そう遠くない未来、AIが生活のさまざまな場面に利用され、人間とコミュニケーションをとる時代が到来することは間違いないでしょう。そのときに問題になるテーマが「AIは人間の感情を認識して行動できるか」です。今回は、それを解決するための「感情認識AI」について解説します。
人間の気持ちを読み取る「感情認識AI」とは?
感情を表に出さず、常に冷静に判断するタイプの人間を「機械のようだ」と呼ぶことがありますが、その言葉が象徴するように、機械には感情はありませんし、それを理解することもありません。
しかし、人間は喜怒哀楽などの感情を持つ生きものです。気持ちの浮き沈みに応じてさまざまな行動をとる人間に対応するために、これからの社会では、他者(人間)とコミュニケーションをとるロボットや人工知能(AI)が増えてくるでしょう。
例えば人間の話し相手になったり、困っている人を助けたりするAIです。その実現に向けて、いま研究されているのが、人間の感情を分析するAIである「感情認識AI」です。これは「楽しい」「不満」「驚き」「恐怖」「嫌悪」「怒り」といった人間の感情を分析して、それに応じた行動をとれるAIのことです。
AI対人間のコミュニケーションの新しい形
そもそも「AIが人間の感情を理解する」とはどういうことなのでしょうか。
人間は、目の前にいる人の感情にあわせて臨機応変に付き合い方を変えています。みなさんも、友達と一緒にいるときに
「あいつ、朝から機嫌が悪いな。家で嫌なことでもあったのかな」
「先輩、今日は妙にノリがいいぞ。きっといいことがあったに違いない」
と感じることがありますよね。
いつもと違う雰囲気を感じ取ったときには
「落ち込んでいるみたいだから、元気づけてあげよう」
「機嫌が悪いようだから、話しかけるのをやめていこう」
というように対応を変えたりした経験もあるのではないでしょうか。
人間同士の付き合いであれば、そのように相手の気持ちに配慮した振る舞いも可能ですが、AI対人間となると簡単ではありません。AIが人間の感情をまったく理解しないまま、杓子(しゃくし)定規な対応をした場合、怒っている人をさらに怒らせたり、悲しんでいる人を追い詰めたりする可能性もあるでしょう。
そこに感情認識AIを活用すれば、AIと人間のコミュニケーションを自然、かつ円滑にすることができるかもしれません。
何の情報からAIは人間の感情を読み取るのか?
感情認識AIは、人間のどういう部分を見て感情を分析するのでしょうか。主なものは声、表情、バイタル、文章の4種類です。
感情を分析する4つの情報
声 | 人間の声には、声の大きさ、抑揚などがあります。その声が持つ情報をもとに感情を分析できます。 |
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表情 | 人間の表情には、喜怒哀楽の気持ちが表れます。目や口の動き、顔の筋肉の動きなどをもとに感情を分析できます。 |
バイタル(生体)データ | 緊張すると心拍が早くなったり汗が出たりするように、人間の身体の変化からも感情が読み取れます。また、身に着けるウエアラブルデバイスを利用すれば、装着者の脈拍、体温、脳波などから感情を分析します。 |
テキスト | その人が書いた文章(テキスト)の特徴、例えば「使われる単語の傾向」などから感情を読み取ることが可能です。 |
電話による会話であれば「声」、カメラ越しのやり取りなら「表情」、チャットなら「テキスト」というように、利用シーンにあった情報から感情を分析できます。また、上に挙げた4種類以外のデータも分析対象にできるような研究も進むでしょう。
感情認識AIが役立つシーン
社会では、すでに感情認識AIが使われ始めている分野もあります。いくつかの例を紹介しましょう。
コールセンターで顧客の怒りのレベルを分析
企業が用意しているコールセンターは、顧客からの問い合わせやクレームなどを受け付ける窓口です。そこでは、顧客からの電話を受け取り、人間のオペレーターが質問に答えたりします。特にクレームの電話の場合は顧客が感情をぶつけてくることもあり、その「怒りのレベル」を把握することは非常に重要です。
しかし、電話で対応するコールセンターでは、「声の調子」「話し方」という情報から相手の感情を推し量る必要があります。そして怒りの表現方法には個人差があり、「すぐに怒鳴り声を上げる」という人もいれば、「一見穏やかに思えるが、内心ではとても怒っている」という人もいます。
そのようなときに感情認識AIを用いれば、顧客の「怒りのレベル」、あるいは逆に「満足度のレベル」などを定量化できます。「最初は大変怒っていたけれど、話をしているうちにだんだん落ち着いてきた」というような心理の変化も数値で表せれば、クレームも対応しやすくなるでしょう。
接客や商談の場で顧客の意欲を分析
近年、パソコンやスマートフォンなどで、テレビ会議サービスを使っての商談、打ち合わせも一般的になってきました。商談の場合は、パソコンやスマートフォンに搭載されたカメラを使ってお互いの表情を見ながら売り込むわけですが、このときに「相手が商品やサービスに興味を持っているか?」「購入意欲はあるか?」を見極めながら話を進めなくてはいけません。
しかし、直接会っての商談に比べると、カメラを通した商談では相手の感情を推し量るのが難しくなります。そこに感情認識AIと、それによって表示されたデータを活用すれば、
「こちらをまだ信頼していないようだから、強くアピールするのはやめておこう」
「この話を振ったら、興味を持ってくれたようだ」
「迷っているようだから、別の方向からアピールしてみよう」
というように、相手の感情にあわせて臨機応変に対応することが可能になります。
<AIが“人の感情”を分析 マーケティングなどに活用>
メンタルヘルスを分析
感情認識AIを活用する例は、将来、医療や教育の場などへと広がっていくでしょう。
それらの中でも期待されているのが、メンタルヘルスの領域です。心に病を抱える患者に対し、医師は、患者の表情や声、話し方などを見て診断に役立てることもあります。そのような診断の支援にも感情認識AIが役立つことでしょう。
受験勉強のモチベーションアップに
自分の部屋で勉強をしているときや教室で授業を受けているときの自分の表情を意識したことはありませんか。たぶん難問に当たったときは「この問題、難しいぞ」、得意分野の問題には「楽勝!」、集中力が切れたときは「勉強に飽きた」といった気持ちが顔に表れているはずです。
AIが受験生の気持ちを理解した上で、効率的な勉強の進め方を提案したり、モチベーションを上げる支援をしてくれる時代が来たら、受験のノウハウも変わってくるでしょう。
ストレス解消の話し相手に
なにかに失敗した後、誰かに愚痴を聞いてもらいたいときもあるでしょう。しかし、内容によっては人間相手には言いにくいこともあるかもしれません。そんなとき、誰にも相談内容を漏らすことなく、どんな話でも受けて止めて聞いてくれるAIがいたらうれしいのではないでしょうか。
近い将来、感情認識AIが搭載された人型ロボットやバーチャルヒューマンが社会のあちこちで活用される時代が来るかもしれません。
「感情認識AI」について学べる大学の学部、学科
感情認識AIは、AI開発のトレンドであり、これから研究が進む分野です。AIについて学ぶ理工学部であれば、感情認識AIについて学べるでしょう。また、声や表情の心理的な分析という観点から、感情認識AIの研究は心理学とも深いつながりを持ちます。
京都大学 情報学研究科 音声メディア研究室は、株式会社RevCommとともに対話音声の音声認識と言語処理技術について共同研究しており、2022年音声感情認識に関する論文を発表しました。
・レブコム、京都大学との共同研究による音声感情認識に関する論文が音声処理系トップカンファレンス「ICASSP 2022」にて採択
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000092.000037840.html
東京情報大学では、介護事業所で活用されるコミュニケーション・ロボットにどのような効果があるかという研究を行い、その成果を発表しました。それによると、感情認識AIを搭載したコミュニケーション・ロボットを活用した場合と活用しない場合を比較すると、介護事業所の利用者(高齢者のこと)に対して、「情動状態にプラスの変化をもたらす可能性」が示されたとのことです。
・東京情報大学:池田幸代准教授、第22回日本遠隔医療学会学術大会で優秀論文賞を受賞
http://www.tuis.ac.jp/topics/20181109/
また東京大学では「ロボットやAIに判断力をもたせる「人工自我」を研究する分野」として道徳感情数理工学の研究を進めています。この研究にも感情認識AIは関わっています。
・道徳感情数理工学
http://meome.t.u-tokyo.ac.jp/