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サステナブル社会に有望な【園芸学】。植物を通じて、人の暮らし、社会、環境をより良くする研究!

農作物を生産するための科学として発展した園芸学。近年には、植物を通じて人の心を豊かにする視点が加わり、多様な領域に広がっています。植物を通じて、社会、環境、人の暮らしをより良くする、サステナブル社会に必須の分野といえるでしょう。今回は「園芸学」とは何かを概説します。

そもそも「園芸学」とは?

ベランダで植物を育てるのが好きで「ガーデニングって楽しい。いつかこの分野で仕事ができたら」と思って大学の園芸学科を選ぶと、あとで悔やむかもしれません。世間一般でいわれる趣味としての園芸と、大学の「園芸学」とでは意味するところが違うのです。まず園芸学とは何かを定義しておきましょう。大別すると二つあります。

①農学とほぼ同じ。作物を生産するための技術や知識

日本の園芸学はもともと、営利生産を目的に作物を集約的に栽培する学問として発展しました。農業の一分野であり、農学とほぼ同じです。違いは、農学は米やマメなどの主食作物を主な対象としており、畜産や飼料も扱う点。逆に言えば、主食作物と畜産以外のすべてを扱うのが園芸学です。

②植物との関わりを通じて人の心や生活を豊かにする学問

もう一つが、いわゆる趣味や娯楽の「園芸」です。この分野は日本の従来の園芸学ではあまり対象として見られてきませんでした。風聞によればかつて、ある大学の園芸学科には「テレビの『趣味の園芸』に憧れて園芸学科に進学してもらっては困る」と発言した教官がいたそうです。

しかし日本が経済成長を経て成熟社会に向かう1990年以降、植物と関わる活動によって人の心や生活を豊かにする文化的な側面が、園芸学で注目されるようになりました。植物を通じて人が楽しみ、癒やされ、生活に潤いをもたらす――家庭、福祉、教育、都市環境など、関わる領域はさまざまですが、総称して「社会園芸学」と呼ばれています。

作物を生産するための「園芸学」

まとめれば、現在の園芸学には、植物を生産の対象とする産業としての側面と、植物によって人の暮らしを豊かにする文化的な側面の二つがあるのです。歴史ある園芸学部や大学の農学部に設置された園芸学科は、従来の園芸学――植物を生産の対象としてとらえる農業色が濃い傾向です。以下では、従来の園芸学で何を学ぶかを概説します。

3つのカテゴリー

対象とする植物は以下のように分類されています。それぞれ「果樹園芸」「野菜園芸」「花卉園芸」として体系づけられています。

果樹 リンゴ、ミカン、ブドウなど、食用となる果実をつける樹木。日本ではおよそ110種類以上が栽培されています。
野菜 蔬菜(そさい)とも表現されます。日本ではおよそ150種類の野菜が栽培されています。アブラナ科、ウリ科、キク科、マメ科、セリ科、ユリ科、ナス科に属す種類が多いのが特徴です。
花卉(かき) 観賞用に栽培される植物の総称です。ヒマワリなどの「一・二年草」、キクやカーネーションなどの「宿根草」、チューリップなどの「球根類」、バラやアジサイなどの「花木」の4つに分類されています。ほかに観葉植物やサボテン・多肉植物などがあります(「花卉」の分類に含まれることもある)。

<キクの花を育てる農家の様子(農作業マニュアル 菊)>

植物を栽培するための基礎知識からICTの活用まで

園芸学はこれまで、上記のような作物別に体系づけられてきました。しかし研究が進んだ今日では、植物全般に共通する基礎的理論を踏まえたうえで、応用分野を学ぶ体系がとられています。基礎的理論では、根や茎、葉といった植物の形態、光合成の仕組みなどの植物生理、品種改良や種苗の繁殖方法、生育環境や栽培方法など。さらに、ビニールハウスなどを用いて栽培環境を制御しながら安定的に作物を育てる施設園芸、収穫物の鮮度を保持しつつ貯蔵・流通させる知識なども身に付けます。

個々の植物に特化した栽培・管理の技術、土壌や気候など植物を取り巻く環境、エネルギーの効率的な利用方法やバイオテクノロジーなどの知識も習得します。最近では、ICTやセンサー技術などの先端技術の活用や、サステナブルな環境で植物を育てる視点も重要になってきました。

人口減少社会のニーズに合わせて研究は多様化

日本の人口減少により、果樹・野菜・花卉のすべてにおいて作物の消費量は減少傾向が続いています。そのなかで、多品目化や高品質化、季節を問わない作物の供給、地域活性化のためのブランドづくり、サステナブルな環境など、新しいニーズが生まれています。そのため園芸分野の研究も多様化しています。

・園芸分野のユニークな研究例(千葉大学の研究メディア「CHIBADAI NEXT」)
https://www.cn.chiba-u.jp/category/horticulture/

<「花の色素を研究する!」観賞園芸学研究室 橋本文雄先生 清水圭一先生(鹿児島大学農学部)>

社会園芸学

生産の対象として植物をとらえてきた従来の園芸学に対し、人の心や暮らしをより豊かにするために植物との関わりをとらえるのが社会園芸学です。心身の健康、生活、環境、教育、地域など、現代社会が抱えるさまざまな課題を、植物を通じて解決する糸口を探るのが目的です。都市園芸、園芸福祉、教育園芸、暮らしの園芸などさまざまな領域があります。

都市園芸

植物によって都市環境の快適化を目指す領域です。ビルの屋上や壁面、屋内に緑化を施したり、花壇を設置したりすることで、景観の整備や大気の浄化、騒音の緩和などをはかります。サステナビリティがいわれるようになった今日、自然が持つ多様な機能を賢く利用して、土地やインフラを整備し、人にも自然環境にも持続可能を実現する考え方として重視されています。都市の再開発や古い建造物の再生が進むなかで、都市園芸のニーズは高まっています。

成功例の一つに、ニューヨーク市マンハッタンの名所となった公園ハイラインがあります。長らく放置され、荒れ放題だった高架線跡地が、四季折々に植物の自然な風景を楽しめるエリアとして生まれ変わりました。

<ニューヨークのニューハイラインパーク|時間>

園芸福祉

植物を育てる活動と、それによって得られる作物は、人々の心身にさまざまな効用をもたらします。例えば、植物を育てる楽しさや、収穫物を得ることでの満足感といった心理的な効用。植物を置く場所を整えることでの快適さや視覚的な美しさといった環境的効用。植物を育てる活動を通じて、人と人との交流や地域活性を促す社会的効用。さらに、園芸活動を通じて身体を動かしたり、生活にメリハリをつけることで体調を整えたりする身体的効用もあります。これらの効用を積極的に得ることで、心身や社会の健康維持・増進をはかるとともに、生活の質の向上を目指すのが園芸福祉です。治療、リハビリ、介護、介護予防、健康の維持など、医療の領域から日常生活まで、多岐にわたって活用が期待されています。

教育園芸

植物を育てる活動を通じて教育的な効果をはかる領域です。子どもの情操教育や、植物を通じて人と自然との調和を考える環境教育、作物を通じての食育、園芸に関わる知識や技術を学んで自己実現や生きがいにつなげる生涯教育などの分野があります。

暮らしの園芸

人々が暮らしのなかで植物と関わる園芸には、育てる、鑑賞する、収穫する、食べる、加工する、人と交流する、評価を受ける、身体を動かす、などの楽しさがあります。例えば、ハーブを鉢植えで育てている人は、育てること自体はもちろん、グリーンとして飾ったり、SNSに写真を投稿したり、収穫して料理に使ったり、乾燥させてポプリやリースを作ったりと、さまざまな楽しさを感じています。

生産を目的とした園芸では、高品質で多くの収穫量、安定供給のための栽培技術が求められます。しかし社会園芸の各分野では、それぞれの領域に合う技術・知識、植物が求められます。例えば、暮らしの園芸では楽しみを最大にする栽培技術や、家庭で育てやすい丈夫な植物が好まれます。また、作物生産に不可欠な農薬や化学肥料にかわり、安心・安全の観点から有機栽培などを取り入れる視点も必要になるでしょう。

以上、作物生産のための園芸と、植物を通じて人の心や生活をより良くするための園芸に大別して、園芸学を解説しました。

世界に抜きんでて発達した江戸時代の園芸

もともと日本人の暮らしに植物は身近な存在でした。私たちは古くから植物を、農作物としてだけでなく、育てたり鑑賞したりする対象として親しんできました。江戸時代の園芸レベルは世界に抜きんでて高く、さまざまな植物の栽培・育種の技術は高度に発達しました。しかし明治時代になって生産科学としての農学と園芸学がアカデミズムの世界に広がると、日本人が親しんできた園芸は研究対象として見られなくなりました。人と植物とのより良い関係を追究する社会園芸学の重要性が高まってきた今日、江戸時代の人々が親しんできた園芸を見直すときかもしれません。

「園芸学」が学べる大学、学部

冒頭で述べたように「園芸学」の分野を目指す場合、将来どんな方向に行きたいのか、ある程度考えてから学科を吟味する必要があります。この分野は、それぞれの大学・学部で特色があるため、各学部や研究室のサイトをしっかりチェックしておきましょう。

以下は、園芸学とその周辺領域を学べる学部・学科の一例です。

・千葉大学園芸学部園芸学科
https://www.h.chiba-u.jp/

・千葉大学園芸学部食料資源経済学科
https://www.h.chiba-u.jp/academics/faculty/department/fr_economics.html

・香川大学農学部園芸学科
https://www.ag.kagawa-u.ac.jp/?page_id=16217

・鹿児島大学農学部観賞園芸学研究室
https://www.agri.kagoshima-u.ac.jp/agri/agri0010/

・南九州大学環境園芸学部環境園芸学科
https://www.nankyudai.ac.jp/gakubu/kankyoengei/

・恵泉女学園大学人間社会学部社会園芸学科
https://www.keisen.ac.jp/faculty/human2017/horticulture/

・日本大学生物資源科学部くらしの生物学科くらしの園芸研究室
https://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~kurashi/laboratory/labo-04/index.html

・大阪府立大学緑地環境科学類
https://www.osakafu-u.ac.jp/academics/college/cleas/sest/

・西日本短期大学緑地環境法学科
https://www.nishitan.ac.jp/gakka/ryokuchi/