日本食ブームの影響もあり、現在では世界中でマグロなどの高級魚に対する需要が高まっています。そこで問題になるのが、乱獲による個体数の減少です。近年、この問題を解決する方法として熱く注目されているのが、サバにマグロの卵を産ませる「代理親魚技術」です。今回は、日本の大学も取り組んでいる代理親魚技術について説明します。
サバにマグロを産ませる、次世代の漁業とは
縄文時代から日本で食べられてきたとされるマグロは、寿司や海鮮丼だけでなく、かぶと焼き、ステーキなど、さまざまな料理に使われている人気の高い魚です。しかし昨今の日本食ブームにより、中国や欧米諸国でも需要が高まったことで、乱獲が進んでいます。
食物連鎖の中でも上位に属し、肉食であるマグロは、もともとの個体数が多くありません。そのため、近年では乱獲の影響を受けて漁獲量が大きく低下し、価格も高騰してしまいました。
この問題を解決するために、日本の大学ではさまざまな研究を行っています。そのうちの一つが、マグロの近縁種であるサバにマグロの卵を産ませる「代理親魚技術」です。
種の異なるサバが、本物のマグロを産む
動物は種ごとに遺伝子が異なるため、系統が近いものでなければ異種交配ができません。このように、種が異なるために交配ができず、子孫が残せないことを、生物学では「生殖的隔離」と呼びます。
逆に、系統が近い近縁種であれば、ヤギとヒツジの間で産まれる「ギープ」や、ライオンとトラを掛け合わせた「ライガー」のように、異種交配が成立することがあります。しかしそれらはあくまでも雑種です。
そのため、仮にサバの卵にマグロの精子をかけて受精し、成長するに至ったとしても、産まれてくる魚はサバとマグロの雑種であり、本物のマグロではありません。
代理親魚技術とは、そのような雑種とは異なり、別種であるサバに本物のマグロを産ませる技術なのです。では代理親魚技術は、どのような方法を用いることで、サバにマグロを産ませているのでしょうか。
マグロの生殖幹細胞をサバに移植
生物の体内には、精子や卵子などの生殖細胞を生産する「生殖幹細胞」と呼ばれる器官が存在します。代理親魚技術では、マグロの生殖幹細胞をサバに移植することによって、「体内でマグロの生殖細胞を生産するサバ」を作り出すことに成功したのです。つまり、サバにマグロの卵と精子を作らせるわけです。
このように、マグロの生殖幹細胞を宿したサバ同士を交配させることによって、サバの遺伝子が混在しない、純粋なマグロが産まれるというわけです。
<吉崎悟朗「未来の養殖~サバからマグロは生まれるか」>
代理親魚技術は、遺伝子組み換えとは異なり、生物が持っている本来の機能を活用した養殖技術です。そのため、食用にしても悪影響が生じる可能性が少ないというメリットもあります。
現在、代理親魚技術はサバとマグロだけでなく、ヤマメとニジマス、クサフグとトラフグなど、さまざまな品種で活用されています。今後、その数はますます増えていくことでしょう。
・ニジマスしか生まない代理ヤマメ両親の作出に成功
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20070914/index.html
代理親魚技術がもたらすメリットとは
代理親魚技術が持つメリットは、多岐にわたります。一つは、生育が難しい品種を、生育が簡単な品種に産ませるという「生産の容易さ」です。
養殖に必要な予算と労力が低下
マグロは少しの傷で死に至るほど繊細な生き物です。そのため、養殖するためにはエサや施設を維持するための予算だけでなく、マグロの性質を熟知した管理体制が必要になります。
実際に、近畿大学水産研究所がクロマグロの完全養殖に成功するためには、30年以上にわたる試行錯誤を必要としました。
・クロマグロの完全養殖 – 近畿大学水産研究所
https://www.flku.jp/aquaculture/tuna/
しかし、代理親魚技術であれば、マグロよりもはるかに低い予算と労力で生育可能なサバにマグロの卵を産ませることが可能です。
親の成熟にかかる年月が短縮
さらに、生育速度の面でもメリットがあります。動物が生殖可能になる「性成熟」に必要な年月は、種によって異なります。そのため、従来の方法では性成熟に3~5年ほどかかるマグロを産卵させるためには、長い年月をかける必要がありました。
しかし性成熟が短いサバを代理親魚にすることで、従来よりも早いスパンで養殖することが可能になります。
今後、代理親魚技術が普及していけば、飼育が容易で性成熟が短いサバを育てることによって、大量のマグロをコンスタントに産みだすことが可能になります。これらを養殖、あるいは海中に放つことで、個体数が減った天然のマグロも増加していくことでしょう。
優秀な遺伝子を持った個体の大量生産が可能に
個体数の減少に歯止めをかける代理親魚技術のメリットはほかにもあります。そのうちの一つが、「優良個体の増殖」です。
生き物の中には、同種の中でも並外れた体力や耐病性を持つ「優良個体」が存在します。野菜や花などの植物であれば、それらの優良個体を選別し、掛け合わせて、新たな品種として確立していくことが可能ですが、魚類の場合は狙い通りに交配させることが困難ですし、その回数にも限度があります。
しかし、代理親魚技術を使えば、ドナーとなる「優良な個体」を選別し、その生殖幹細胞を複数の「代理親魚」に植え付けることで、優れた遺伝子を持つ次世代を大量に産みだすことが可能になるのです。
オスしか取れない希少な部位を大量生産する
美食として有名なトラフグ。中でも味がよく、人気の高い部位が白子ですが、これはオスからしか取ることができません。しかし、この問題も代理親魚技術で解決可能です。
東京海洋大学は、長崎県総合水産試験場と協力し、オスだけを産む遺伝子を持つ「超雄トラフグ」の生産に成功しています。
トラフグは人間と同様に、XX/XY型の性染色体によって性別を決定しています。そのため、「XX(メス)」と「XY(オス)」が交わったときにオスが産まれてくる確率は五分五分です。
しかし、代理親魚技術により「YY」の遺伝子を持った超雄トラフグを生産できたことで、確実にオスだけが産まれるシステムが完成したのです。
・長崎県における全雄トラフグ養殖での活用例
https://olcr.kaiyodai.ac.jp/wd/wp-content/uploads/201911nagasaki_yoshizaki.pdf
死んでしまった個体や絶滅した品種の子供を産みだすことも可能に
絶滅しかけている魚、あるいは絶滅した魚を残すことにも応用できるのではないかという期待もされています。たとえ絶滅に至った魚種がいたとしても、あらかじめ生殖幹細胞を採取しておけば、その近縁種を代理親魚として成長させ、新たな個体を産ませることができるからです。
実際に、代理親魚技術の研究を進めている東京海洋大学では、「死後12~24時間経過したニジマス」から生殖幹細胞を取り出し、別の個体であるニジマスに移植することで、死んだニジマスの生殖幹細胞を「卵や精子へと分化させることが可能」であると発表しています。
・«死んだ魚からでも子孫をつくることが可能に!?»死魚から単離した生殖幹細胞を移植することで卵・精子への分化を誘導する技術開発に成功
https://www.kaiyodai.ac.jp/topics/img/40a756d7707a4f7cc817a55ceaf50304.pdf
「代理親魚技術」について学ぶ大学の学部や学科
代理親魚技術の研究を行っている大学としては、先述した東京海洋大学が第一に挙げられます。また、そのほかにも「水産学部」や「海洋生命科学部」「生命理工学部」など、海や生物に関する学部、学科でも取り組まれています。
海洋を専門に研究し、養殖にも取り組んでいる東京海洋大学
東京海洋大学の吉崎研究室では、「生殖細胞の異種間移植による代理親魚養殖技術の開発」だけでなく、「液体窒素の中で凍結保存した生殖細胞を宿主に移植することで、凍結細胞に由来する卵や精子を生産する技術の開発」や「養殖場からの逃亡魚による遺伝子汚染を防止するための不妊化技術の開発」など、代理親魚技術に関するさまざまな研究を進めています。
・研究内容紹介:東京海洋大学 吉崎研究室
https://www2.kaiyodai.ac.jp/~goro/study-introduce.html
水圏生物を研究している金沢大学の海洋生物資源コース
そのほかにも金沢大学 理工学域 生命理工学類の海洋生物資源コースでは、海や陸水圏に生息する生物に関する研究を行っています。
また、同学に所属する竹内裕教授は「ハイブリッドを代理親とする養殖魚の育種方法」や「宿主魚の低温飼育法」など、代理親魚技術に関するさまざまな特許を所有し、現在も精力的な活動を続けています。
・金沢大学 理工学域 生命理工学類の海洋生物資源コース
https://www.se.kanazawa-u.ac.jp/lifescience/course.html#02
代理親魚技術は、個体数の増加だけでなく、絶滅が危惧される希少種の保存にも貢献可能な研究領域です。種の保存や環境の保護に興味がある方は、上記の大学を進学先として検討してみてはいかがでしょうか。