陸上とはまったく異なる環境を形成している深海。そこに広がる海底には、コバルトや金といった貴重な鉱物資源、石油やメタンハイドレートなどの化石燃料はもちろん、食料として活用可能な生物も大量に存在しています。これらの「海底資源」を有効活用するために、大学ではどのような研究が行われているのでしょうか。
海底に眠る膨大な「資源」とは
私たち人類は、地球上のさまざまな資源を活用して暮らしています。しかしそれらの資源は無限に存在するわけではありません。いずれ鉱山や油田で採掘されている鉱物資源も、枯渇してしまいます。そして今、この問題の解決策として注目されているのが、海底資源の活用です。
年々需要が高まり続けている鉱物資源
古くから通貨や装飾品など、さまざまな場面で活用されてきた金や銅。これらの鉱物は電気抵抗が低いため、パソコンやスマートフォンなどの通信機器だけでなく、電動自動車のモーターにも用いられています。
このように、金や銅の需要は世界中で高まっている一方で、安定した供給が続くかどうかは不透明となっています。かつて世界でもっとも金を採掘していた南アフリカでも産出量が年々減っており、現在では金の国別産出量の上位10位にもランクインできなくなってしまいました。
このような現象が世界中で起これば、やがては金や銅が枯渇し、あらゆる電化製品の生産が止まってしまうかもしれません。
熱水とともに放出される大量の「レアアース」
しかし、地球上には金や銅、コバルトなどの希少な鉱物が手つかずのまま放置されている場所が存在します。それが、地球最後のフロンティアとも呼ばれている「海底」です。
海の底には、マグマによって温められた熱水を噴き出す「海底熱水鉱床」が存在します。そこから放たれる熱水の温度は、数百℃に達します。地上であれば直ちに蒸発してしまうこの熱水には、マグマや地殻から溶け出した金や銀、銅などの鉱物資源が豊富に含まれているのです。
海底に広がる鉱物資源は、それだけではありません。希少な鉱物であるレアアースを大量に含んだ「超高濃度レアアース泥」や、鉄やマンガン、銅やニッケルなどで構成された「マンガン団塊」。コバルトを1%近くも含んだ「コバルトリッチクラスト」など、さまざまな形で鉱物資源が点在しています。
新エネルギー「メタンハイドレート」も
車や飛行機、暖房器具などの稼働に欠かせない石油。ガソリンや灯油のもととなるこの資源は、主に油田と呼ばれる埋蔵地から採掘されています。実は、油田は海底にもあるのです。海底でボーリングを行うことで採掘する海底油田には、地球に存在するすべての石油量の4分の1程度が埋蔵されているともいわれています。
また、海底には石油以外にもメタンハイドレートなどの化石燃料が埋まっています。燃焼時の二酸化炭素排出量が石油よりも低いメタンハイドレートは、地球温暖化対策に有効な新エネルギーとしても期待されています。
このように、海底には多くのエネルギー資源が残されています。近い将来、これらの資源を発見、回収するための技術が実用化されれば、世界で6番目に広大な領海および排他的経済水域を有する日本は、資源を輸入する国から輸出する国に変わるかもしれません。
鉱物資源の確保だけでなく、発電や食糧調達まで
深海から得られるものは、鉱物資源だけではありません。海底資源の利用にはさまざまな研究が進んでいます。
海面と海底の温度差で発電する「海洋温度差発電」
地球は表面の70%が海に覆われており、陸地よりも多くの太陽光が海に降り注いでいます。この光エネルギーが熱エネルギーに変わることで、海洋表層の温度は保たれているわけです。その広大な面積を生かして、太陽のエネルギーを活用する発電方法が存在します。それが、海面と海底の温度差で発電する「海洋温度差発電」です。
海洋温度差発電は、太陽光によって熱せられた温水と、深海からくみ上げた冷水の温度差を用いて電力を生み出します。この発電方法は、19世紀後半に考案されていたものなのですが、当時の技術力では実用化に至らず、実用化が難航していました。しかし1994年に、佐賀大学の研究グループが考案した「ウエハラサイクル」によって、実用可能なレベルにまで到達したのです。
この海洋温度差発電には、電力を生み出す以外にもさまざまなメリットが存在します。その中でも有用性が認められている分野の一つが、養殖への活用です。
深海から冷水をくみ上げる海洋温度差発電には、海底に蓄積した栄養分を豊富に含んだ「海洋深層水」が得られるというメリットがあります。このエネルギー豊かな海水を用いることで、冷水環境で暮らす魚種の養殖が可能になるわけです。
深海の生き物が食糧危機を救う?
現在、地球の環境を支配している人類。しかし種としての個体数がもっとも多い脊椎動物は、人類ではありません。
では、世界でもっとも個体数が多い種とは、一体どの生物なのでしょうか。正解は、水深200~2000メートルに生息するワニトカゲギス目ヨコエソ科のオニハダカ属という深海魚です。その個体数は、一説によると数百から数千「兆」と極めて膨大。78億しか生息していない人類と比較すると、圧倒的な数量差といえます。
そして深海にはオニハダカ属以外にも数多くの魚が生息しています。その中には食用可能とされる種も存在しており、近年では食糧危機を解決する手段としても注目されています。
今のところ、食用魚としての深海魚は普及していません。しかし将来的には、近所のスーパーマーケットの魚売り場に深海魚のコーナーができるかもしれませんね。
512歳の生物が漂う未知のフロンティアを、汚すことなく開拓する
とはいえ、深海の生物を食料とするには課題もあります。深海は地上の環境と比較すると、非常にスローなペースで進んでいます。北極海の深海に生息するニシオンデンザメは極めて成長速度が遅く、生まれたばかりのメスが生殖可能になるまでには、150年もの年月がかかると考えられています。また、捕獲された中でもっとも高齢なニシオンデンザメの年齢は、推定でなんと512歳。恐ろしいほど長寿です。
このほかにも、深海には成長が緩やか、かつ長寿な生物が多く存在しています。彼らが暮らす深海の資源をやみくもに採取し、枯渇させないためにも、海底資源への取り組みは、生物学的なアプローチや保全活動とともに進めていくことが望まれます。
「海底資源」について学べる大学の学部や学科
高知大学の農林海洋科学部、海洋資源科学科の海底資源環境学コースでは、海底の鉱物資源の開拓や、海洋環境への影響について研究を進めています。
高知大学:海底資源環境学コース
https://www.kochi-u.ac.jp/agrimar/japan/gakubu/kaiyo_kaiteishigen.html
東京海洋大学の海洋資源環境学部の海洋資源環境学部では、海洋環境や生物の調査、解析、保全、利用を。同学部の海洋資源エネルギー学科では、環境保全を前提に、海洋・海底資源の探査、利用、開発方法について研究しています。
国立大学法人東京海洋大学:海洋資源環境学部
https://www.r.kaiyodai.ac.jp/
ウエハラサイクルの考案によって海洋温度差発電に大きく貢献した佐賀大学では、海洋エネルギー研究センターを設置しています。同センターでは潮の満ち引きを活用した「潮流発電」や、波の力を電気に変える「波力発電」など、海の中で作用する膨大なエネルギーを活用したさまざまな発電方法の研究を進めることで、エネルギー問題の解決に取り組んでいます。
佐賀大学:海洋エネルギー研究センター
https://www.ioes.saga-u.ac.jp/jp/
資源調達、発電、食糧問題
海洋資源の活用をめざして、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」を改定
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kaiyokaihatukeikaku.html