注目の研究テーマ

対立や分断もつくる? SNSの負の側面【エコーチェンバー】。影響度を見える化する研究も

SNSの閉じた世界では、過激な考えやフェイクニュースの拡散が起こりやすくなります。その原因がエコーチェンバーです。これは共通の価値観を持つ者同士が閉じた世界で交流することで極端な考えかたが増幅していく現象のこと。今回はインターネットの負の側面である「エコーチェンバー」について解説します。

SNSで起こりやすいエコーチェンバーという現象

「好きなものに囲まれて生きることができるなら、それだけで最高」

そんな気持ちを持つ人も少なくないはず。しかし、それが本当に実現したら、幸せになれるのでしょうか? また、そういう環境は健全といえるのでしょうか?

ニッチな趣味、価値観を持つ同士が出会えるSNSの利点

SNSでは、同じ趣味、価値観を持つもの同士が簡単につながり、交流することが可能です。

特に、珍しいニッチな趣味であれば、ふだん他人に明かすこともないため、同好の士と出会うことはめったにありません。ところが、SNSの閉じた世界であれば、どんなに遠くに暮らしていても簡単につながれるようになり、仲間を作ってコミュニティを形成できます。これはSNSの大きな利点でもあります。

例えば、アニメやマンガ、ゲームなどのサブカルチャー文化。野球やサッカーとは違う、マイナーなスポーツ。珍しい動物や昆虫の生態、などなど。ふだんの生活ではなかなか友人、知人と話せないようなことも、SNSで出会った同好の仲間とであれば、存分に語り合うことができます。

極端な思想に走りやすいエコーチェンバー

しかし同じ価値観を持ったもの同士で作られたコミュニティには、負の側面も大きいという指摘もあります。それがエコーチェンバーです。エコーチェンバーとは、音が反響する部屋のこと。SNSでは、自分の書き込みに対して、共感する似た書き込みが返ってくるというやり取りを通して、意見が増幅していく現象を、エコーチェンバー(エコーチェンバー現象)と呼んでいます。

例えば、自分が「これって、こういうことだよね」とSNSに書き込んだとします。すると、同じ価値観を持つユーザーから、「私もそう思っていた」という共感が返ってきます。そういうことが繰り返されると、その考えかたが仲間内での共通理解になっていくのです。

その結果、偏った考え、信念が集団の中で大きく膨らんでいくこともあるのです。さらに、その考えかたが極端に走り、世間一般と乖離(かいり)してしまったとしたら、どうなるのでしょう? 

実害も招いているエコーチェンバー

よく指摘されるのは、エコーチェンバーによって過激な考え、攻撃的な行動、間違った情報やフェイクニュースが拡散しやすくなるという問題です。

例えば、新型コロナウイルス感染症のワクチンに反対する意見。もちろん、ワクチンを打つ、打たないは一人ひとりの考えに基づくものであり、強制されるべきものではありません。また、渦中のワクチンは作られて間もない技術を使っているため、不安を感じることはおかしな話でもありません。

しかし「ワクチンを打つと、人間が本来持っていた免疫が失われる」「ワクチンを打った女性は不妊になる」「ワクチンの中にマイクロチップが含まれており、個人の行動が監視されるようになる」などのデマが拡散されたのも事実です。そしてそのようなデマの拡散にエコーチェンバーによる影響があるという指摘もあります。

・新型コロナワクチン “不妊デマ”はなぜ拡散し続けるのか?
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0016/topic028.html

閉じた世界が巻き起こす社会問題

実際、新しい通信規格の5Gが新型コロナウイルスを拡散していると信じる人たちが、5Gの基地局を放火しているという事件もいくつも発生しています。このような事件まで起こると、実際に生活している市民にも悪影響が及びますから、SNSでのうわさとして放置しておくわけにもいきません。

・「5Gが新型コロナ拡散」陰謀論 5G基地局の襲撃が世界に飛び火し、デマ投稿が止まらない理由
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2005/25/news054.html

他にも2020年のアメリカのトランプ大統領の支持者による集会、2021年のアメリカ連邦議会におけるデモ隊乱入事件などの背景にも、エコーチェンバーの問題が挙げられています。

<米国“分断”の根深さ 「エコーチェンバー」とは(2020年11月15日)>

<米議会乱入事件でトランプ支持者らがデモ 「拘束長期化」に抗議>

ちょっと極端な例を挙げましたが、エコーチェンバーは、SNSが抱えている根本的な問題なのです。そしてインターネットが私たちの生活の基盤のひとつとして確立されている現在、実社会にも大きな影響を及ぼす事態になっているのです。

さまざまな集団の中を行き来し、いろいろな人と話し合う場があり、多種多様な意見を聞きながら暮らしていけば、「自分の考えが間違っていたのかも」と考え直す機会もあるでしょう。しかしその集団が極端な考えに固まっていて、自分がそこにどっぷりとハマってしまうと、「自分たちの考えこそ正当だ」と固執して孤立し、他人の意見やアドバイスを受け付けなくなってしまうこともあるのです。

エコーチェンバーの影響度を確認するツールも開発

SNSを健全に利用するには、エコーチェンバーの影響を受けないように配慮する必要があります。ただ、影響をゼロにするのは不可能でしょうから、バランスを取りつつメリットを享受していこうという姿勢が大事になります。それには、一人ひとりがネットリテラシー、ITリテラシー、情報リテラシー、メディアリテラシーを高めることが欠かせません。

大学でも学生のそれらのリテラシーを高めるための啓発を行っているほか、リテラシーに対する研究も情報工学などの観点から行われています。

重要性増す【メディア・リテラシー】の能力と研究!フェイクニュース、偽情報にだまされない社会を作るインターネットの発展によりさまざまなメディアが誕生しています。しかし、人工知能(AI)を駆使して、本物と見分けがつかないニュースが作られ...

また、自分自身が、どれだけエコーチェンバーの影響を受けているかを調べるツールもあります。この「エコーチェンバー可視化システムβ」は、計算社会科学を研究している東京大学 大学院 工学系研究科システム創成学専攻 教授の鳥海不二夫氏が開発したものです。これはツイッター上のタイムラインなどを分析して偏りの程度があるかを確認できます。

・自分がどのくらいエコーチェンバーの中にいるのか可視化するシステムを作ってみた
https://note.com/torix/n/ncaeb83af595d

こういうものを利用しながら、自分がどの程度影響を受けているのかを自覚しつつ、リテラシーを高めるようにしましょう。

フィルターバブルにも注意を

エコーチェンバーと類似するものに、「フィルターバブル」があります。これについても簡単に触れておきましょう。

みなさんもインターネットを使って、音楽や動画の配信サービス、ニュースサイトを利用しているでしょう。そのページ内に「あなたにおすすめの音楽や動画」「おすすめのニュース」などの一覧を目にしたこともあるはず。

それは「リコメンド」という機能を使って、あなたの過去の閲覧履歴、その情報を見た他のユーザーの閲覧履歴などを分析して、「きっとあなたはこういう情報を好きなはず」とコンピューターが判断して自動的に表示したものです。

この機能には、「そうそう、こういう音楽も好きなんだ」というように、より音楽や動画を楽しめるという利点もあります。しかしその半面、他の世界を知るきっかけを失っているというデメリットもあるわけです。

つまり、エコーチェンバーと同様に「好きなものだけを見て、そうでないものは目に入らないようになる」という問題を抱えていることになるのです。両方とも、インターネットを使って暮らしを豊かにしようとした裏側で起こった負の側面といえます。

しかし人間は誰しも、自分の聞きたいことを聞き、自分が信じたいものを信じるところを持っている生きものである以上、このようなデメリットから逃れることは難しいことでしょう。エコーチェンバーやフィルターバブルという問題を意識し、なるべく客観的な視点を持つよう務める必要があります。

「エコーチェンバー」について学べる大学の学部、学科

エコーチェンバーはSNSに関する社会現象のひとつであり、この学部、学科で学ぶとは言い難いところがあります。SNSやネットリテラシーを対象とした研究は、情報工学、社会科学、ウェブ情報学、社会心理学など多岐にわたります。

エコーチェンバー可視化システムβを開発したのは、計算社会学を研究している先生でした。また名古屋大学 大学院情報学研究科はインディアナ大学 複雑ネットワーク・システム研究センター、科学技術振興機構 さきがけとともにエコーチェンバーを引き起こす要因に関する研究成果を発表しています。

・エコーチェンバーの生成ダイナミクス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjsai/JSAI2017/0/JSAI2017_4N1OS01a1/_pdf

また福岡女学院大学では、社会心理学・組織心理学の授業として、フィルターバブルやエコーチェンバーについて扱っています。その授業の概要が以下のURLで公開されています。

・インターネットの心理学
https://www.fukujo.ac.jp/university/today/archives/4145