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【極限環境生物学】 高温、高アルカリ性、放射能……、過酷な環境で生きるからこそ持つ特殊能力! PCR検査や放射性廃棄物処理にも寄与

高温、高圧、強いアルカリ性、放射能……。このように生物の生存に適さない環境がありますが、そういう極限環境でも生きる微生物がいます。それが「極限環境微生物」です。過酷な場所で生きるからこそ、持っている特殊能力を、社会に生かそうという研究も進んでいます。今回は極限環境微生物について解説します。

極限環境微生物とは

何千メートルもの深い海の底に潜る深海探査艇。マントルや地殻に到達するところまで地中深く掘る地球深部探査船。科学技術の発展により人類は、従来は到達できなかったようなところまで手が届くようになりました。

例えば、深海の底の海溝、熱水噴出口、厚い氷に覆われた南極の地底湖、強い酸性、あるいはアルカリ性の環境、太陽の光も届かず酸素もほとんどない世界…………。そこは、私たちが暮らす地表とはまったく異なる世界でした。そのような極限環境にたどり着くたびに人類は驚愕(きょうがく)することになります。

「このような過酷な環境にも生物がいた!」と。

さまざまな極限環境に住む微生物が持つ特殊能力に着目

このような過酷な環境を「極限環境」と呼び、そのような場所で生きていける微生物を「極限環境微生物」と呼びます。そして、それらを研究する学問が「極限環境生物学」です。

特殊な環境で生きていけるということは、その微生物が、何か特別な能力、機能を持っていることを意味します。そして特別な能力を、私たちの暮らし、社会に役立てようという研究も進んでいます。

<極限環境微生物をひとつひとつわかりやすく。:東洋大学生命科学部生命科学科模擬講義>

高温環境でも生きられる超好熱菌

人間が生きていける体温の上限は42度とされています。その理由は人間の体を構成するタンパク質などが42度を超えると変質して構造が壊れるものがあり、さらに上昇すると生命活動の維持が難しくなっていくからと考えられています。人間の皮膚も、60度、70度といったお湯に数秒接すれば、ひどいやけどを負います。

ところが、地上の火山や海底火山の熱水噴出口、温泉などでは100度に達するような高温の環境があります。そしてそのような場所には「超好熱菌」が生きています。

ここでポイントになるのが「酵素」です。タンパク質というと、「肉」の部分を想像するかもしれませんが、それだけではありません。「酵素」もタンパク質の一種です。そして、超好熱菌が作る酵素もまた高温環境で壊れないのです。

新型コロナウイルス感染症対策にも役立つ超好熱菌

PCR検査という言葉を聞いたことのない人はいないでしょう。新型コロナウイルス感染症の検査に用いられる、DNAを増幅する手法です。増幅することで少量のDNAであってもウイルスの特定に役立てるわけです。この増幅の際には、高温と低温の環境、そして触媒として酵素を用います。ただし高温環境で酵素を使おうとすると、すぐに変性してしまうため、補充が欠かせないという問題もありました。

この問題を解決したのが、立命館大学生命科学部 生物工学科教授の今中 忠行氏が1993年に小宝島の海中温泉から見つけた超好熱菌「サーモコッカス・コダカラエンシス」でした。この超好熱菌が作る酵素であれば、熱による変性を回避できるため、補充の必要がなくなります。そしてこの発見により、酵素を補充することなくPCR検査ができるようになったのです。

今回のコロナ禍では膨大な数のPCR検査が行われていますが、仮にサーモコッカス・コダカラエンシスのような超好熱菌の発見がなかったら、これほどの数の検査をこなすのは無理だったのかもしれません。

・「新型インフルエンザの検査に欠かせない超好熱菌を発見」
立命館大学 総合理工学院 生命科学部生物工学科  今中忠行教授

http://www.ritsumei.ac.jp/rs/category/okurimono/090901.html/

好アルカリ性菌を使った洗濯用洗剤

私たちの生活の身近なところにも極限環境微生物が役立っている例もあります。その一例が洗濯用洗剤です。

かつての洗剤にはリン酸塩が用いられていました。ところがリン酸塩は川や湖、海に流されると富栄養化の原因になります。そこでリン酸塩を使わない洗剤が求められるようになりました。そして期待されたのが、酵素です。酵素の力で汚れを分解し、衣類から除去するというタイプの洗剤へと移り変わっていったのです。

ところでアルカリ性洗剤を使えば(中性洗剤もありますが)、洗濯槽の中はアルカリ性になりますので、そこで働く酵素もアルカリ性の環境で働けるものでなくてはいけません。そこで着目されたのが、高いアルカリ濃度でも生きていける「好アルカリ性菌」でした。この好アルカリ性菌が作る酵素によって洗浄効果を上げていたのです。

洗剤だけでなく他の用途にも利用されている好アルカリ性菌を、世界で初めて発見したのは東洋大学の故・掘越弘毅教授です。

強い放射能に曝(さら)された環境で生きる微生物

ほかにも、「塩田での塩作り」「環境保護」「バイオ燃料の生成」、さらには「生分解性プラスチック(自然に分解するプラスチック)」、「創薬」や「遺伝子治療」など、幅広い用途で極限環境微生物の利用が期待されています。

そのひとつに「放射線抵抗性細菌を使った放射性廃棄物」の問題解決があります。

通常の生物は、高い放射線を浴びると生存できなくなります。細胞内のDNAが放射線によって破損してしまうからです。しかし高い放射線の中でも生存、増殖できるのが「放射線抵抗性細菌」と呼ばれる極限環境微生物です。放射線抵抗性細菌(菌によって半致死線量は異なりますが)は、人間であれば死を迎えるような放射線の、さらに数千倍という高い放射線を受けても生きていけるのです。

そこで放射線抵抗性細菌を使えば、セシウムなどの放射性廃棄物の蓄積、処理に活用できるのではないかと期待されているのです。

・深海や地底の微生物を追う研究者が、放射能問題に取り組むワケ – 東京大学・鈴木庸平准教授
https://academist-cf.com/journal/?p=12611

新たな極限環境微生物を探す研究も

これからも人類の活動エリアは広がっていくことでしょう。そして新しい未踏の地に到達するたび、未知の極限環境微生物も発見されるはずです。そのような新しい極限環境微生物を探す取り組みもあります。

地球深部のマントルを掘削。地殻内生物圏の解明へ

深い地面の下、海の底のさらに下にも生き物たちの世界があります。それが、「地殻内生物圏」「地下生物圏」と呼ばれるものです。陸に近いところの海の生物は、地上の生物と相互に影響を与えながら生きていますが、地殻内生物圏、地下生物圏の生物はそれらとは隔絶されたまったく違う生態系を持っていると見られています。

日本の地球深部探査船「ちきゅう」は、海底下を掘削するために作られた船であり、マントルまで直接掘削して試料採取をしようとしています。そして地殻内生物圏、地下生物圏を明らかにする、生命誕生の謎に近づく、地球の歴史を探るといった目的に向かって研究しています。

・地球深部探査船「ちきゅう」
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/

・MarE3 マントル掘削と観測ー地球科学の歴史で最も難しい挑戦
https://www.jamstec.go.jp/mare3/j/mdp/

成層圏に浮遊する微生物。もしかしたら宇宙からの来訪者?

空の上に飛んでいる生物は鳥や昆虫だけではありません。高度約10km~50kmにある成層圏に生きている微生物も発見されています。しかし、それらは地上から空高く舞い上がったものなのか、空で暮らしているものなのか、はたまた宇宙から舞い降りてきたものなのか、謎は残っています。

成層圏の微生物の謎を探るため、千葉工科大学、東京薬科大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などは、成層圏における微生物採取の実験「biopauseプロジェクト」を進めています。このプロジェクトは、気球を上空に向けて飛ばして、採取装置を落下させながら捕まえた微生物を、顕微鏡で分析するというものです。

成層圏に生息する微生物については、以前から研究はされていたものの、地上で培養して分析していましたが、培養に向かない微生物は対象にできないなどの課題がありました。biopauseプロジェクトであれば、微生物採取装置で採取し直接顕微鏡で分析できるため、培養に向かない微生物も分析、高度別に採取して分析というような詳しい研究ができます。

・千葉工業大学 惑星探査研究センター 成層圏微生物採集実験「Biopause」
http://www.perc.it-chiba.ac.jp/projects/biopause

「極限環境微生物」について学べる大学の学部、学科

極限環境生物学会のサイトには
「極限環境微生物の研究は、世界に先駆け日本で学問的に体系化されてきた。その結果、基礎的な科学研究から産業的な応用まで多大な貢献をなしてきている」
と記載されています。そのため、少なくない大学で極限環境微生物について学ぶことができます。

・極限環境生物学会
http://www.extremophiles.jp/aboutus/index.html

極限環境微生物を研究するのは、生命科学部、生物工学部、農学部、水産学部などになります。今回触れた東洋大学も生命科学部で極限環境微生物を研究しています。また極限環境生命科学研究室を持つ早稲田大学、極限生命情報研究センターを持つ立教大学のように専門に扱う拠点を持つ大学もあります。

・東洋大学 生命科学部 生命科学科 SDGsの達成を支える極限環境微生物の先端科学
https://www.toyo.ac.jp/contents/research/tprp/project-07.html

・早稲田大学 人間科学学術院 極限環境生命科学研究室 極限環境生物学
http://www.f.waseda.jp/akanuma/keywords/extremophile.html

・早稲田大学 人間科学部 極限環境生命科学研究室・研究内容について (赤沼哲史)
https://www.youtube.com/watch?v=v4UDcgmJVTU

・立教大学 極限生命情報研究センター(理学研究科)
https://www3.rikkyo.ac.jp/research/initiative/project/research/002/