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現実世界をデジタルで再現する【デジタルツイン】。 民間企業とともに共同研究を始めた大学も

現実と同じ世界をデジタルで再現し、現実とデジタルを連動させる。そういうSFのような世界を現実にするのが『デジタルツイン』であり、その研究を進め、ビジネスとして実際に活用しようという機運が高まっています。

『デジタルツイン』とは。現実世界をコンピューター上に再現

SF映画などでは、現実世界で起こっていることをバーチャルに表現するシーンをよく見かけます。基地や宇宙船のなか、戦場などでリアルタイムに起こっていることをスクリーンに表示しながら状況を把握して、事件や危機に対処していきます。あのようなシステムはどのようにして実現するのでしょうか?

その手法の一つが『デジタルツイン』です。「デジタルの双子」を意味するこの言葉は、「デジタル上に作った、現実にうり二つの双子」のようなもの。現実空間にある工場、設備、建造物などをバーチャルな3Dモデル図として作成します。

そして現実空間の機械や作業員、加工される部品などに、さまざまなセンサーを取り付け、位置や移動距離、温度、振動などを検知して収集し、デジタルツインの中でリアルタイムに再現します。

このように現実空間と同じものをデジタル空間に作り上げることから、デジタルの双子を意味するデジタルツインと名付けられました。あるいは、サイバーフィジカルシステムという言葉で呼ばれることもあります。「サイバー(デジタル)」で「フィジカル(現実)」を再現するシステムですので、デジタルツインとほぼ同じ意味で使われています。

デジタル空間上で分析やシミュレーションしてから現実に反映

デジタルツインはどのような用途で使われるのでしょうか?

分析やシミュレーション

例えば、製造ラインの改善を検討する場合、実作業に入る前にデジタルツイン上で、どのような構成にすれば効率がどの程度改善するかを試行錯誤できます。そうすれば、コンピューター上での分析、シミュレーションで見つけた解決策をもとに、現実の工場に反映させれば、現在稼働している製造ラインを止めることもなく最適な改善が可能となります。

トラブル発生時の迅速な対応

トラブルに対する迅速な対応にも、デジタルツインは役立ちます。工場内で異常が起こった際には、問題が生じた機械に取り付けられたセンサーからの通知をデジタルツイン上で表示し、どこでどのような不具合、トラブルが起こっているのかを迅速に把握できます。そして、どのような影響がどこまで広がるかというシミュレーションした上で対処に当たることも可能になります。

リスクの高い場所に行かずにメンテナンス

もう一つは、安全性です。例えば、老朽化したインフラなどのメンテナンスでは、橋や塔、トンネルなどの建造物を、定期的に人間が回ってヒビなどがないかと点検して回っています。しかし、高い橋や塔での点検作業には危険が伴います。

ところが点検の結果、「まだ修繕の必要はない」という結果で終わることもしばしば。またそういう建築物は街から遠いところにあることも多く、点検設備を持って行き来するのも大変な労力を要します。

しかしデジタルツインにしてしまえば、ドローンで撮影したデータをもとに分析し、「本当に修繕が必要かもしれない」というヒビを見つけたときだけ人間が足を運んで修繕するという方法で、無駄のない安全なメンテナンスが可能となります。

老朽化したインフラは日本各地に数多く点在し、そのメンテナンスは大きな問題と見られています。デジタルツインには大きな期待がかかっているといえるでしょう。

都市全体をデジタルツインする大掛かりな取り組みも

デジタルツインが役立つのは工場や建築物ばかりではありません。驚くべきことに、シンガポールでは、都市全体をデジタル化するという大規模な取り組みを進めています。

「バーチャルシンガポール」として、都市の地形や建築物のデータ、交通機関の状況、自然環境変化などの現実空間のデータを、デジタルツイン上に再現し、交通インフラなどの都市開発、エネルギー問題、防災などの問題に対応し、新しい価値を生み出そうとしているのです。

<Uses of Virtual Singapore>

日本でも高まる『デジタルツイン』の機運

2020年日本の国土交通省も「国土交通データプラットフォーム」を公開しました。これは、国土交通省が保有しているデータと民間のデータを連係させてデジタルツインを構築しようというものです。そして、業務の効率化やスマートシティーなどの背策を進め、産学官連携によるイノベーションの創出を目指しています。今後日本の産業においてデジタルツインの注目度はますます高まることでしょう。

『デジタルツイン』を構成する技術

現実世界のデータをデジタルツインに集約し、デジタル空間のなかで分析などの処理を行い、その結果を現実世界に反映させる。そして再び反映後の現実世界のデータをデジタルツインに集約し、分析して、現実世界に反映する。この「現実-デジタル」のサイクルの繰り返しによって生み出されるものがデジタルツインの本質といえます。

さまざまな要素から構成されるデジタルツインは、一つのテクノロジーだけで実現できるものではありません。まず現実空間からデータを取得するためのIoT機器、温度や振動などを測るセンサーやカメラ、各デバイスをつなぐ通信技術をエリア全体にあまねく設置しなくてはいけません。

通信技術に関しては現在、ネットワークの速度を加速させる5G(第5世代移動通信システム)の導入が世界各国で進められています。この5Gによっても、デジタルツインの速度と精度が大幅に上昇することが見込まれています。

また収集したデータを用いて、3Dモデルを構築し管理、運用していく技術も必要です。3Dモデル上で、現実空間から取得したデータを配置(関連付ける)技術、そしてそれらのデータを管理、分析、シミュレーションするなどの利活用するためのシステムなど。

これらの技術が連係することで初めてデジタルツインが完成することになります。さらに将来には、複数のデジタルツイン同士を連係させる時代も到来するでしょう。

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『デジタルツイン』について学べる大学の学部

デジタルツインに取り組む大学、大学院の多くは、工学部や理学部などになります。例えば東京大学大学院では「人工物デジタルツイン」として研究しており、東京理科大学では民間企業と共同研究を始めています。

また、IoT、5G、スマートファクトリー、スマート農業、遠隔医療なども、デジタルツインと関係するテーマといえます。それらを扱う大学でも、デジタルツインに触れることができるでしょう。さらにICTに関係のない経済学部のような学部でも「ビジネスに活用できる技術」として扱うこともあります。

デジタルツインにより導かれる未来やテクノロジーについて理解しておくと、これからのデジタル社会への理解が深まるでしょう。

『デジタルツイン』の活用が期待できる分野

工業、製造業、建築、プラント、メンテナンス、街づくりやスマートシティー、スマートファクトリー、スマート農業、遠隔医療、防災

・国土交通データプラットフォーム
https://www.mlit-data.jp/platform/
https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000066.html

・人工物デジタルツイン
http://race.t.u-tokyo.ac.jp/course/value-creation/54481/

・東京理科大学とHEXAGON デジタルスレッド技術に関する共同研究
https://www.mscsoftware.com/ja/news/hexagon/tokyouniversityofscience/collaboration/20200907