自然界で分解できない人工的な化学物質が海や山に廃棄されることで、環境破壊をもたらしたり、野生動物の健康を損なったりするなど、さまざまな問題を引き起こしています。その問題の解決策として注目されているのが、微生物によって分解可能、かつ人間が食べることもできる「可食」な素材です。今回は「可食ロボット」を中心に、生き物が食べたり分解できる素材について解説します。
「可食ロボット」のメリット
人類は日々の生活を豊かにするために多くの化学物質を作り出しました。しかしその中には石油を原料とするプラスチックのように自然界では分解できない物質も存在します。このような「分解できない物質」が自然界に巻かれることによって、食用魚の体内や飲料水に微小なプラスチック片が混ざる「マイクロプラスチック問題」などが発生し、社会的な課題となっています。
ロボットも可食な素材で作れるようになる
その解決策として注目されているのが、植物由来の物質で作られた「可食」な素材です。そしてそういう素材でロボットを作る研究も始まっています。
金属やシリコンの代わりに、ゼラチンなどの食材で作られている可食ロボットは、食品工場のように異物の混入を避けなければならない施設での活用を目指して開発されました。しかし、可食ロボットが活躍できる場所は、生産工場だけにとどまらなかったのです。
役目を終えたロボットを廃棄せずに食べる、究極のエコロジー
地震や台風などの災害発生時に可食ロボットがあれば、人々の非常食になります。さらに、移動可能な可食ロボットであれば、がれきの中に埋まった要救助者のところに自分で向かい、到着後に栄養補給に役立ててもらうこともできます。
空を飛んで被災地に向かう「食べられるドローン」
植物由来の物質で作った「食べられるドローン」の開発も行われています。これが実現すれば、災害発生時にドローンで食糧を輸送するだけでなく、「食糧を輸送してきたドローン」も食べることができるという、無駄のない支援活動が可能になるわけです。
さらに、医療用途も考えられます。口から入れて、体内の患部を治療した後に自然に消化される医療用ロボットの開発にもつながるかもしれません。
マグネシウムの「可食センサー」やイカスミを使った「可食電池」も登場
可食可能なのは、ロボットの表面の素材だけではありません。アメリカのカーネギーメロン大学では、イカスミを用いた可食用電池が開発されています。また、スイスのチューリッヒ工科大学ではマグネシウムやデンプンで構成された可食センサーも開発されています。これは食材に可食センサーを装着することで、食品の生産、流通から消費(人間が食べる)までを管理しやすくなるなどの応用なども期待されます。
このような技術が開発されていくことで、電子回路やバッテリーごとかみ砕き、味わうことのできる可食ロボットが誕生するかもしれません。願わくは、機能だけでなくおいしさも備わっていてほしいところです。
生分解プラスチックが目指す環境保護
これは人間が食べられる素材だけの話ではありません。微生物や動物が消化できる素材の技術は、環境保護にも役立つとされています。
例えば買い物に使うビニール袋。近年、買い物をするときにはビニール袋を無料で配布するのではなく、有料で購入するシステムに変わったことは、みなさんも体験していることでしょう。その理由は、プラスチックごみ削減を目的とした環境保護です。ビニール袋や食品トレーなどに用いられている人工的な化学物質は、土に還ることなく、残り続けてしまいます。
実際、近年の海底探査では、何十年も前に捨てられたビニール袋の山が確認されています。また海に捨てられたビニール袋やプラスチック製のシート、トレーなどは、海中を漂うクラゲとよく似ています。そのため、ウミガメや海鳥、クジラなどの生物が誤食し、死んでしまうケースもたびたび発生しています。
自然を汚し、野生動物の命を奪ってきた石油由来のプラスチック
そのような問題を解決するために、現在世界中で開発、研究が進められているものが、微生物によって分解可能なプラスチックである「バイオプラスチック(生分解性プラスチック)」です。前述の可食ロボットは人間が食べるものでしたが、こちらは微生物が分解(食べる)可能な素材ということになります。
東京農業大学の分子生命化学科 生命高分子化学研究室では、研究テーマとして「生分解性プラスチック微生物合成システムの最適化」「植物バイオマス(米ぬか、コーヒー粕等)由来新規バイオプラスチックの開発」を掲げています。
この研究室では、酵素によって水と二酸化炭素に分解されるポリエステルや、米ぬか、コーヒー粕に含まれるポリフェノールなどを原料に用いたバイオプラスチックの研究を進めています。
東京農業大学 分子生命化学科 生命高分子化学研究室
https://www.nodai.ac.jp/academics/life_sci/mole_life/lab/141/research_theme/
バイオプラスチックで減らす「幽霊漁業」
海や河川で魚介類を捕獲する漁業分野での環境保護にも期待されています。漁業では糸や針、網など、さまざまな漁具が用いられています。しかし漁師や釣り人には、水底で引っかかった漁具をそのまま投棄してしまう人もいます。これによって発生するのが、海洋生物が投棄された漁具に捕らわれたまま身動きができなくなり、死を迎える「幽霊漁業(ゴーストフィッシング)」です。
このような問題を解決するために、環境省ではバイオプラスチックの開発を奨励しています。また、漁網などの漁具の開発、販売を行っているニチモウ株式会社では、バイオプラスチックを用いた分解可能な漁具の研究に取り組んでいます。
食べられる食器や包装が目指すエコシステム
SDGsなどが進められている近年、プラスチックでできた使い捨ての箸やストローなどの存在が問題視されています。この問題に対しても、バイオプラスチックによる解決が期待されています。
日本国内の大学でも、2014年には慶應義塾大学が民間企業と協力し、3Dプリンターを活用した米粉由来の「食べられる食器」を開発しています。
人間社会が排出し、自然環境や野生動物にダメージを与えてきた廃材や廃液。それらが分解可能な素材と置き換わることによって、新しい循環の仕組みを持ったエコシステムができあがるかもしれません。
「可食ロボット」などについて学ぶ大学の学部や学科
東北大学の多田隈研究室では、研究内容のひとつとして、「可食ロボティクス」に取り組んでいます。この研究室では、「可食センサー」や「可食アクチュエーター」(ロボットの腕)だけでなく、「可食無限回転メカニズム」などの高度な研究も進められています。
電気通信大学の新竹研究室では、静電気でものをつかむ電気接着ロボや、水中を泳ぐ魚型のロボットに加えて、ゼラチンを用いた「電機ではなく空気圧で動く可食ロボット」を開発しています。
さらに同研究室ではスイス連邦工科大学ローザンヌ校と仏ローザンヌホテルスクールと協力し、「ビスケットのような可食材料」を用いた輸送用ドローンの研究を行っています。
電気通信大学 新竹研究室 可食ロボの開発
https://www.uec.ac.jp/research/information/opal-ring/0007381.html
食品業界、環境問題、医療、災害救助