注目の研究テーマ

スマホアプリで病気を治せる?【デジタル薬】で治療する生活習慣病やうつ病治療の研究!

医薬品には飲み薬、塗り薬、注射薬などさまざまな種類がありますが、近年スマホアプリやゲーム、デジタル機器などの新しいタイプの医薬品が登場してきました。それが「デジタル薬」です。今回は、デジタル薬について解説します。

「デジタル薬」とは、薬として使えるアプリやデジタル機器

一口に病気といっても、薬を1回投与すれば治るような病もあれば、長期間にわたって薬を飲み続けなくてはいけない病気もあります。

中には、高血圧や糖尿病、肥満といった生活習慣病のように、食生活や運動不足など、日常での過ごし方が重要になる病気もあります。その場合、高血圧の薬を飲んでいたとしても、塩分の多い食事ばかり取っているようでは薬効があらわれません。

しかし「塩分を控えろと指導されても、なかなか守れない」という人もいるものです。同様に、「酒やタバコを控えたいけれど、やめられない」「痩せなくてはいけないが、毎日の運動が続かない」という人もいるでしょう。「勉強しなきゃとわかっているけど、ついついマンガやゲームを手に取ってしまう」という受験生の気持ちに似ているかもしれませんね。

そのような生活習慣病に効果があると期待されているのが「デジタル薬」と呼ばれているものです。これは患者に対して、スマホアプリやデジタル機器などを使って、治療計画のとおり行動できるようアドバイスや情報を提供したり、VR(バーチャルリアリティー)などを使った仮想体験を通して治療を行ったりするものです。

生活習慣病のためのデジタル薬

デジタル薬は、世界各国で開発が進み、一部は医薬品として認められるようになってきています。ではデジタル薬にはどのようなものがあるのでしょうか。

国内で初めて保険適用になった禁煙アプリ

2020年に日本国内で最初に保険適用になったデジタル薬はCureAppが開発したニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」と一酸化炭素を計測するCOチェッカーです。ニコチン依存症とはタバコへの依存症のこと。さまざまな病気の原因とされているタバコについては、「禁煙しよう」と努力する人もいますが、習慣性があるためなかなかやめられない人も少なくありません。

CureApp SCは、COチェッカーを口にくわえて検査すると、息に含まれる一酸化炭素の濃度が計測されます。そのデータはスマホアプリに送られ、アプリからのアドバイスを受けながら、計画にのっとって禁煙に向けた治療を進めていきます。

つまり、この種の病気の治療は、通院だけでなく日常生活の過ごし方が重要なので、スマホアプリを使いながら毎日の治療を行っていくというわけです。

<CureApp 禁煙の治療用アプリの保険適用について(2020年11月11日)>

なおCureAppは、他に減酒支援アプリ、高血圧治療アプリについても開発を進めています。

・CureApp、減酒支援アプリの共同研究を開始
https://cureapp.blogspot.com/2020/06/cureapp.html

薬が保険適用になったらどうなる?

ところで保険適用されるということは、どういうことでしょうか。医薬品には、普通に薬局で買えるものもありますが、それらは保険が適用されません。適用されるのは、医師が診察や治療に用いる薬です。一般の人が購入するには、医師が作成した処方箋の指示に従って、薬局の薬剤師が用意してもらう必要があります。

そのため、保険適用になったデジタル薬は、医師に診断してもらい、「アプリを使った治療に向いている」と判断されて、医師の指導の下で用いなければいけません。つまり、患者が気軽に「禁煙したいから、自分のスマホにダウンロードしてみよう」とインストールできるようなものではないのです。

心の病に作用するデジタル薬も

心に関する病気に「うつ病」があります。うつ病は、気分が落ち込み、疲れやすくなったり眠れなくなったり、否定的な考えに取りつかれてしまったりする病気です。そういううつ病に対して、従来は「ゆっくりと休養をとる」「抗うつ薬を飲む」「精神療法」などの治療が行われてきました。そのような心の病の治療に向けたデジタル薬の開発も進んでいます。

スマホアプリでうつ病治療

田辺三菱製薬、京都大学、国立精神・神経医療研究センターで研究を進めているのが、認知行動療法をベースに開発されたスマホアプリ「こころアプリ」です。このアプリを、抗うつ剤を用いた従来型の薬物治療と併用することによって、治療の効果がより高まることが期待されています。

・うつ病治療のための新たなソリューションを開発
https://www.ncnp.go.jp/topics/2020/20200901.html

VRでうつ病治療の研究も

うつ病に対しては、VRを使った取り組みも開始されています。ジョリーグッドと国立精神・神経医療研究センターは、気分が落ち込んでいる患者に対してVRを使い、ポジティブな感情を引きだす体験をさせることで、うつ病を治療しようという研究に取り掛かっています。実際のうつ病患者を対象とした、このような研究は、医療分野としては世界初とのことです。

・国立認知行動療法センターと世界初のうつ病患者に対するVRの地平を開拓
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000084.000020924.html

ゲームを使ったADHD治療

注意欠陥・多動性障害(ADHD)の治療にゲームを活用しようという取り組みもあります。ADHDとは発達障害の一種で、「物事に集中できない」「じっとしていられない」などの特徴があり、家庭や学校での生活に支障を生じやすいという問題を抱えています。

塩野義製薬は、あるタイプの小児ADHD患者向けに、アメリカのAkili社が開発したゲーム形式のデジタル薬「AKL-T01(EndeavorRX)」の国内における独占的開発権、販売権を取得しました。

これは障害物を避けながら進むアクションゲームで、遊びながら脳の前頭前野を活性化することによってADHDの治療に役立てられると期待されています。このAKL-T01は、2020年に米国食品医薬品局(FDA)に承認され、日本でも塩野義製薬が治験を実施しています。

・デジタル治療用アプリAKL-T01:塩野義製薬
https://www.shionogi.com/jp/ja/news/2020/06/200624.html

<世界初!子どものADHDに治療効果のあるゲーム「EndeavorRX」とは?【発達障害】>

従来のヘルスケアアプリとは何が違う?

ところでデジタル薬が登場する以前から健康増進に向けた情報を提供してくれるアプリやツールはありました。例えば、毎日歩いた歩数に応じてポイントをくれるスマホアプリや、一定時間体を動かさないと「そろそろ運動しては?」と呼びかけてくれるウエアラブルデバイスなどが挙げられます。

ただ、それらはあくまで「日常生活のなかで健康増進に役立てる」ことが目的です。それに対してデジタル薬は「治療効果を期待して開発されたもの」という違いがあります。

デジタル薬は数も少なく、まだまだ対象となる病気の種類も多くはない状況ですが、今後は他のいろいろな病気へと広げていくことになるでしょう。

「デジタル薬」について学べる大学の学部、学科

今のところデジタル薬の開発、研究に特化して学ぶ学部や学科はありません。しかし医学部や薬学部など医療系の学部に進むなら、治療の新しい手段としてデジタル薬に関する知識を身につけておくと、将来役立つかもしれません。

またデジタル薬は、ソフトウエアや医療機器でもあるので、開発するにはICTやものづくりに関するスキルも必要です。工学部などで開発スキルを身につけ、将来、デジタル薬の開発メーカーに進む力を習得するのもよいでしょう。