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炎や爆発を社会に役立てる研究【燃焼学】、大学ではCO2を出さない燃焼の研究も!

「爆発」や「燃焼」に対して「危険なもの」と感じる人も少なくないでしょう。しかし近代では、火薬や爆薬による発火、あるいは燃焼そのものの化学反応に関する研究を通して、人々の生活に貢献しようという学問があります。今回は、さまざまな燃焼の仕組みや働きについて研究を進める「燃焼学」について解説します。

そもそも「炎」とは何なのか

ゴミの焼却や食材の加熱などなど、私たちの生活をさまざまな形で支えている「燃焼」や「爆発」。しかしこれらの炎による現象は、鉄などの金属がゆっくりとさびていく「腐食」と同じ化学反応によって生み出されているのです。

激しい燃焼と緩やかな腐食。性質が異なる両者ですが、これらの要因となる化学反応とはいったい何なのでしょうか。その正体は、私たちの体内でも頻繁に発生している「酸化」です。

「燃える」という現象を科学の目で見てみる

通常、温度が上がると、可燃物と空気中の酸素が結合する「酸化」が発生します。この現象が進むと、原子同士の結合がシンプルな構造に変化するのですが、可燃物と酸素が内包していた化学エネルギーも低下してしまいます。このとき余剰なエネルギーが放出されます。それが燃焼や爆発となるのです。

例えば、酸化前の可燃物と酸素が持つ化学エネルギーの量を「10」とします。このエネルギーが酸化によって「10」から「2」に変わったとき、残りの「8」のエネルギーは、光や熱となって周囲に放出されます。つまり、私たちが目にする炎とは、酸化という反応からはじかれてしまった「余剰なエネルギー」であるといえるわけです。

腐食も、燃焼と同じ理屈で説明できる

ちなみに、使い捨てカイロが暖かくなる理由は、燃焼ではなく腐食という現象です。カイロの中に入っている小さな金属片が空気中の酸素に触れることで酸化し、急速にさびていく(腐食する)ことによって発熱をしているわけです。このことからも、燃焼と腐食が近しい存在であることがわかりますね。

燃焼学では、このような基礎的な知識を学びながら、炎が持つさまざまな仕組みや働きを研究しています。

水中で花火が燃え続けるのはなぜ?

少し話は変わりますが、皆さんは水の中で花火をしたことがあるでしょうか。

「そんなことをしたら、火がすぐに消えてしまうじゃないか」と思う人もいることでしょう。しかし一部の花火は、水の中でも炎を発生させ続けることが可能なのです。

その秘密は火薬にあります。花火の炎を持続させるためには、酸素と熱が必要です。そのため、水中や宇宙のように「酸素が存在しない場所」では、新しい熱を生み出すための酸化が発生せず、鎮火してしまいます。しかし火薬があれば話は別なのです。

一般的な火薬の中には、木炭や硫黄などの「可燃物」だけでなく、硝酸カリウムのように酸素の元となる原子を持った「酸化剤」が含まれています。つまり火薬は、内包する可燃物と酸化剤が反応し合うことで、空気中の酸素を用いることなく燃焼を起こせるのです。

そのため、火薬を含んだ花火は、水の中でも燃え続けることができるというわけです。

このように、火薬や爆薬の仕組みを研究し、新たな薬品や燃料を生み出すことも、燃焼学、あるいは火薬学、爆発安全工学のような学問に共通するミッションといえます。

<土橋律「ガス爆発・粉じん爆発の現象解析と防御技術」ー公開講座「爆発」2017>

人々の営みに貢献する燃焼学

燃焼や爆発の有効活用というと、壊れかけの建物に爆弾を仕掛けて破壊する「爆破解体」や大規模な施設で行う火力発電のように、スケールの大きなものを思い浮かべる方も多いでしょう。

しかし、世の中には人体に対する医療行為として爆発を利用するケースもあるのです。社会に役立つさまざまな燃焼の研究についてご紹介します。

【医療】微小爆発で体内の結石を破壊

生き物は、外部から食物を吸収し、不要となった栄養素を排出する機能を持っています。しかし何らかの問題が発生することで、一部の栄養素が固まり、結石となって体内にとどまってしまうケースが存在します。このような症状を解決するために考案された治療法が、微小な爆発を用いて結石を破壊する「結石破砕技術」です。

この技術が誕生した当初は、カテーテルと爆薬を使い、体内で直接微小な爆発を発生させることで結石を砕くという治療法が行われていました。しかし、その後は水中で起こした微小爆発の衝撃波を、水に浮かんでいる患者に当てることで結石を破壊する方法に変わりました。

ちなみに近年では、専用の機械が発する衝撃波で体内の結石を破壊する「体外衝撃波結石破砕術」が登場するなど、衝撃波を活用した治療法は、より洗練されています。

【建設】水中で働く機器を修理する「水中溶接」

各種エネルギーを輸送する海底パイプラインや、海底油田からの石油採掘、波力発電に用いる施設など、海の中にはさまざまな機械が存在します。それらのメンテナンスに不可欠な技術が、水中で高温の炎を噴射する「水中溶接」です。

水中溶接は、地上での溶接と同様に、ほころびた部分を溶接したり、部品を付け加えたりする際に用います。しかし、海中は地上よりも視界が優れないので、作業者には高度な技術が要求されます。そのような人々の作業を円滑に進めるためにも、水中溶接に用いられる器具には、さらなる発展が求められることでしょう。

また、水中で土木工事をする際には、爆薬を設置して障害物を粉砕する「水中発破」が行われるケースもあります。四方を海に囲まれた日本では、このような技術を活用しながら、海洋エネルギーを蓄えていくことが求められます。

【環境】CO2排出を減らす燃焼法を探し出す

燃焼時に排出されるCO2は、地球温暖化をもたらす要因の一つとされています。燃焼学では、このCO2の排出量を減らす燃焼方法についての研究も行われています。

慶応義塾大学の理工学部 機械工学科では、燃焼にまつわる複雑な化学反応を実験やシミュレーションによって紐解き、「CO2を極力排出しない燃焼方法」の実現に向けて、研究を進めています。

慶応義塾大学 理工学部 機械工学科
https://www.st.keio.ac.jp/education/kyurizukai/18_yokomori.html

【防災】燃焼の仕組みを解明することで、火災や自然災害の悪化を防ぐ

燃焼や爆破現象を研究することで、住宅の火災や山火事などの自然災害の悪化を防ぐことも、燃焼学の領域といえます。もしも燃焼学が存在しなければ、火元から燃焼範囲を測定したり、自然鎮火までの時間を予測することができなかったかもしれません。

近年、過剰な伐採などの自然破壊によって気候が変動し、山火事などの問題が深刻化するケースが発生しています。しかし、燃焼学がより発展すれば、木々や住宅の燃焼現象を適切に制御し、火災による被害を抑制することができるかもしれません。

【治安】爆薬の仕組みを研究することで、テロ行為や爆発事故の危険性を減らす

火薬や爆薬による酸化現象には、「爆燃(ばくねん)」と「爆轟(ばくごう)」の二種類が存在します。このうち、より危険なものは、強力な衝撃波を生み出す爆轟です。燃焼学などの学問では、爆轟を含めた爆発のメカニズムを研究することで、爆発物を用いたテロや、火災時の爆発事故などの影響を研究し、そのデータを警察や消防局と共有することが求められます。

【宇宙開発】効率の良い燃料を開発することで、宇宙開発を円滑に

先ほども少し触れましたが、宇宙空間には酸素がほとんど存在しないため、エンジンを燃焼させるためには火薬やガスなどの燃料が必要です。

宇宙空間で用いる燃料を開発するには、微小な重力下での燃焼現象を研究するなど、高度な計算技術や実験環境が求められます。しかし、従来よりも効率の良い燃料の配合に成功できれば、宇宙開発だけでなく、さまざまな分野に対して大きく寄与することになります。

とはいえ、どれだけ効率の良い燃料や火薬、爆薬ができたとしても、感度が高すぎればちょっとした衝撃で暴発してしまいます。そのため燃料や火薬、爆薬を生成する際は、いかに安定した状態を維持できるかが重要になるのです。

偉大な発明家が生み出した「爆薬」と「賞」

爆発物として有名な「ニトログリセリン」も、当初は扱いが難しく、各地で暴発事故を発生させていました。しかし、1866年にスウェーデンの科学者であるアルフレッド・ノーベル氏が安定化に成功し、「ダイナマイト」として製品化したことで、ようやく実用化に至ったのです。

このノーベル氏ですが、実は1864年に発生したニトログリセリンの暴発事故によって、実の弟であるエミール・ノーベル氏を亡くしています。そのような経緯もあってか、彼は自らの発明品であるダイナマイトが「兵器」としてではなく、「戦争に対する抑止力」として平和的に扱われることを望みました。

しかし、彼の願いとは裏腹に、世界各国の戦地に投入されたダイナマイトは、後の第一次世界大戦で多くの人命を奪うことになります。このことを生前に察知したノーベル氏は、自らの財産の大部分を捧げ、ある「賞」を創設します。それこそが「人類に多大な貢献をもたらした人」に贈られる、ノーベル賞なのです。

「燃焼学」について学べる大学の学部や学科

燃焼学は、主に熱工学などに取り組む学部で学ばれています。また、人々の生活を守る「安全工学」の分野には、爆発を専門に研究する「爆発安全工学」なども存在します。

芝浦工業大学の燃焼工学研究室では、可燃性ガスの爆発事故による被害を低減するための研究や、よりクリーンな排気を行う燃焼技術の開発に取り組んでいます。

長岡技術科学大学の燃焼学・システム安全研究室では、「予混合火炎の不安定性」や「火炎のゆらぎとカオス」など、燃焼現象に対する高度な研究を行っています。

『燃焼』の活用が期待される分野

建築、防災、テロ対策、生産、海洋開発、宇宙開発

参考文献

松永猛裕. 火薬のはなし 爆発の原理から身のまわりの火薬まで (ブルーバックス)