社会の関係における人間の心理について研究する社会心理学。コロナ禍によって社会が激変する中、その研究の重要性は高まりつつあります。今回は、社会心理学について解説します。
社会における人間の心理を研究する「社会心理学」
心理学というと「他人の考えていることを読み取る技術」といった印象を持っている人も少なからずいるでしょう。しかし、本当の心理学とは、人間の心や行動を対象にした科学的な学問です。その研究方法には、実験や統計などの数学を用いた理系的なアプローチの研究もあります。
その研究範囲は非常に広く、発達心理学、神経心理学、生理心理学など、研究の対象ごとに分けられます。その1ジャンルに「社会心理学」があります。
人間は一人ではなく、家族や友人、社会との関わりの中で生きており、いろいろな出来事が起こるたびに心が動いていきます。そのような集団、組織、社会の中における人間の心理を研究するのが社会心理学です。
社会心理学の理論や実験
社会との関わりにおける心理の研究とはどういうものでしょうか? 社会心理学では、さまざまな実験が行われており、なかにはよく目にするような理論も作られていますので、有名なものをいくつか紹介します。
集団極性化(リスキーシフト/コーシャスシフト)
ある集団で議論をしているときに、誰かが「極端で風変わりな考え」を述べるとその意見は目立ちます。一方、「誰でも思いつきそうな一般的な考え」は当たり前過ぎて流されてしまいがちです。
その結果、リスクが高くてもとっぴな意見の賛同者が増えてしまい、誤った方向に集団が進んでいくことがあります。このような現象を「リスキーシフト」と呼びます。
逆にリスクが嫌われる集団では、当たり障りのない一般的な意見に集約していくこともあります。こちらは「コーシャスシフト」と呼ばれます。
高校でも、文化祭でクラスの出し物を決めるときに、失敗を恐れず「挑戦的な出し物」を選ぶクラスもあれば、例年と同じような「無難な出し物」を選ぶクラスもあるでしょう。自分のクラスでの出し物決定のプロセスが、リスキーシフトなのかコーシャスシフトなのか、分析してみるのも面白いかもしれません。
・リスキーシフト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88
なおリスキーシフトやコーシャスシフトをまとめて「集団極性化」と呼びますが、それに陥らないためには、あえて反対意見を持つ人や中立的な立場で意見する人、議論を活性化させる人にも参加してもらうようにするなどの工夫が効果的です。
傍観者効果
1964年にニューヨークで、帰宅途中の女性が暴漢に襲われるという「キティ・ジェノヴィーズ事件」が起こりました。このとき被害者は大声をあげて近隣の人に助けを求めたのですが、誰も警察に連絡したり救助に向かったりしなかったために、被害者は生命を落とすことになりました。
大都会で起こったこの事件では、悲鳴を聞いた人、事件を目撃した人もいました。にもかかわらず、誰も警察に連絡をしたり、被害者を助けることにつながる行動を起こしたりする人はいなかったのです。
この事件を契機に提唱されたのが「傍観者効果」です。「大都会の住民は他人に関心がないから」「冷淡だから」という意見もありましたが、心理学者のラタネとダーリーは、誰ひとりとして行動を起こすものがいなかったのは、周囲の人間が「自分以外にも多くの人が事件に気づいている」と考えたことが原因だと分析しました。
そして学生を被験者にして、発作を起こした病人を周囲の人(目撃者)が助けるかという実験を行いました。目撃者が2人の場合は、病人を助ける行動に移りました。しかし、目撃者が6人いる状況だと38%の人は何の行動も起こさない」という結果が出たのです。そして自分以外の目撃者の数が多ければ多いほど、何の行動も移さなくなるということがわかりました。
・傍観者効果
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%8D%E8%A6%B3%E8%80%85%E5%8A%B9%E6%9E%9C
吊り橋効果
恋愛は、人と人との出会いから始まるもの。出会った2人が、何らかのイベントで親しくなり、デートを重ねたりしながら、恋愛感情を育んでいきます。
では、その順番を逆にした場合、恋愛は生まれるのでしょうか? そういう疑問から行われたのが、1970年代に行われたダットンとアロンによる吊り橋の実験です。
吊り橋は、人間が歩いて渡るとグラグラと揺れます。実験では、18歳から35歳までの独身男性に吊り橋を渡ってもらいます。橋の真ん中には若い女性が待っていて、通る男性にアンケートを行い、「アンケート結果に興味があれば、後日連絡をください」と電話番号を伝えます。
そして同様の実験を揺れない安定した橋でも行い、比較しました。
さて、どれだけの男性が女性に電話をしたのでしょうか。吊り橋を渡った男性18人のうち9人が電話をしたのに対し、揺れない橋を渡った男性のほうは16人のうち2人のみという結果になりました。
このことから揺れる吊り橋を渡るドキドキ感を「恋愛感情」だと錯覚した男性が、女性への電話という行動を起こしたと考えました。つまり、出会いの前に(疑似的な)恋愛感情が起こっていたという理屈です。これが「吊り橋効果」「吊り橋理論」と呼ばれるものです。
ところでこの吊り橋効果は、恋愛テクニックとしても有名ですが、よくよく考えれば恋愛は継続してこそ意味のあるもの。この手の手法を駆使しても、生涯を通して大切にしたいと思える人と出会えるわけではないので、吊り橋効果で恋人を作ろうというのは誤った考えかもしれません。
・吊り橋理論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8A%E3%82%8A%E6%A9%8B%E7%90%86%E8%AB%96
ちなみに吊り橋の実験については、「女性の魅力度によって実験結果が変わるのではないか」と疑問を持った別の研究者が、橋の中央でアンケートをする女性のメイクを変えることで魅力度に差を付けた実験を行っています。このように、既存の実験に対して疑問を呈し、新たな研究結果を発表することも、現代の研究者に求められる姿勢です。
実社会における社会心理学の活用例
このような社会心理学は、実際の社会でどのように役立つのでしょうか? その一例としてマーケティングでの活用ケースを紹介します。
イチキュッパの商品に手が出るわけ
お店に並んでいる商品の値段を見ると、198円、298円というような中途半端な値段のものが多いことに気がつくでしょう。効率を考えれば、200円、300円のようにキリのいい価格設定のほうがいいはずです。200円の商品であれば、レジで100円玉を2枚渡すだけ。198円の場合は「200円出して2円お釣りをもらう」というような手間が増えます。
買い物客がいくつかの商品をまとめて買い物かごに入れるシーンも考えてみましょう。「198円+298円+498円」を頭の中で計算するのはちょっと手間ですが、「200円+300円+500円」なら簡単です。
ではなぜ、店員にとっても買い物客にとっても面倒な値付けをするのかといえば、「200円より198円のほうがお得」という印象が強くなって、消費者が手に取りやすくなる、衝動買いを招きやすくなるからです。このような効果を「端数価格効果」と呼びます。
価格というものは、原材料費や加工費用、流通などにかかるコストをもとに算出したりするものですが、それに心理的な要素を加えて決めることを「心理的価格設定」と呼びます。実はこの値付けも、社会心理学に基づいたマーケティングなのです。
コロナ禍でますます重要性が高まる学問
現在(2022年春)、長引くコロナ禍によりリモート会議や在宅勤務が一般的になりました。さらに国と国の争いによる原材料費高騰なども重なり、商品価格の値上げが進み、流通、小売業、ビジネスにも大きな影響が表れつつあります。
また、コロナ禍が始まったころは、品不足に陥ったマスクやアルコール消毒液などの買い占めが起こったりもしました。今もなおニュースやSNSで流される誤情報に惑わされる人もいます。そのほかにも、出会いや付き合いが減ることで人々が抱えるストレスの蓄積も問題視されています。
このように社会のいろいろなところで、新しい出来事、変化が起こっています。変わりゆく世の中で、一人ひとりの心理がどのように影響を受け、変わっていくかを研究することの重要性が高まっています。
大学で社会心理学を研究している立場からさまざまな提言も行われていますので、以下のリンクもぜひご覧ください。
・大阪大学 ResOU
コロナ禍で“変容する私たち” 心を動かす「状況の力」を紐解く心理学
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/story/2021/nl85_research01
・関西学院大学 文学部 心理科学実践センター
コロナ禍で起きている身近な「なぜ?」に答えます!心理学Q&A
http://psyser.kwansei.ac.jp/topics/1589/
・名城大学
「日常の変化」によって生み出された
心理的ストレスへの対処法とは?
https://www.meijo-u.ac.jp/sp/meijoresearch/feature/mindfulness.html
・早稲田ウィークリー
新型コロナウィルス感染症への社会的注目の心理学
https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2021/01/15/82612/
「社会心理学」を学べる大学の学部、学科
社会心理学は、心理学に社会学の視点を加えたものといえます。人文学部や心理学部、心理学科、あるいは社会学部などで学ぶことができます。