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AIやVRと心理学が融合する【次世代の心理学】とは? 大学にも専攻開設!

「人間の心」を扱う心理学の分野で、近年バーチャルリアリティー(VR)や人工知能(AI)、ビッグデータなどの新しいテクノロジーを用いた研究も始まっています。心理の分析に活用するだけでなく、近年は、マーケティングといったビジネス、心の治療といった心理療法にも活用しようとしています。そのような『次世代の心理学』を学ぶためには、どのような選択肢があるのでしょうか。

AIが人の感情を読み取り、学習する

悲しみや喜びなどの情動と、それに伴う行動に対して、科学的なアプローチを試みてきた心理学。この分野に、いま大きな変革が起ころうとしています。人の感情を理解しようとするAIや、装着者に超現実的な感覚をもたらすVRヘッドセットの誕生によって、「心」に対する研究はどのように変わっていくのでしょうか。

「つぶやき」から人の感情を読み取るAI

スマートフォンなどの携帯端末が普及したことにより、TwitterやFacebookでの交流が活発になっています。これらのSNSには、日々、膨大なコメントやつぶやきが書き込まれていますが、それを読んでいるのは人間だけではなく、AIにとっても格好の学習材料となっています。

つまり、SNS上にアップされた文章をAIに読み込ませることで、社会のムーブメントや人々の思考を学習させようとしているわけです。

悪意を持ったヘイト攻撃もAIで検知

AIによる感情分析は、悪意を持った差別的な書き込み、いわゆるヘイト攻撃の削除にも役立てられています。Facebookの発表によると、同社が2020年の7~8月に削除した悪意を持った書き込みの94.7%は、「AIが事前に検出したもの」であるとされています。

これらの感情分析は経済学でも扱われています。GoogleやAmazon、アリババやテンセントなどの巨大企業では、顧客の感情分析にAIを用いることで、カスタマーサービスの改善を目指しています。

VRで「自分以外の存在」を体験すると考え方が変わる

人の心に関与するテクノロジーとして期待されているのは、AIだけではありません。心理学を含めた認知科学の分野では、VR機器などによって超現実的な感覚を体験し、学習する「人間拡張」が注目されています。

VRで他人になりきると、心にも変化が現れる

人間拡張のひとつが、仮想空間で装着したアバター(3Dモデル)によって、被験者に心理的な変化が現れる「プロテウス効果」です。

被験者がVR上で学習した、ある実験では、ひとつのグループには「一般人のアバター」を、別のグループには天才物理学者である「アインシュタインのアバター」を装着させました。

その結果、前者の集団は想定通りの学習結果に収まりましたが、アインシュタインのアバターを使ったグループでは一部の被験者の学習能力が向上しました。

さらに晩年のアインシュタインのアバターを使い、自らが高齢者の状態を体験することで、高齢者に対する偏見が減るなどの変化も見られました。

VRで人種差別の解決も?

仮想空間で「自分以外の存在」になるプロテウス効果は、人種差別問題の解決にも役立つと考えられています。実際に、黒人のアバターを装着した白人の被験者は、黒人に対する差別感情が減るという結果も発表されています。

そのほかにも、自分と似たアバターが巧みに演説する光景を見ることで、会話スキルが向上するなど、VRヘッドセットがもたらす心理現象への注目は、日々高まっています。

PTSDの苦痛を和らげる治療用VRソフト

AIやVRを活用した取り組みは、実験室だけでなく、治療現場でも使われ始めています。

例えば、「PTSD」。かつて身に起きた恐怖体験がたびたびフラッシュバックするPTSDの症状の中には、「夜中に眠れない」といったものだけでなく、「外に出られない」「階段を上れない」など日常生活の妨げになるものもあります。この治療に最新のテクノロジーを活用しようという試みが行われています。

トラウマ体験を管理する暴露療法にVRを活用

PTSDの治療法として有力なのが「暴露療法」です。暴露療法とは、医師による監督のもと、トラウマ(心的外傷)となっている出来事を心の中で整理して、不安を解消しようという取り組みです。

PTSDによってパニックが起きる要因は、過去の出来事が自分の心の中で「管理できない感情」になっているからと考えられています。その感情と向き合い、理解することによって「管理できる記憶」として再構築しようというのが暴露療法です。

従来の暴露療法は、VRを使うものではなく、一般的には医師と患者の対話によって行われてきました。しかし、患者がうまくしゃべれなかったり、過去との対峙(たいじ)を避けたりしてしまうと、恐怖体験の再現ができずに十分な効果が得られない可能性もありました。

そこで目を付けたのが暴露療法にVRを利用する方法です。VRヘッドセットを装着した患者は、当時の状況を再現した3Dモデルの中で、トラウマを抱くまでの過程や要因を精細に思い返すことができます。その状況下で医師によるサポートを受けることにより、PTSDの症状を抑えることが可能になるという結果も出ました。

VRを使った新しい治療法は2001年に発生した「アメリカ同時多発テロ事件」の被害者にも役立てられており、ある患者の例では抑うつ症の症状を83%減らし、PTSDの症状を90%低減させたとされています。

帰還兵2000人のPTSDを癒やした「Bravemind」

VRを用いた暴露療法は、戦争帰還兵に対しても精力的に行われています。南カリフォルニア大学で開発した治療用VRソフト「Bravemind」もそのひとつです。戦場を仮想空間に再現したBravemindは、アメリカの各地の医療機関で利用され、戦争参加者のPTSD治療に役立てられています。

時間帯や環境音、天候までもVRで再現可能なBravemindを使用した患者は、医師との対話では不可能なほどの臨場感を得ながら、暴露療法に取り組むことができます。

この治療用VRソフトは、2000人以上の元兵士のPTSD治療に役立てられたとされています。

<VR:Bravemind and STRIVE>

『AIやVRなどを活用する心理学』について学べる学部

心理学は古くから存在する学問であり、主に心理学部などの人文系学部で扱われます。心の治療については臨床心理学、人間の知能そのものを研究する認知科学なども存在します。

2021年の4月には、追手門学院大学の心理学部に「人工知能・認知科学専攻」が開設されます。この人工知能・認知科学専攻では、AIに関する研究と人間の知能メカニズムの研究を両立して学ぶことが可能です。

<人工知能・認知科学専攻:追手門学院大学>

また日本大学(文理学部 情報科学科)の大澤研究室では、株式会社サイバーエージェントのAI研究開発組織である「AI Lab」と共同で、「HAIにおける認知的不協和の解消を用いたユーザーの行動変容」の研究に取り組んでいます。このHAI(Human-Agent Interaction)とは、ユーザーである「人間」と、AIやロボットなどの「エージェント」の間に生じる相互作用を取り扱う研究領域です。

今回紹介したような心理学にAIやVRなどテクノロジーを活用した本格的な研究は始まったばかりで、まだ多くはありませんが、今後、研究が進むでしょう。

参考

Facebook、AIの進化でヘイトスピーチ検出率が向上–94.7%に
https://news.yahoo.co.jp/articles/0e35f9b63fda2338fba867e3725cfb2f899202ef