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【文化を守るAI】で貴重な文化を未来に伝える! 消滅言語、舞台芸術、伝統産業まで

テクノロジーと伝統文化の融合が進んでいる近年、さまざまな文化的存在をAIで保存し、再現できるようにしようという取り組みが盛んになってきました。今回はそのような「文化を守るAI」について解説します。

時の流れによって変化してゆく文化遺産をAIが継承する

「絵画」や「建物」などの「有形文化財」であれば、定期的にメンテナンスを行うことで保存できます。しかし「職人の技術」や「民族が用いる言語」といった「無形文化財」の場合、保存し続けることは困難です。

そこで、文化の保存に役立つと期待されているのがAI(人工知能)です。日々進歩し、発展していく社会の中で忘れ去られていく私たちの文化を、AIはどのように受け継いで守ってくれるのでしょうか。

日本にも存在する「消滅危機言語」

私たちが暮らしている日本列島では、古くからさまざまな言語が用いられてきました。しかし事実上の公用語として共通語(日本語)が用いられたことで、共通語以外の言語(方言)を使用する「話者」が減少してしまいます。

例えば、沖縄の島々で用いられてきた「八重山語」や「与那国語」。その話者は八重山語が2000年の時点で4万7600人、「与那国語」に関しては2010年時にはわずか393人と、言語の存続が危ぶまれる状況であることがわかります。

さらに、それらの話者が共通語を学習することで、もともとの言葉と混ざってしまう「ウチナーヤマトグチ」という現象も、言語消滅のリスクを高めている一因といえます。

・文化庁_消滅の危機にある言語・方言
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kikigengo/index.html

消滅危機言語を学習し、後世に伝えるAI

日本に存在する消滅危機言語の中で最も深刻なものが、北海道で使われている「アイヌ語」です。その話者は2017年の時点でわずか5人。話者の高齢化も進んでおり、国際連合教育科学文化機関であるユネスコも、存続が「極めて深刻」な言語としてカテゴライズしています。

しかし日本語だけでなく、西洋や東洋の言語とも類似していない「孤立した言語」であるアイヌ語の習得は困難であり、その継承者はなかなか現れません。そこで注目されているのが、消滅危機言語を学習し、保存するAIです。

アイヌ語の発音を認識し、話者本人のように発音するAI

人の音声認識やロボットとの音声対話などの研究を行っている京都大学大学院の情報学研究科、河原達也教授が学生や研究員とともに作ったAIが、アイヌ語の自動音声認識、音声合成機能を持った「AINU語AI」です。

このAIは、多くの言語学者が記録してきたアイヌ語の音声データをもとに深層学習を行うことで、アイヌ語の自動認識機能だけでなく、話者ごとに異なる発音に似せた音声合成機能も習得しています。

・人工知能によるアイヌ語の自動音声認識・合成に成功(AINU語AI)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-10-15-0

このようにAIを消滅危機言語の保存に活用しようという動きは、海外でも見られます。アメリカ企業のGoogleが開発を行っているのが、スマートフォンなどで撮影した被写体をAIが認識し、その名称を消滅危機言語で発音する「Woolaroo」です。

このようなAIが活用されていくことで、消滅の危機にひんしているさまざまな言語の保存が可能になるかもしれません。

古文の複雑な文字や失われた言語を読み解くAIも

言語の保存にAIが貢献できるのは、音声の分野だけではありません。AIは、過去の文章を読み解く能力も優れているのです。

古文のくずし字を、現代の字体に変換するAI認識アプリ

例えば、日本の古文などに書かれている「くずし字」。私たちが慣れ親しんでいる書体とは異なり、くずし字は古文に慣れ親しんだ人や専門家でなければすんなりと読み解くことができません。

しかし、AIくずし字認識アプリである「みを(miwo)」を使えば、スマートフォンで撮影するだけでAIが文章を読み解いて現代の字体に変換することができます。

<「みを(miwo)」デモ @ 慶應義塾ミュージアム・コモンズ>

失われた古代文字を解読するAIも登場

文字を認識するAIの中には、しゃべり方どころか、読み方さえ伝わらなかった死語(使用されなくなった言語)の解読に貢献できるものもあります。

囲碁のトップ棋士にも勝利したコンピューター囲碁プログラム「AlphaGo」の開発元である「DeepMind」。この著名なAI企業が生み出した機械学習モデルの「Ithaca」は、古代文字が書かれた断片を見るだけで内容を予測するだけでなく、文字が書かれた年代を測定することも可能です。

・AIが数千年にわたって損傷で失われていた古代ギリシャ碑文の文章復元を支援
https://jp.techcrunch.com/2022/03/11/2022-03-09-ai-helps-historians-complete-ancient-greek-inscriptions-damaged-over-millennia/

言語以外の文化保存にも役立つAI

AIが保存可能な文化は、言語だけにとどまりません。舞台芸術や工芸品といった伝統芸能の伝承にも役立てられています。

山口県では、400年以上の歴史を持つ古典芸能であり、国が指定した無形文化財でもある「鷺流狂言」の伝承と普及のためにAIを活用しています。

・山口県 指定無形文化財「鷺流狂言」の伝承・普及をAI開発プロボノで支援
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000018.000027192.html

品質向上から顧客獲得まで、伝統産業を支えるさまざまなAIサービス

世界に誇る日本文化である日本酒の製造にも、AIが活用され始めています。日本酒を作る際に必要な作業である「麹(こうじ)づくり」は、その出来栄えによって完成品の味が大きく左右されます。そのため、大吟醸酒などに使われる高品質の麹は熟練の杜氏(とうじ)による手作業でしか作り出せないと考えられていました。

しかし、近年では自動、かつ安定的に高品質な麹を作り出す「VEX方式完全無通風自動製麹装置」のような機器が登場しています。また杜氏の技術を学習したAIによって、酒米に水を吸わせる「吸水」といった高い技術が求められる工程に対しても、適切なアドバイスが行えるようになってきました。

さらに、近年では用意された日本酒を飲み比べながら評価することで、自分が好む味を「トロトロ」や「ホワホワ」といった擬音で表現し、それに沿った日本酒を紹介してくれる「YUMMY SAKE」や「KAORIUM for Sake」のような「日本酒ソムリエAI」も普及し始めています。

<「プリプリ」でもOK AIが瞬時に好みの日本酒判定(19/02/08)>

また、筆などの工芸品の出来栄えをAIが判断し、品質向上に貢献するような取り組みも活発になってきました。このような伝統産業にAIが活用されることで、それぞれの文化が持つ魅力が若者や海外にも広がっていくことでしょう。

<AI で創る未来 – 地域の伝統工芸品を世界へ。ある老舗企業の挑戦>

伝統をもとに新しい文化を作るAI

このように、さまざまな文化の保存や活発化に貢献しているAIですが、将来的には「文化を保つ」のではなく、「文化を創り出す」ようになっていくかもしれません。

伊勢丹新宿店が2022年の1月にオープンした展示会「“つぐ” KORI-SHOW PROJECT ・ ISETAN」では、AIや3Dプリンターを活用した「未知の伝統品」の展示、販売が行われました。

<伝統文化×最新テクノロジーで作られた服が最強でした。>

2018年には、AIの描いた肖像画が海外のオークションに出品され、約4900万円で落札されています。このように芸能的な分野で活躍するAIが増えていくことで、将来的には人間が制作に関与しない文化産業が生まれるかもしれません。

少数言語が消滅した場合、私たちの社会にどのようなデメリットが発生するのか

言語の消滅の話に戻りますが、そもそも少数言語が消滅した場合、私たちの生活に悪影響はもたらされるのでしょうか? この点についてはさまざまな意見が出されており、研究者によっては「話者の少ない言語が消えたところで、社会に悪影響は生じない」という人もいます。しかし、そうは考えない研究者も少なくありません。

言語の消滅がもたらすデメリットとしてたびたび挙げられるのが「多様性の減少」です。私たち人類は、その誕生以降、さまざまな脅威や危機から生き延びてきました。その中で培われた英知の結晶が言語であり、その言葉の一つひとつには、「食べてはいけない植物の名前」や「争いを生まないための柔らかい感情表現」などなど、生きるために必要な情報が詰まっているのです。

もしも、日本語が保存されることなく消滅し、誰にも受け継がれなかったとしたら、世界から「MOTTAINAI(もったいない)」や「KAIZEN(改善)」などの概念が失われてしまったかもしれません。

いま、消滅が危惧されている言語の中にも、未来の人類にとって役立つ概念が存在しています。それが失われるのを回避し、AIなどのテクノロジーを活用しながら保存していくことによって、文化の多様性はより高まっていくわけです。

「AI」について学べる大学の学部、学科

AIなどのテクノロジーに関する研究は、主に理工学部で行われています。しかし、AIは幅広い分野で活用されており、言語学や文化経済学などに取り組む学部、学科でもAIを用いた研究が進められています。

また、戦争や災害によって破壊された世界遺産を、VR上で再現する取り組みも行われています。このような形でテクノロジーと文化の融合を進めていくことで、人類の文化はより魅力的なものになっていくことでしょう。

建造物や伝統芸能、言語などの文化に興味がある方は、AIの活用も意識して学んでみてはいかがでしょうか。