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隠れている生き物を探せ! 【環境DNA】から見る生物多様性の研究。絶滅危惧種や外来種の分析も容易に

自然界にはたくさんの生き物が生息していますが、探そうと思ってもなかなか目にすることはできません。そこで役立つのが環境DNAです。生き物の細胞の中にあるDNAは、微量ながら自然界に放出されています。その環境中に存在するDNAを分析することで、そこに住む生き物をモニタリングするのが環境DNAの研究です。今回は水中の生物の調査によく用いられる環境DNAについて解説します。

捕獲しないで生物を調べる「環境DNA」

みなさんの身の回りには、どのような生物がどのくらい生息しているか、知っていますか?

近所の公園の池には、魚や貝、小エビ、昆虫などが生きています。草が茂る地面にもミミズやモグラ、トカゲやアリ、カタツムリなどが暮らしています。しかしそれらの生き物が、何種類、どこに何匹いるかを調べるのはとても困難な作業でした。

例えば、水に住む魚や小動物を調べるには、まず網などを使って捕獲し、1匹ずつ分類して特定しながら種類や数を集計しなくてはいけません。しかし、網で捕まえるにしても、動きの遅い生き物であれば簡単に捕まえられますが、すばしっこく動き回る生き物であれば捕獲も大変です。また、生き物によって住んでいる場所が違いますが、すべての場所に網を広げることはできませんので、どうしても偏りが生じます。

環境DNAとは?

そこで役立つのが環境DNAです。生物の授業で習ったとおり、DNAとは細胞に含まれている、生き物の設計図の役割を持つ遺伝子です。DNAの情報に基づいてタンパク質が作られ、生き物の体が出来上がっていきます。

そのDNAは、生き物の体内だけに存在するわけではありません。自然の中で暮らしている動物は、排せつ物や唾液などの粘液を排出しながら生きています。また古くなった皮膚がはがれ落ちたり、体毛が抜けたりもします。死んでしまえば、死体が残されます。

その結果、排せつ物や粘液、皮膚などに含まれていた細胞のDNAが自然の中に放出されていきます。それが、環境中に存在する生物由来のDNA「環境DNA」です。この環境DNAは湖沼や河川、海などの水中、雪の中、土壌など、さまざまなところに残されます。

湖沼や河川であれば、すくい取った水から環境DNAを分析することで、「その場所に、どのような生き物が存在しているか」を調べることもできるのです。捕獲するのに比べて調査、分析が容易なので、広い範囲を短い間隔で、かつコストを抑えて調査できる、環境に影響を与えないというメリットもあります。

<東北大学理学:「環境 DNA:生態系ビッグデータがもたらす未来」近藤倫生教授(生物学科)>

<国立環境研究所:霞ヶ浦の魚を調べる~水中のDNAからのアプローチ~>

環境DNAからわかること

環境DNAは、河川や湖沼の水などを採取して分析するわけですが、自然界に残される環境DNAは微量です。そこでPCRという手法を用いてDNAの量を増幅して、分析することになります。

水中生物のモニタリング

採取した水に含まれていたDNAの塩基配列をもとに、その場所に生息している生き物の種類、おおよその量や個体数を分析できます。つまり、「その場所にどういう種類の生物が、どの程度生息しているか」をモニタリングできるわけです。

例えば
「この生物は、数年前に比べて、○%増えている(あるいは減少している)」
「この地域より、こちらの地域のほうに、○○という生き物が多く住んでいる」

といったことがわかります。

<福岡工業大学:【研究紹介】「DNA」から生物を追跡 環境DNAで生物モニタリング>

ところで、「川や海のように流れがある場所だと環境DNAも遠くまで流れていってしまうのではないか」「そのために調査データが不正確になるのでは」と懸念する人もいるかもしれません。

しかし環境DNAは、それほど長期間にわたって残されるものではなく、ある程度の期間がたてば微生物に分解されてしまいます。そのかわり「この生き物の痕跡が残っている。ということは、最近までその場所に生きていた」とわかるわけです。

実際、神戸大学、長浜バイオ大学、京都大学などのグループが、両生類を対象に、環境DNAの調査と従来型の調査を同じ場所で同時に実施して結果を比較したところ、環境DNAの調査のほうが多くの種を検出でき、従来型の調査よりも有効であるという結果を示しました。

・神戸大学
水をくむだけの新しい両生類の調査法

https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2022_02_21_01.html

絶滅危惧種や希少動物、捕獲が難しい生き物の調査

かつての手法では、実際に生き物を捕獲する必要があったのに対して、環境DNAの調査は捕獲の必要がありません。そのため、生き物に優しい調査方法といえます。

例えば、絶滅危惧種や希少動物を捕獲すると、生き物を傷つける危険性があります。また、捕獲が難しい場合は、「その種は捕まらなかったので、もともと存在しない」とみなされてしまう可能性もあります。

しかし、環境DNAであれば、そういう生き物に対しても調査しやすくなります。

外来種の調査

ブラックバスやブルーギルが話題になるように、外来種が河川や湖沼に入り込み日本固有の水生生物を脅かしているケースが跡を絶ちません。環境DNAを定期的に調査することで、
「外来種が侵入していないか」
「侵入しているなら、どの程度の個体数が生息しているか」
などを分析できます。

大学における環境DNAの研究

環境DNAの調査、分析は国や自治体でも行われていますが、大学での研究も進んでいます。いくつかの例を紹介します。

環境DNAの分析結果をビッグデータとして一般公開

環境DNAを用いた生物多様性を観測するためのネットワークに「ANEMONE(アネモネ)」があります。これは、2017年から始めた日本全国の沿岸地域での調査がベースとなり、大学や研究機関、行政機関、ボランティアへと活動が広がったものです。

そのデータベースは東北大学大学院生命科学研究科 教授の近藤倫生氏が統括する形で運用されてきましたが、2022年6月に環境DNAビッグデータ「ANEMONE DB(アネモネデータベース)」というオープンデータとして一般公開されました。このような取り組みは世界初となります。

・“世界初” 環境DNAビッグデータが生物多様性を見える化! 生き物の天気図 を示すオープンデータ「ANEMONE DB(アネモネデータベース)」の運用開始
https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/date/news/detail—id-50723.html

外洋における環境DNA分析の可能性

2022年9月、東京大学 大気海洋研究所では外洋での環境DNA調査を可能とする手法を発表しました。

陸地から遠く離れた外洋では、環境DNAの濃度が低く調査分析が困難とされ、実用化に疑問が提示されていました。そこでqPCR法とメタバーコーディング法という異なる環境DNAの分析手法を組み合わせることで、外洋における環境DNAの分析を実用化する可能性を提案しました。

このように環境DNAの調査対象は広がりつつあります。

・東京大学 大気海洋研究所
海水に含まれるDNAから外洋の小型浮魚類の分布を探る

https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220908.html

「環境DNA」について学べる学部、学科

環境DNAは生物学、生命科学などで扱われます。環境DNAは、この記事でも紹介した東北大学を始め、神戸大学、龍谷大学などでも研究されていますが、山口大学のように「環境DNA研究センター」といった研究拠点を持つ大学もあります。

・山口大学
環境DNA研究センター

http://cedna.kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/index.html