野でその謎を追いかけています。
例えば、2020年に発表された東京大学国際高等研究院カブリ数物連携宇宙研究機構、東京大学宇宙線研究所、高エネルギー加速器研究機構の発表によると、宇宙初期に作られた「宇宙ひも」により生じた重力波を観測すれば、「相転移がニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせた」レプトジェネシス機構と呼ばれる理論を実証できるとしています。
簡単に説明すると、電荷を持たないニュートリノという物質に関して「反物質のニュートリノなら、通常のニュートリノへ入れ替わることができるのではないか」という仮説がありました。その現象が宇宙誕生直後に起こったことで、物質が反物質よりも10億分の1程度多くなる結果を導いたのではないかと考えられ、重力波の観測によって、その仮説が証明できるのではないかということです。
・【プレスリリース】なぜ物質は完全消滅を免れたのか?〜重力波で探る物質の起源〜
https://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/news/8389/
反物質に関する、その他の研究
ほかにも反物質に関して、「対消滅を起こさないように、どうすれば反物質を長時間存在させられるか」「反物質も通常の物質と同じように重力の影響を受けるか」など、さまざまな研究も行われています。
このような研究が進めば、いつか私たちの宇宙が物質で構成されている理由がわかるのかもしれません。
反物質を兵器に使えるか?
ちなみに、反物質を悪用しようとする話が登場するサスペンス映画「天使と悪魔」(2009年公開)の際に、反物質の危険性に関する問い合わせが増えたそうで、東京大学が記者会見をしています。果たして、反物質に私たちの生活を脅かすようなリスクはあるのでしょうか。興味のある方はぜひ下のURLをご覧ください。
・記者会見「反物質研究の現状 – 『天使と悪魔』の虚と実 – 」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_210318.html
「反物質」について学べる大学の学部や学科
反物質は、素粒子物理学などが専門となるので、理工系、物理学部、物理学科などで扱われます。
加速器を持つ大学については、日本加速器学会の以下のURLにリストが掲載されています(なお、加速器は反物質の研究以外にも使われますので、その点、ご留意ください)。
・日本国内の加速器研究のできる大学研究室
https://www.pasj.jp/laboratories.html
参考
・東京大学理学部公開講演会 第20 回:反物質
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/event/public-lecture20/pdf/hayano.pdf
・反陽子、反水素、反物質
https://radphys4.c.u-tokyo.ac.jp/asacusa/ja/index.html