現代社会での生活には、融資や投資といった「金融」の存在が欠かせません。金融の重要性が増すと共に、金融に関わる研究も日々進化しています。金融をテーマとする学問分野は複数ありますが、その中で高度な数学的知識を用いて金融のさまざまな課題解決に取り組んでいるのが『金融工学』です。
「金融工学」とは?
まずは、「金融工学」の意味を押さえておきましょう。一言で説明すると、金融に関するさまざまな課題を工学的に研究する学問のことです。
例えば、「お金を貸したら金利はどのくらいに設定すべきなのか」「投資で効率的に収益を得るにはどのような手法が望ましいのか」といった疑問に対する答えを、高度な数学理論やコンピューターによる分析によって探っていきます。
ちなみに、「金融」とは、融資や投資などの「資金の融通」や、需要と供給の調整など「お金の動き」を表す言葉です。また「工学」は、基礎科学を応用して人類に役立つ製品や技術を研究する学問を指します。
「数理ファイナンス」との違い
「金融工学」に興味がある人の中には、「数理ファイナンス」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。「数理ファイナンス」も、金融分野に関わる問題について数学的知識を使って解明していく学問です。
「金融工学」と「数理ファイナンス」は、どちらも金融がテーマで、高度な数学の知識を活用する点も同じです。違いとしては、社会に有用な研究成果を追求する「金融工学」に比べて、「数理ファイナンス」のほうは純粋数学的な意味合いが強い点が挙げられます。
ただし、「金融について数学を使って研究する」という大きな枠組みの中で、両者を区別なく扱うこともあります。
「金融工学」の歴史と代表的な理論
「金融工学」の歴史はそれほど古くはありません。注目されるようになったのは20世紀半ばからで、「金融工学」という名前が知られるようになったのは1980年代以降ともいわれています。
20世紀後半に発表されたいくつかの理論は、その後も検証を加えられながら、現在も金融の世界で活用されています。また、理論を提唱した研究者の中からは、複数のノーベル経済学賞受賞者が誕生しました。
今後は、人工知能(AI)やビッグデータなど最新の科学技術も活用して、さらに研究が進化していくことが期待されます。
分散投資の有効性を証明した「現代ポートフォリオ理論」
ここでは、「金融工学」を代表する重要な理論を二つ簡単に紹介しましょう。
「金融工学」の歴史の始まりともいわれているのが、1952年に米国の経済学者ハリー・マーコウィッツ博士の研究発表がもとになっている「現代ポートフォリオ理論」です。この理論は、「投資の際に、リスクを抑えながら一定の利益を得るためには、分散投資が有効である」ということを理論的に証明したものです。
マーコウィッツ博士は、この「現代ポートフォリオ理論」などの研究により1990年に「ノーベル経済学賞」を受賞しています。
「オプション取引」の価格算出のための「ブラック-ショールズ方程式」
株や債券、外国為替といった金融商品そのものではなく、そこからから派生した商品(金融派生商品)を取引することを、デリバティブ(金融派生商品)取引と呼びます。デリバティブ取引の一つであるオプション取引は、「株式」そのものではなく、株式をある価格で「買う権利」や「売る権利」を扱うといった種類の取引です。
このオプション取引での価格を算出するための理論式が、フィッシャー・ブラック博士とマイロン・ショールズ博士が1973年に発表した「ブラック-ショールズ方程式」です。「ブラック-ショールズ方程式」は、「金融工学」を代表する重要な成果といわれています。この研究成果により、ショールズ博士は1997年に「ノーベル経済学賞」を受賞しました(ブラック博士は1995年に死去したため、受賞していません)。
<模擬講義 「金融工学入門『金融工学領域』」:東京理科大学 経営学部 ビジネスエコノミクス学科>
社会で活用される「金融工学」の知見
「最適な価格をどう導き出せばよいのか」「リスクを抑えて安定的に収益を上げるにはどのような投資行動を取るべきか」など、さまざまな価格決定や資産運用のリスクマネジメントなどに「金融工学」の知見が役立っています。
例えば、ロボアドバイザー(顧客ごとに最適な資産運用プランを自動で提案するサービス)による資産運用サービスの「THEO」では、特徴の一つとして「金融工学」の活用を挙げています。具体的には、先ほど紹介した「現代ポートフォリオ理論」と、「資産価格の実証研究」という二つの理論を運用モデルに用いています。なお、後者の「資産価格の実証研究」を発表した研究者も、ノーベル経済学賞を受賞しています。
THEO(テオ) 「Wノーベル賞理論」がすごい
https://guide.theo.blue/algorithm/01/
金融工学」について学べる大学の学部、学科
金融工学は、主に工学部(または理工学部)で学ぶことができます。
数学や応用数学などの学科が多いようですが、大学によって異なります。具体的な大学・学科名の例を挙げると、東京大学の工学部数工学科や慶應義塾大学の理工学部管理工学科、青山学院大学の理工学部数理サイエンス学科などです。
また、経済学部や経営学部など経済や金融に関わる文系の学部でも金融工学を扱っている場合があります。こちらは、東京都立大学の経済経営学部経済学コースや、東京理科大学の経営学部ビジネスエコノミクス学科などの例があります。なお、東京理科大学はもともと理系の大学であり、経営学部でも理系的なアプローチに力を入れています。
東京都立大学の「金融工学研究センター」
東京都立大学の丸の内サテライトキャンパスには、2015年に設立された「金融工学研究センター」があります。センターでは、ファイナンスや金融工学に関わる最先端の研究に取り組むと共に、国内外から研究者を招いての共同研究や大学院生への講義提供などを通じて次世代のファイナンス・金融工学を担う研究者の育成も目指しています。
金融工学研究センター
https://www.biz.tmu.ac.jp/quantitative-finance/