私たちの生活に、さまざまな形で貢献し始めている人工知能(AI)。しかし、同じAIでも「弱いAI」と「強いAI」の二種類が考えられています。その違いは何なのでしょうか? 今回はこの二つのAIから未来の人工知能(AI)の姿について考えてみましょう。
「AI」は自ら学習する時代に
昔のAIは、思考方法(アルゴリズム)を人間がプログラムしていました。そのため「自ら考えるAI」といっても、実際にはプログラムにのっとった形で思考していました。
ところが、近年のAIは自ら学習し判断するようになっています。例えば、AIにさまざまなネコの写真を見せ続けることで、AIは「ネコの特徴」を見つけ出し学習します。AIは、このような訓練を繰り返すことによって、人間が答えを教えなくても写真の被写体が「ネコか否か」を判断できるようになるのです。
「AI」の学習にも限界がある?
ところが、この「AI」に学習させるという手法には一つの限界があります。例えば「ネコの特徴」を学習したAIに、突然「イヌの写真」を見せたとしてもAIには「それが何なのか」がわかりません。なぜなら、「イヌの特徴」を学習していないからです。
そのため、ネコだけでなくイヌも識別できるAIにするには、あらためてイヌの特徴を学習させる必要があります。
「AI」は人間と同じような思考ができるのか
一方、人間はどうでしょうか? 人間の脳は、たとえ見たことのないものや経験したことのないことであっても、過去の経験をもとにイメージを働かせることで、予想し、挑戦できます。このように応用ができることが、人間とAIの大きな違いといえます。
では、人間のように「経験していないことであっても対応できるAI」は実現できるのでしょうか。
コーヒーを入れることすら、現在のAIには難しい
これに関しては、ユニークな逸話があります。アップルの創業者の一人、スティーブ・ウォズニアック氏が、「AIを搭載したロボットは見知らぬ家でコーヒーを入れられるのか」という疑問を投げかけたというのです。
私たち人間は、初めて訪問した他人の家のキッチンであっても、コーヒーを入れることができます。もちろん、見知らぬ家ですから戸惑うことはあるでしょう。しかし人間の脳は、間取りや家具の配置などの情報や、過去の経験をもとにして、「このあたりにコーヒー豆が保管されているだろう」と予想をして見つけ出し、初めて使うコーヒーメーカーを操作して……と、作業を進めていくことができます。
ところがそれは、AIにとって非常に難易度の高い行為なのです。見知らぬキッチンで、見たことのない扉や引き戸を開けて、中身を確認し、必要な器具を操作してコーヒーを入れるというのは、「学習していないこと」の連続であるためです。
この「ミスター・コーヒー・テスト」と呼ばれる難題を提示したウォズニアック氏本人は、「このテストにクリアできるAIを作ることは不可能だろう」と考えていたそうです。いずれにせよ、人間と同じように行動できるAIを開発できるのは、まだまだ先のことになるでしょう。
2つのAI、「強いAI」と「弱いAI」とは
AIには、「弱いAI」と「強いAI」の二種類が考えられています。
事前に学習した内容を実行することに特化したAIを「弱いAI」、もしくは「特化型AI」と呼びます。一方、人間と同じように、いろいろな判断、行動ができるAIを「強いAI」、もしくは「汎用(はんよう)型AI」と呼びます
- 弱いAI :事前に学習した内容を実行することに特化したAI。「特化型AI(Narrow AI)」とも呼ばれる。
- 強いAI :人間と同じようにいろいろな判断、行動ができるAI。「汎用型AI(Artificial General Intelligence)」とも呼ばれる。
今、社会に貢献しているのは「弱いAI」
すでにAIはいろいろな分野で活用され始めていますが、それらは「弱いAI」ばかりです。それに対して「強いAI」は、まだ実現できておらず、これから研究が進む分野です。
ただ「弱いAI」といっても、学習した範囲内であれば、人間を上回る能力を見せ始めています。
将棋や囲碁の勝負で、AIが人間のプロ棋士に勝利したことは、ニュースでも大きく取り上げられた出来事でした。将棋や囲碁には、膨大な選択肢があり、一手打つごとに展開は変わります。それらをシミュレーションし、最適な手を打つのは、特化型である「弱いAI」の得意技といえるでしょう。
また写真や映像から、道路やビル、橋などの設備のひび割れなどを見つけるのもAIの得意分野です。人間であれば、スキルを持ったプロフェッショナルが現地に足を運び、コンクリートの表面をたたいたり、内部に響く音を確認したりして老朽具合を判断する必要がありますが、AIであれば、コンクリートの劣化具合を判断することに特化したAIを用いて点検作業も効率よく短時間で終了できます。
「強いAI」が実現されたらどうなる?
これから研究が進む分野である「強いAI(汎用型AI)」。将来、本当に実現できるのかは定かではありませんが、もし、「強いAI」が開発されたら、どのような生活、社会が訪れるのかを想像してみましょう。
人間と同じように自ら判断して行動できるロボット
SF映画やアニメでは、人型ロボットが登場します。近い将来では、それと同じように、人間と会話したり、人間と一緒に生活して、支援してくれるような、執事のような人型ロボットが開発されるかもしれません。
またAIが感情を理解し手に入れれば、人間同士と同じように感情のこもったコミュニケーションが取れるロボットも実現するでしょう。
このまま少子化が進めば、子供たちの友達も少なくなりますが、他者とのコミュニケーションは、人間の成長にとって重要なもの。人間の子供と一緒にいて、その成長を手助けしてくれるような人型ロボットも開発されるかもしれません。
働くロボットが納税する社会?
人間と同じように自ら判断して行動できれば、人間と同じ職場で働くロボットも現れるでしょう。そうなれば、人間だけでなく、ロボットが働いて得た金銭に対して税金が課せられる時代が到来するかもしれません。その先には「お金そのものがなくなっている社会がやってくる」という見方をする人もいます。
このようにいろいろな想像は広げられますが、「強いAI」が実現した時代に、一体どういう社会が訪れるのかは未知の世界といえます。
シンギュラリティーは到来するのか?
最後に「シンギュラリティー」(技術的特異点)について触れておきましょう。これは、レイ・カーツワイル氏が提唱している考え方で、AIが人間を超えることを意味しています。
ただ「シンギュラリティーによって高度化したAIが人類に襲いかかる」ようなパニック映画やSFドラマも作られたりしており、誤解している人も少なくないかもしれません。シンギュラリティーとは、AIと人間の争いとは異なり、生命や社会の進化がテーマなのです。
原始地球で誕生した生命は、小さな一つの細胞から多細胞生物へ、そして植物や動物へ進化し、海から陸へと活動範囲を広げ、知性を持つようになりました。そして現在の情報化社会に至るまで、数十億年という長い時間をかけてきました。そのゆっくりとした進化の速度は、新しいテクノロジーによって一変するでしょう。体の中にもチップが埋め込まれるといったことは新しい進化の形ともいえます。
そしてその先には、「強いAI」を搭載したロボットやシステムが人間と共存するSF映画のような社会も、本当に実現するかもしれません。
「AI」について学べる大学の学部、学科
AIについては、全国の工業大学や情報システム学科だけでなく、さまざまな大学や学部で学ぶことができます。
また、未来のAI、人間との共存につながる研究も進められています。例えば、工学院大学ヒューマンインタラクション研究室では、ロボットと人間との自然なコミュニケーションを研究しています。また、京都大学のこころの未来研究センターでは、仏典を学習したAIが人々の悩みに答える「ブッダボット」の開発を進めています。
「強いAI(汎用型AI)」開発を目指した研究もスタート
「人間のように考えるAIを作りたい」というのは、すべてのAI研究者の夢といえます。AI開発に関わる大学の研究室では、「強いAI」「汎用型AI」についての研究に取り組めるでしょう。
理化学研究所では文部科学省AIPプロジェクトの研究拠点として革新知能統合研究(AIP)センターを設置しています。ここはさまざまな企業や大学、研究室などと連携しながら事業を進める拠点です。
電気通信大学は、汎用型AIの実現を主軸する研究拠点として、2016年に国立大学初となる「人工知能先端研究センター」を設置しています。
人工知能先端研究センター
http://aix.uec.ac.jp/
新しいAIを生み出すのは若い研究者
はるか未来にAIがどのような形に進化するのか、シンギュラリティーが到来するとしたらAIはどのようなものになっているのかを想像したとき、「強いAI」を考えないわけにはいきません。
AIの開発に興味がある方は、自分が学びたい分野でのAI活用だけでなく、AIの未来についても想像してみてはいかがでしょうか。「強いAI」開発の成否は、これからの研究者になろうという若い人にかかっているのです。