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言葉や習慣の違いを乗り越えて、ともに分かりあうための学問 【異文化コミュニケーション学】が目指すボーダーレスな社会とは

インターネットの普及や交通手段の発展によって、世界全体のボーダーレス化、グローバル化が進んでいます。しかし異なる言語や経験を持った人々が出会うときには、両者の間に誤解やトラブルをもたらす「異文化摩擦」が生じる可能性もあります。その解決に役立つのが、異文化コミュニケーション学です。今回は、これからの時代に求められる異文化コミュニケーション学について説明します。

「異文化コミュニケーション学」とは。互いの文化を尊重し、同じ社会で共存していくための学問

世界全体でボーダーレス化、グローバル化が進んだ昨今では、生まれ育った土地を離れ、海外への移住を検討する人が増えています。皆さんの中にも、「将来は海外で生活したい」と考えている方もいるかもしれません。

しかし、もとから住んでいた「先住者」と新しくやってきた「移住者」の間には、「言葉」や「慣習」などの「文化」に違いがあるために、時として友好的な関係を築けない可能性があります。

そのような課題をコミュニケーションによって解決し、「文化の違いを問わず、住みよい社会」の実現を目指す学問が「異文化コミュニケーション学」です。

社会や文化の維持には、「ルール」の存在が不可欠

「和を以て貴しとなす」という言葉が示すように、日本では昔から、人と人が理解しあい、納得しながら物事を進めていくことが重視されてきました。これを実現するために必要なのが、それぞれの人が守るべき「ルール」の徹底です。

ここでいうルールとは、国が決めた「法律」だけではありません。学校が定めた「校則」や、地域ごとに異なる「ゴミの分別方法」、冠婚葬祭でとるべきふるまいや装いといった「慣習やマナー」などなど、私たちの身の回りには、その場その場に応じたさまざまなルールが存在しています。

これらの多くは、以前からそこで生活してきた人々にとって住みやすい社会、つまり「既存の文化」を維持するために作られたものともいえます。しかし、その中には外部から来た旅行者や移住者には理解しづらいものも存在しています。

ガムをかんでいるだけで逮捕される国も?

例えば、日本では当たり前のように販売されているチューインガムですが、シンガポールでは製造や販売だけでなく、国内に持ち込むこと自体が禁止されています。

その理由は、「吐き捨てられたガムによって町の景観が損なわれることを防ぐため」です。このように、景観の美しさにこだわっているシンガポールでは、公共施設の清潔さを保つために、「路上でツバを吐く」「野鳥に餌をやる」などのほか、「電車にドリアン(においの強い果物)を持ち込む」といったことが法律で禁止されています。

また、そのほかの国でも「空港や政府施設を撮影してはいけない」「露出度の高い服を着てはいけない」「お酒を所有してはいけない」というように、日本の文化とは異なるルールが存在します。

仮に、海外へ旅行、あるいは移住をした日本人がこれらの決まりごとを破ってしまった場合、法律で裁かれるだけでなく、現地の住人やコミュニティーから拒絶されてしまうかもしれません。

価値観の違いがもたらす「異文化摩擦」を、「コミュニケーション」で解決する

このように外から来た人に理解されにくいルールは、日本にも存在します。皆さんも、外国人が公共の場や決められたルールを守らずに注意を受けていたり、ほかの利用者から距離を置かれている場面に遭遇したことがあるかもしれません。

しかし、そういった人々の多くは「ルールを破ろう」「ルールを無視しよう」としているのではなく、「日本の文化を理解していない」だけなのです。

異文化コミュニケーション学では、このように文化が異なることで誤解や戸惑いが生じる「異文化摩擦」をコミュニケーションによって解決し、お互いの文化に対する相互理解を深めていくための手段を研究しています。

異文化コミュニケーション学が取り組む研究テーマ

これからのグローバル社会に貢献する異文化コミュニケーション学では、どのような研究や学習が行われているのでしょうか。

外国語を習得し、異文化への理解を深める「言語研究」

仮に相手と同じ言葉を話せたとしても、言葉の持つ繊細なニュアンスが理解できなければ、意図が通じず、異文化摩擦が生じてしまいます。そこで必要になるのが、各国の言語について分析していく「言語研究」です。

日本文化に不慣れな外国人が、日本家屋に土足で入ろうとするというのは有名な話ですが、それ以外にも、汚れを落としてから温泉につかる「かけ湯」のように、日本人以外にはなじみのないルールやマナーがあります。しかしそれらを説明し、納得してもらうためには、相手の文化を踏まえたうえで、その言葉や話し方に対する深い理解が必要な場面もあります。

言語研究では、言語によって異なる言葉の違いを把握するだけでなく、言語の文化的な背景、歴史的な変化などを客観的な視点から解き明かす取り組みが行われています。

このような言語研究によって、多言語、多文化を習熟した研究者が増えていけば、訪日外国人にとって住みやすい環境づくりに貢献できるだけでなく、外国人に対する日本語教育の精度も向上していくことでしょう。

言葉のイメージを変換して、別の文化圏に伝える仲介役「通訳翻訳研究」

現在、海外の人々と私たちの文化をつないでいるのが、通訳者と翻訳者の方々です。もしも彼らが存在しなければ、母国語以外の言語を習得していない人々は海外の映画やドラマを楽しむことはできませんし、世界で何が起きているのかを知ることもできなくなります。

従来、通訳や翻訳に携わる人は、歌舞伎などの舞台を裏方で支える「黒子」と表現されてきました。しかし、単に直訳するのでなく、言葉の持っているイメージを別の文化圏に伝えるためには、それぞれの文化に精通しているだけでなく、発信側と受信側、両方の人間と深いコミュニケーションをとっていく必要があります。

これからの社会では、文化の仲介役ともいえる通訳、翻訳に対する期待が高まっていくことでしょう。

通訳翻訳研究では、言語の壁を越えるためのプロセスや、誤訳やコミュニケーション不足によって生じるすれ違いなどのリスク管理など、通訳と翻訳に関するさまざまな研究を行っています。

対面だけでなく、広い意味での情報伝達を調査する「コミュニケーション研究」

コミュニケーションと一言にいっても、その種類は膨大です。人と人が対面でやり取りを行う「パーソナル・コミュニケーション」もあれば、テレビや新聞、インターネットで情報を伝えあう「マス・コミュニケーション」、さらにはSNSなどで特定の人物とメッセージを送りあう「中間コミュニケーション」などなど、さまざまなコミュニケーションが存在しています。

「コミュニケーション研究」では、自分の意見や相手の考えを客観的に調査することで、より良いコミュニケーションのあり方について研究しています。

もし宇宙人が来たら、どうコミュニケーションをとる?

コミュニケーション研究の中でもユニークなのが、「対宇宙人用のコミュニケーション研究」です。

アフリカで暮らす人々のコミュニケーションについて研究をしてきた京都大学の名誉教授である木村大治氏は、「宇宙人との間にコミュニケーションは成立するか?」というテーマをもとに、「宇宙人類学」に取り組んでいます。

とはいえ、「宇宙人なんて現れるわけがない」と考える人も少なくないでしょう。しかし海外には、人類が地球以外の惑星に移住する「テラフォーミング」を真剣に検討している国も存在します。これが実現すれば、テラフォーミングに向かった宇宙移民の人々と地球人の間でコミュニケーションをとる場面も出てくることでしょう。

地球と宇宙という異文化をつなぐ宇宙人類学。このように思考実験的な要素を含んだコミュニケーション研究も、将来的には、人類の発展に大きく貢献していくことでしょう。

・京大先生図鑑
https://www.kyoto-u.ac.jp/explore/professor/01_kimura.html

「異文化コミュニケーション学」について学べる大学の学部や学科

人と人のコミュニケーションについては、人文学部、心理学部、社会学部など、人文系のさまざまな学部、学科で学ばれています。その中でも異文化コミュニケーション学に特化している学部、学科としては、立教大学の「異文化コミュニケーション学部」や専修大学の「異文化コミュニケーション学科」などが挙げられます。

・立教大学 異文化コミュニケーション学部
https://www.rikkyo.ac.jp/undergraduate/ic/

・専修大学 国際コミュニケーション学部 異文化コミュニケーション学科
https://www.senshu-u.ac.jp/education/faculty/global/intercultural/

これらの学部、学科では、原則として全学生の海外留学が予定されています。実際に海外へ赴き、現地の人とコミュニケーションをとることで、お互いの気持ちを察するための理解力だけでなく、両者を納得させるための表現力を身に着けることが可能になるでしょう。

外国からの留学生や旅行者、移住者との円滑なコミュニケーションに興味のある方は、これらの学部、学科を検討してみてはいかがでしょうか。