人口の減少、都市と地方の経済格差など、地方が抱えるさまざまな課題を解決し、地方を活性化させるための総合的な政策が「地方創生」です。地方のみならず日本全体にとっても重要な「地方創生」に、積極的に関わる大学が増えています。どんな大学が、どのような取り組みを行っているのでしょうか。今回は、「地方創生」に注目します。大学を選ぶ際の一つの参考にしてみてください。
「地方創生」は、地方の課題解決のための総合的な政策
まず「地方創生」とは何かを簡単に説明します。「地方創生」は、人口の減少、東京一極集中、都市と地方との経済格差など、地方が抱えるさまざまな課題を解決して、地方を活性化させるための一連の政策を指します。
ただ単に、ある地方の課題を解決するだけではなく、それぞれの地域で住みよい環境を確保することで、将来にわたって活力のある日本社会を作っていこうというのが、地方創生が最終的に目指すところです。
「地方創生」は2014年の第2次安倍内閣からスタート
「地方創生」が政策として大きく打ち出されたのは、2014年12月に第2次安倍内閣が誕生したときです。地方に仕事を作り安心して働けるようにする、地方への人の流れを作る、地域と地域を連携するといった基本目標が掲げられ、目標を実現するための具体的な取り組みが進められることになりました。
例えば、地域ごとに強みを持つ産業の強化、政府機関や企業の地方移転による雇用の創出、地方への若者の就職促進、地方移住の促進などです。各地方自治体がそれぞれ取り組みを進めていく一方で、国は人材面や交付金などの財政面などでの支援を行いました。
国の「地方創生」の政策は、少しずつその形や方法を変えながら現在も続いています。
地域創生、地域共創、地方再生など似ている言葉との違いは?
ところで、「地方創生」以外に「地域創生」や「地域共創」「地方再生」など、似ている言葉を耳にすることもあるかもしれません。地方を活性化するための取り組みという意味では大きな違いはありません。「地方」という言葉は都市部、都会の対義語でもあるため、地方自治体などが自らの取り組みを述べるときは、「地域創生」のように「地域」を使うことが多い傾向にあります。また「共創」を使う場合は「一緒に行う」という意味が強調されるようです。
文部科学省が実施する「地方×大学」の取り組み
では、いよいよ「地方×大学」の取り組みを見ていきましょう。
文部科学省は、国が「地方創生」を掲げる前から、地方・地域の自治体などと大学が連携する取り組みを進めていました。「地域の知の拠点」である大学が、地方公共団体や地域の企業と協働することによって、地域が抱える課題を解決していこうというのが狙いです。また、地域が求める人材を養成するための教育や、出口(就職先)と一体となった教育プログラムの実施で、若者の地元定着と地域の活性化を推進するのも目的となっています。
文部科学省の「地方×大学」の取り組みは、2013年度に「地(知)の拠点整備事業(COC事業)」として始まりました、その後、2015年度に「地(知)の拠点大学による地方推進事業(COC+事業)」へと引き継がれ、2020年度からは新たに「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業(COC+R事業)」がスタートしています。
いずれの事業も、事業を実施する大学を公募し、内容を審査した上で採択。そして、補助金の交付などで採択した事業の伸展を支援しています。
2020年度に選定された四大学の「地方×大学」の事業内容
2020年度の「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業(COC+R事業)」には20件の応募があり、その中で4件が採択されました。それぞれの内容を簡単に紹介します。なお、いずれも、複数の大学(事業責任大学一校+参加校)が共同で取り組んでいる点にも特徴があります。
信州大学 『地域基幹産業を再定義・創新する人材創出プログラム「ENGINE」』
概要:信州大学・富山大学・金沢大学を中心に、3県域に渡る産学官連携プラットフォーム「円陣(ENGINE)」を構築。データサイエンスなども用いたリテラシーの強化、キャリアの形成、実践力の強化という三つの段階からなる独自の「ENGINE教育プログラム」を実施して、持続可能な地域社会形成に向けたこれからの「産学連繋教育」の実現を目指す。
山梨県立大学 『VUCA※時代の成長戦略を支える 実践的教育プログラム』
概要:地方創生に不可欠な高付加価値を創造できる人材育成を目指して、山梨大学や山梨英和大学、自治体、企業などと協業。通常の教育課程とは別に、「世界遺産・ユネスコエコパークなどの自然文化資源活用人材育成」プログラムや「貿易ブリッジ・国際労働者マネジメント人材育成」プログラムなど四つの実践的な教育プログラムを実施する。
※「VUCA」:先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態のこと。
岡山県立大学 『「吉備の杜」創造戦略プロジェクト-雑草型人材育成を目指して』
概要:「県内産業発展に寄与できる人材」を、出口(就職先 企業)と一体になって育成するプログラム。ノートルダム清心女子大学、中国学園大学が参加するほか、岡山理科大学と愛媛大学工学部が協力校として名を連ねる。1~3年生で受講する「岡山創生学」を基盤に、学部3年次から大学院生、社会人を対象にしている点に特徴がある。
徳島大学 『とくしま創生人材企業共創プログラム』
概要:四国大学、徳島文理大学、徳島工業短期大学、阿南工業高等専門学校と共に、地域を担う質の高い人材を育成するプログラム。データサイエンスやマネジメントなど企業ニーズに対応した基礎力育成科目に加えて、地域企業と学生を結ぶ対話型授業や短期訪問実習なども盛り込み、学生の潜在能力と企業の特徴を掛け合わせて地域の課題に取り組む。
参考)大学による地方創生人材教育プログラム構築事業
https://coc-r.jp/
大都市圏の大学による「地方×大学」の取り組み
前の項目で紹介した「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業」は、学生が主体というよりは大学全体で取り組む内容となっています。そのため、「地方×大学」をあまり身近に感じられないという人もいるかもしれません。
また、採択された4事業はいずれも地元の大学がその地域と連携して行うプログラムだったため、「地方創生を大学で行うには、その地元の大学に通うしかないのか」と感じた人もいるでしょう。
もちろん、大学のキャンパスがある地域はその大学にとってもっとも身近な存在であり、課題を詳しく知った上で、「地方×大学」の取り組みを進めやすいという側面はあります。「地方創生」を学んだ学生が、その地域で就職するという流れもスムーズです。
ただ、都市型の大学でも地方創生のために地方と連携して活動している大学はあります。ここでは、二つの大学の取り組みを紹介します。
早稲田大学 地域連携ワークショップ
早稲田大学では、さまざまな自治体や地域が抱える実際の地域課題について、地域で活躍する人たちと学生が協働しながら具体的な解決策の提案を目指す「地域連携ワークショップ」を実施しています。ワークショップごとに参加者を募集し、学部や学科、学年にかかわらず参加できるのが魅力です(選考あり)。
例えば2021年度は、茨城県八千代町の課題解決に向けたワークショップを開催。10名の学生がオンラインによるディスカッションなどを重ねて、最終的に八千代町の魅力と体験型のランニングイベントを組み合わせた企画や、町の基幹産業である農産物を生かした新たな自然体験イベントの創設などのアイデアを提案しました。
また過去にも、石川県珠洲市や岩手県田野畑村、静岡県南伊豆町など多くの地域と連携して、それぞれのテーマでワークショップを実施しています。
早稲田大学 地域連携ワークショップ
https://www.waseda.jp/inst/sr/municipality/
大正大学 地域創生学部地域創生学科
大正大学には、まさに「地方創生」をテーマにした地域創生学部があり、4年間かけて地方創生や地域振興を専門的に学ぶことができます。知識と実践、理論と行動の融合による学びを掲げていて、経営学や経済学といった地方創生に必要な知識を身につけられるのはもちろん、カリキュラムには「地域実習」も組み込まれています。
学生は、1年次には東京で、2、3年次には地方での長期滞在による実習を行うのが大きな特徴です。都市と地方との両方で、地元の人たちとも協力しながら実習をすることで、都市と地方の二つの視点から地域の課題解決に取り組むことが可能になります。過去には、宮崎県延岡市、島根県益田市、徳島県阿南市など、さまざまな地域で長期実習を実施しています。
大正大学 地域創生学部地域創生学科
https://www.tais.ac.jp/faculty/department/regional_creation/
参考:大学による地方創生の取組事例集(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/content/20210511-mxt_koutou01-000014454_1.pdf
「地方創生」を学べる大学の学部、学科
すでに述べた大正大学地域創生学部の他にも、愛媛大学の社会共創学部、高知大学の地域協働学部、東海大学の国際文化学部地域創造学科など、地方創生を学問として研究するための学部・学科を設けている大学はいくつかあります。本格的に地方創生について学びたいという人には、選択肢になるでしょう。
冒頭でも説明したように、地方創生は地方だけの問題ではなく、日本が持続可能な社会を実現する上でも非常に重要です。さらに、コロナ禍でリモートワークが広がり、東京一極集中を見直す動きが強まっています。「地方×大学」の取り組みは、今後ますます盛んになっていく可能性があります。