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「犯罪被害者にも悪い点がある」という心理は? 【公正世界仮説】の研究で見えてきた人の心

社会を騒がすような犯罪が起こったとき「被害者にも問題がある」と言ったり、いじめが起こったときに「いじめられる側にも問題がある」と言う人がいます。このように被害者を追い込むような言動のベースにあると考えられるのが「公正世界仮説」というものです。今回は公正世界仮説について解説します。

人間は「犯罪の原因は被害者にもある」と考えがち

世の中では、暴力、窃盗、詐欺、放火、殺人、恐喝など、数多くの犯罪が起こっています。それら犯罪には、加害者と被害者が存在します。いうまでもなく、非があるのは加害者のはず。しかし、一部の人々は「被害者にも問題があったのでは?」と口にすることがあります。

例えば、詐欺の被害にあったとき
「だまされるほうが悪いんだ」
「どうしてあんな話を信用したんだ。うそだとわからなかったのか」

家に強盗が入ったとき
「家に大金を置いているからだ」
「自分は金持ちだと、ちらつかせるからだ」

夜、強盗に襲われたとき
「夜道を一人で歩いていたのが悪い」
「すきがあったんじゃないか」

学校でいじめという問題が起こったとき
「いじめられる側にも原因がある」

こういう発言は、あたかも犯罪の原因が被害者にあるような物言いに聞こえるのではないでしょうか。

確かに、事件の概要だけを聞くと、詐欺に引っかかった人は何らかの判断ミスをしているように見えるかもしれません。しかし、「詐欺を働くものは言葉たくみに人をだますことに長(た)けている」のですから、普通の人がだまされないようにするのは簡単ではないのです。であるにもかかわらず、被害者に対してこのような言葉を投げつけるのは、被害に苦しんでいる人の心をさらに追い込んでしまうことになります。

「公正世界仮説」とは

なぜ私たちは、被害者を追い込むような言動をしてしまうのでしょうか。その答えのひとつが「公正世界仮説」です。これは社会心理学の研究テーマのひとつで、「この世界は公正、公平でなくてはいけない」という思い込みのこと。つまり公正な社会であれば、良いことをすれば良い報いがあり、悪いことをすれば悪い報いがあるというバイアスです。

いうまでもなくこの社会を公正にすることは重要です。日本にも「因果応報」「自業自得」という言葉がありますが、これは「善いふるまいをしよう」「人のために尽くそう」「悪いことをすると、自分に返ってくる」という戒めであり、まさに公正世界仮説を指すものといえます。

その半面、公正さを必要以上に重視すると、「犯罪の被害に遭う人は、なにか悪いことをしている」という考えにもつながります。それが上記のような犯罪被害者をさげすむような発言になってあらわれるわけです。

<勝間和代の、公正世界仮説の罠に気をつけよう。私達がついつい、被害者を責めたくなる理由を知る>

不公平を嫌う気持ちは誰にでもある

世の中には公正性を重視しすぎるあまり、ちょっとした不公平を受け入れられなくなる人も存在します。それによって、自分よりも良い立場にある人に対して「不公平だ」という考えを持つようになるのです。例えば、次のような言葉を聞いたことがありませんか。

「あの子は第一志望の大学に合格したのに、自分は落ちた。不公平だ」
「あの人はお金持ちだ。不公平だ」

これらの言葉は単なるやっかみに過ぎません。

逆に自分よりも弱い立場にある人に対しては、差別的な感情を持つことがあります。
「あの子が大学受験に失敗したのは、努力が足りないからだ」
「あいつが病気になったのは、普段の行いが悪いからだ」

これは、不幸な立場、弱い立場になった人を見て、「その人の自業自得」と決めつけて、陰口をたたいたり、非難したりしているだけです。

新型コロナウイルス感染者への誹謗中傷

ここ数年目立つのは、新型コロナウイルスに感染した人に対する非難の声です。これだけ市中感染が広がっていると、どんなに注意していても感染してしまう可能性があります。にもかかわらず、不運で感染した人に対して非難や誹謗(ひぼう)中傷、差別的な発言をする人がいます。

感染への恐怖や不安から来る言動であるとは理解できますが、そのベースには「その人が感染したのは自業自得ではないか」という公正世界仮説が存在すると考えられます。

戦争や紛争に対して、「攻撃された側に問題」という声も

日本は第2次世界大戦以降戦渦に巻き込まれてはいませんが、世界ではたびたび戦争や紛争が起こっています。なかには、他国に対しての攻撃や、侵略戦争を起こしている例もあります。

SNSでは、攻撃を仕掛けた組織や国に対する非難の声が多いのですが、一部には「仕掛けられた側にも問題がある」という意見も見受けられます。このような発言もまた、「攻撃を受けるのは、なにか悪いことをしているからだ」という公正世界仮説があるのかもしれません。

公正世界仮説の始まり

この公正世界仮説を提唱したのは社会心理学者メルビン・J・ラーナーでした。ラーナーは1960年代に次のような実験を行っています。

電気ショックを与える機械を「A」につなぎ、そのスイッチを「B」が持ちます。「C」はAとBを観察します。Bがスイッチを押すと、Aの身体に電流が流れ苦しむことになります。

この実験の本当の被験者はC一人であり、AとBは役者です。この実験の意図は、電気ショックを与える/与えられる2人の様子を見ているCの心理を探ることなのです。

さて、この実験を通して見えてきたのは、Cの心の変化でした。Cは徐々に、電気ショックで苦しむAを見てさげすむようになっていったというのです。どうやらCは「Aが、何らかの悪いことをしたから罰を受けているのだ」と自分を納得させるようになるのです。

ちなみに、事前にCが「Aが苦しんだぶんだけ報酬をもらえるという条件だ」と聞いていた場合は、Cの心のうちにさげすむ気持ちは起こらなかったといいます。

このような実験が公正世界という仮説の提唱へとつながっていったのです。

公正世界仮説にはポジティブな面もある

公正世界仮説のネガティブな点を中心に解説しましたが、実はポジティブな点もあります。

例えば、公正世界仮説を心の中に持っている人は、「努力すればいつかは報われる」という楽観的な考え方を持っていると考えられています。そのような希望につながる考え方、未来を明るく捉えるスタンスは、非常に重要です。また「因果応報」という意識が行動の根底にあるため、犯罪に手を染めにくいと考えられています。

さらに日常生活でのふるまいにも公正さを重視しているので、普段は他人を差別しない、いじめなどの陰湿な行為をしにくい、ボランティアや寄付などの行為に対しても積極的といった傾向が見られるようです。そして、犯罪などのニュースを見たときに、被害者を非難するような考えを持ってしまうこともあるのです。

極端にいえば、治安の良い社会を作るには、公正世界仮説を信じる人が多いほうが良いことになります。しかし行き過ぎると「弱い立場にある人を追い詰めるような、息苦しい社会」になっていくでしょう。結局は、ほどほどな社会が暮らしやすいものになるというわけです。

このように公正世界仮説は、人の心に対してポジティブとネガティブな効果の両方を与える複雑なものといえます。まさに人間の心は不思議なものという気がしますね。だからこそ、心理学の研究テーマになるのです。

「公正世界仮説」について学べる大学の学部学科

公正世界仮説は社会心理学の分野の研究になるので、大学で学ぶときは「心理学部」や「心理学科」が中心になります。また社会学、法学、犯罪学などを学ぶ場合も、公正世界仮説について理解を深めておくほうが良いでしょう。