テレビやインターネット上の動画などで、人間と間違えるほど精密な「動くCGの人間」を見ることがあります。このような「バーチャルヒューマン」は、今後、私たちの身の回りの日常生活にも浸透してくる可能性があります。バーチャルヒューマンは、さまざまな人工知能(AI)の技術が組み合わされて実現されるもの。今回は、バーチャルヒューマンについて解説します。
「バーチャルヒューマン」とは?
人間にそっくりな姿をしてリアルに動くCG、あるいは少しイラストチックなCGで作られた「バーチャルヒューマン(Virtual Human)」を目にすることも珍しくなくなってきました。バーチャルヒューマンは、「デジタルヒューマン」と呼ばれることもあります。
2015年には17歳の女子高生という設定で作られた「SAYA」が人間そっくりだと話題になりました。
<「SAYA」 saya project>
2019年のNHK紅白歌合戦では、CGとAIを駆使して本物そっくりの「AI美空ひばり」が登場しました。また、バーチャルヒューマンの「imma」は、CMで綾瀬はるかと共演したり雑誌の表紙に登場したりと、人間のファッションモデルのような活動を展開しています。
2020年にはアパレルブランドのGUが「YU(ゆう)」を発表。これは、女性200名を計測して算出した平均体形をもとにしたデジタルなモデルで、モデル体形でなくても似合うファッションのために作られたものです。
<「imma」 ピテラ™の伝説、再び:SK-II>
<「YU(ユウ)」 この子誰? GUから誕生したバーチャルヒューマン スペシャルムービー公開>
バーチャルヒューマンが利用されるシーン
このようなバーチャルヒューマンは、将来、私たちの生活やビジネスの中でどのように活用されていくのでしょうか? これから生まれてくると期待されているサービスも含めて、いくつか紹介しましょう。
テレビCMやYouTubeでのモデル
すでに活用されているものとして、先述したimmaやYUのように、人間そっくりに動くファッションモデルがあります。immaは、バーチャルヒューマンを使ったビジネスを展開しているAwwという会社がプロデュースしており、この会社にはplusticboy、Riaという名のバーチャルヒューマンも所属しています。
バーチャルヒューマンが応対するコールセンター
一般の人々の生活にもかかわるようなところにもバーチャルヒューマンの活躍が期待されています。もっとも早く実用化されると思われる分野のひとつが、コールセンターです。
コールセンターといえば、電話を掛けると人間のオペレーターが対応してくれるのが一般的ですが、最近はAIチャットが使われるケースも増えてきました。AIチャットは、文字での質問に対してAIが回答してくれるものです。
このAIチャットの未来形として考えられているのがバーチャルヒューマンです。問い合わせをすると、パソコンやスマートフォンの画面内にバーチャルヒューマンが登場して、質問者と対話しながら回答してくれます。
このような人間を支援してくれるバーチャルヒューマンを「バーチャルヒューマンアシスタント」と呼ぶこともあります。
外国語を駆使するバーチャル店員
国際化が進むにつれ、日本国内にも「日本語が得意でない外国人」も多くなりました。また日本に観光に来た旅行者には、まったく日本語を理解できない人もいます。
そうなると困るのは、コミュニケーションです。店頭でのお金のやり取りくらいであれば言葉が通じなくても何とかなるかもしれませんが、質問を受けて答えるときなどに困ることがあるでしょう。
そういうときに役立つのが、バーチャルヒューマンです。人間が多くの言語を習得するのは大変ですが、AIであるバーチャルヒューマンであれば簡単なこと。多くの言語に対応させれば、バーチャルヒューマンはマルチリンガルなコミュニケーションが可能になります。
<次世代のAIアシスタント「バーチャルヒューマン」 ハイテク専門学校にラボ設立>
同様に、交番のおまわりさんや観光ガイドのように、不特定多数の人に応対する仕事のサポートにはバーチャルヒューマンが役立つといえるでしょう。
日常生活を見守るサービス
日常生活の支援する見守りサービスとしてのバーチャルヒューマンも考えられます。アイシンという会社は、バスの乗客がつり革を持っていなければ「つり革をつかんでください」、降りるときに荷物を置いたままのときは「忘れ物があります」と教えてくれるバーチャルヒューマンの開発を進めています。
このようなシステムはバスの中だけでなく、公共施設、福祉施設など、いろいろなところで活用が広がりそうです。
<車室内見守りシステム with “Saya”>
遠隔医療
大病院では、長時間待たされたにも関わらず、「いつもとお変わりありませんか?」と聞かれるだけの診察で終わるというのもよくある話。
かなり未来の話になりそうですが、簡単な問診はオンラインのバーチャルヒューマンに任せて、処置などが必要なときだけ病院に足を運んで、人間の医師が対応してもらうということも現実になるかもしれません。
バーチャルヒューマンに用いられる技術
バーチャルヒューマンには、AIを使ったCGや音声、そして言語、感情を認識するAIなど、さまざまな技術が使われます。ここで使われる個々の技術は、AIを扱う理工系の学部でもなじみのある内容ばかりです。
3D CG技術
まず欠かせないのは3D CGに関するグラフィカルな技術です。顔や体のビジュアルだけでなく、話す内容にあわせて表情、目や唇の動き、しぐさを自然に、かつリアルタイムに作らなくてはいけません。
現在のところ、「頭部は3D CG、体は実写」というバーチャルヒューマンも少なくありません。しかし今後、3D CG技術が進むにつれ、すべて3D CGで作られるバーチャルヒューマンが増えてくるでしょう。
音声合成システム
単純に文字情報を読み上げるのではなく、声のトーン、イントネーション、アクセントなどが伴ってこそ、円滑な対話、コミュニケーションが成立します。
AIチャットエンジン
チャットというと文字による対話と思われるかもしれませんが、「文字で表現するか、音声で表現するか」が違うだけで、音声による対話もシステムは同じです。バーチャルヒューマンが、会話の流れに沿った形で、話す言葉を自動的に生成するのは、AIチャットエンジンの機能になります。
自然言語処理技術
人間からの問い合わせに対応するには、人間が話す内容を理解し、それにあった言葉を返さなくてはいけません。そこに必要になるのが、自然言語処理技術です。自然言語処理とは、私たち人間が普段から使っている言葉をコンピューターで処理する技術のひとつです。
音声、画像、感情を認識するAI
「音声認識」や表情などを認識する「画像認識」の能力が高くなければ、人間とのコミュニケーションはできません。その先には、人間の表情や声などから、喜怒哀楽の感情を理解する感情認識AIも必要になってくるでしょう。
『バーチャルヒューマン』について学べる大学の学部、学科
バーチャルヒューマンは、AI活用のひとつの形です。その基礎となる、自然言語処理、音声認識、画像認識、感情認識などに関するAIの研究は多くの大学、企業で進められています。バーチャルヒューマンは、これらの技術の組み合わせによって生み出されるものであり、理工系の学部でAIに関して学ぶなら、この分野の研究に触れることになるでしょう。
また、早稲田大学 グローバル科学知融合研究所は、2020年9月に、民間企業と協力して「バーチャルヒューマンワークショップ」の開催も行っています。
バーチャルヒューマンはすでに現実に利用され始めていますが、今後もさまざまな活用が期待されており、研究も大きく発展していく分野といえるでしょう。
なお、医学、あるいは身体の研究の分野で使われる仮想的な人体モデルもバーチャルヒューマン、デジタルヒューマンと呼ばれていますが、ここで紹介したものとは別のものですから、間違えないようにしましょう。
コールセンター 、小売業、飲食業、通訳、交番、医療、福祉や介護など