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遺伝子を有効活用する【合成生物学】。病気の治療や新エネルギーの開発に役立つ研究!

生物の活動は、時として地球環境に大きな影響をもたらすほどの力を持っています。そのような生物の持つ遺伝子を編集し、人々や地球に貢献できる生命システムを作り出そうという学問が「合成生物学」です。今回は、合成生物学について説明します。

「合成生物学」とは? カブトガニの血液が人命救助に?

生物の中には「青い血液」を持つものもいます。カブトガニもその一種ですが、実は彼らの青い血は、細菌と接触したときに固まる機能を持っているのです。そのため、カブトガニの血液は抗菌や除菌を徹底しなければならない医療の現場で大いに活用されており、日々、人命救助に貢献しています。

また、哺乳類の一種であり、30年という長い寿命を持ったネズミである「ハダカデバネズミ」には、老化やがんに対する高い耐性が備わっていることが確認されています。彼らの遺伝子に存在するさまざまな耐性を研究していくことで、「人類の平均寿命が延びる」と考えている研究者は少なくありません。

多種多様な生物が持っている「有益な機能」を利用する

このように、生物の中には人類の繁栄、存続にとって有益な機能を持つものもいます。それらの生物の持つ特徴は、DNAなどの遺伝子によって設計されています。この遺伝子を改造し、人類や地球環境にとって有益な生命システムを生み出そうという学問が、合成生物学です。

合成生物学では、世界中の生物が持つ「遺伝資源」を編集し、新たな遺伝子を人為的に作り出すことで、病気の治療法や、新しいバイオエネルギーを開発する研究に取り組んでいます。

<Technology: powering the future~合成生物学編>

すでに活用されている合成生物学

近年、多くの国々で研究が進められている合成生物学。これによって、実社会にどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。

人間にとって有用な食物を生み出す「遺伝子組み換え作物」

合成生物学がもたらした成果のひとつが、「遺伝子組み換え作物」です。作物の中には、自らの実や表皮を腐敗させて、種子を外部に放出する機能を持つものもいます。しかし、その腐敗の原因となる物質を遺伝子から除去すれば、長期保存が可能な「腐りにくい作物」を生み出すことが可能になります。

このように、遺伝子を改造することができれば、人々の健康維持に役立つ栄養素をふんだんに含んだ作物や家畜を作ることも可能になります。

2015年に、アメリカ合衆国特許商標庁から「人類のための特許賞」を贈られた「ゴールデンライス」もその一例といえます。通常のコメよりも多くのβ-カロテンを含んだゴールデンライスは、発展途上国に暮らす人々を悩ませていた「ビタミンA欠乏症」を解決するために作られた遺伝子組み換え作物です。2021年にフィリピンでの商業栽培が認可されたゴールデンライスは、今後、多くの人命を救っていくことでしょう。

動物の器官を人間に移植する「異種移植」

近年、医療現場から大いに期待されているのが、遺伝子操作したブタの内臓を人間に移植する「異種移植」です。この異種移植は20世紀初頭から提案されていましたが、血液型の違いなどによる「拒絶反応」を防ぐことができず、頓挫していました。

しかし、合成生物学の発展により、ドナー(臓器提供者)となる動物に対して遺伝子操作を行うことで、レシピエント(臓器の提供を受ける人)の拒絶反応を抑えることが可能になりました。実際に、22022年1月8日には、あるレシピエントにブタの心臓を移植する実験的な手術が成功しています。

報道によると、術後しばらくは拒絶反応を起こさず、良好な状態を保っていました。しかし残念ながら手術から二か月後に亡くなってしまいます。その死因は発表されておらず、異種移植が原因かどうかはわかっていません。

<【豚の心臓を人に移植】境目が曖昧に?世界初の手術成功も…他の臓器への影響は>

今後、合成生物学による遺伝子操作技術が向上し、移植時の拒絶反応を防ぐ手法が確立できれば、臓器提供を待っている多くの患者が救われることでしょう。

このほかにも、医療業界からは合成生物学を活用した創薬に対する期待が高まっています。東京工業大学スタートアップの「Logomix」は、田辺三菱製薬と共同研究を行い、微生物のゲノム情報を活用した創薬事業に取り組んでいます。

放射能汚染も解決!環境の改善にも「合成生物学」

工場などから排出される廃水などの物質には、生物や環境に悪影響を与える重金属などの有害物質が含まれています。このような有害物質が野生動物の身体に入ってしまうと、食物連鎖によって広範囲に拡散してしまいます。そうなれば、莫大(ばくだい)な処理コストが必要となるでしょう。

汚染された環境を修復する「バイオレメディエーション」

そこで注目されているのが、微生物による「バイオレメディエーション」です。バイオレメディエーションとは、微生物などの生命体によって、有害物質を浄化する技術のこと。

合成生物学では、微生物の遺伝子を編集することで、水中や地中の有害物質を検出し、蓄積して隔離する細菌を開発しています。

放射能汚染の解決にも貢献

原子力発電所の事故などが起こると、周囲に放射性セシウムなどが放出され、土壌が汚染されます。その解決策として注目されているのが、植物に有害物質を吸収させるファイトレメディエーション(植物修復)法です。

2021年には岩手大学と島根大学、東京大学大学院農学生命科学研究科の共同研究によって、世界で初めて「セシウムを効率的に取り込む植物タンパク質」の同定に成功しました。この研究では、植物の遺伝子を編集し、セシウム輸送タンパク質を過剰に発現させることで、セシウムに汚染された土壌の浄化に役立つと期待されています。

・岩手大学:セシウムを効率的に取り込む植物タンパク質を世界で初めて同定
https://www.iwate-u.ac.jp/cat-research/2021/02/003917.html

有害な生物や特定外来生物を根絶

合成生物学は、外国から持ち込まれた特定外来生物による自然破壊の抑制にも役立ちます。例としては、外来種に遺伝子編集を行い、繁殖のできない「不妊化」を施した個体を放流することで、外来種の根絶を目指す「不妊虫放飼」などが挙げられます。

実際に、日本でも作物を食い荒らすウリミバエやイモゾウムシ、アリモドキゾウムシなどの外来種に対して、不妊虫放飼が行われてきました。

また、近年ではブルーギルの根絶を目指して、メスを不妊化させる遺伝子を持った「不妊化遺伝子搭載魚」を放流する取り組みが行われています。このような対策は、外来種だけでなく、伝染病などを媒介する蚊などの有害生物にも用いられています。

<雌に不妊もたらす蚊を“大量生産”中国の感染症対策>

また、これとは逆に、絶滅が危惧されている希少生物の遺伝子を編集し、補強することで、種の保全を目指す取り組みも考えられます。

「非枯渇性資源」であるバイオ燃料を生成

石油などの化石燃料は世界中で活用されています。しかし、それらの埋蔵量には限りがあるだけでなく、燃焼時には多くの二酸化炭素を排出してしまいます。

そこで、新たな燃料源として期待されているのが、植物などのエネルギーを活用した「バイオ燃料」です。太陽光と二酸化炭素によって成長し、燃料となるバイオ燃料は、石油などの「枯渇性資源」とは異なる「非枯渇性資源」と呼ばれています。

近年では、藻の一種であるシアノバクテリアに遺伝子編集を行うことで生産性を高め、効率的なバイオ燃料の生成が行われています。

・東京農業大学 – 教員コラム – シアノバクテリアと未来を描く
https://www.nodai.ac.jp/research/teacher-column/23985/

生物を改造することへの危険性も

合成生物学の研究に対して、内外から常に注意喚起されている点があります。それが「生物を改造することの危険性」です。

仮に、世の中に存在しない遺伝子を持った実験動物が研究施設から脱走した場合、野生の動物との交配によって種全体に悪影響をもたらしたり、自然環境に大きなダメージを与えたりする可能性があります。

このようなリスクを減らすために、合成生物学に取り組む科学者の中には、特殊なアミノ酸などを利用することで「編集した遺伝子がその個体でのみ作用し、別個体には影響を与えない」といった対策案を研究している人もいます。

合成生物学を学ぶ際には、生物の安全を守る「バイオセーフティ」と、危険な生物を作らせない「バイオセキュリティ」の二つを心がけていきましょう。

「合成生物学」について学べる大学の学部や学科

合成生物学は、主に農業系や工学系の学部で研究されています。

九州大学農学研究院 合成生物学分野では、「複数の生体分子を用いて、遺伝子発現や機能を制御するような人工遺伝子回路を構築することと、バイオアルコールなどの有用物質を生産するための合成代謝経路を構築する」という目標のもと、人工遺伝子回路の構築など、合成生物学に関するさまざまな領域に取り組んでいます。

近い将来、大学の研究室から生まれた生物が、人々の健康や地球環境の改善に大きく貢献する時代が訪れるかもしれません。

『合成生物学』の活用が期待できる分野

農業、環境、医療

参考文献

・サイエンス超簡潔講座 合成生物学 (ニュートンプレス)ジェイミー・A・デイヴィス(著), 藤原 慶(監修), 徳永 美恵(訳)