人間を含めた生物は、年を経るごとに運動能力や認知機能が低下していくもの。このような老化現象をテクノロジーで補おうというのが、「老年学(ジェロントロジー)」と「科学技術(テクノロジー)」を組み合わせた「ジェロンテック」です。今回は、若い人もいずれはお世話になるジェロンテックについて解説します。
超高齢社会を迎える日本に不可欠な「ジェロンテック」
世界の中でも速いペースで少子高齢化が進んでいる日本。国際連合が2015年に発表したデータでは、2050年の日本では60歳以上の高齢者が人口の42.5%を占めることが予測されています。
このように、他国よりも先駆けて超高齢社会を迎えようとしている日本にとって、欠かすことのできない分野であるジェロンテックとは、どのようなものなのでしょうか。
老化を研究する「老年学」とテクノロジーの融合
私たち人間は、目や耳、肌などの感覚器が受け取った情報を脳が処理することで、周囲の状況を把握しています。しかし、時を経て老化が進行すると、神経系や筋肉系、循環器系などの各種器官系の能力が低下し、さまざまな問題が生じます。
例えば、音楽や人の声、環境音などが聞きにくくなる難聴や、眼球の水晶体が調節できなくなる「老視」も、老化によって生じる問題のひとつです。
このような老化にまつわる問題の解決手段を探る学問が「老年学(ジェロントロジー:Gerontology)」です。超高齢社会での幸せな暮らしの実現を目指して、「難聴」「老視」「認知症」などの老化現象をはじめ、心理学や社会学などまで含めて、さまざまな問題を研究します。
そして、老年学の研究や成果を、テクノロジーで実現しようというのが「ジェロンテック(GeronTech)」。「ジェロンテクノロジー:GeronTechnology」とも呼ばれています。
ジェロンテックは、老化そのものの研究だけにとどまらず、高齢者が暮らしやすい、支援を受けやすい社会にするためのテクノロジーを研究することです。その範囲は非常に幅広く、介護や福祉、住宅、自動車などの乗り物、あるいは社会制度など、多岐にわたります。
高齢者の生活を研究し、求められる技術を開発する
日常生活の中で高齢者が直面する課題を想定し、解決に導くジェロンテック。その実用例としては、どのようなものが挙げられるのでしょうか。
認知症の兆候をいち早く察知する「認知機能アセスメントツール」
認知機能が低下しているどうかは、一緒に暮らしている家族であってもなかなか判断できません。ましてや一人暮らしの高齢者ともなると、認知症の進行度合いがどのくらいなのかを判断することは極めて困難です。
そのようなときに役立つのが、「認知機能アセスメントツール」です。
各種センサーを搭載した端末を操作することで、視線などの情報を回収し、認知機能が低下しているどうか、また認知症になっている場合にどのレベルまで進行しているのかを判断します。
認知力の衰えを支える「生体認証」
銀行やコンビニなどに設置されているATMで入金や引き落としをする際には、パスワードの入力が求められます。しかしパスワードのような文字列を記憶し続けることが困難な高齢者もいます。
そのようなときに、パスワードではなく、声紋を用いた本人認証システムを設計するのも、ジェロンテックのひとつといえます。声紋、つまり自分の声で認証されるので、「パスワードを忘れてログインできない」という事態を避けられます。生体認証には、声紋だけでなく、指紋、手のひら静脈、瞳なども利用できます。
「GPS」や「生体認証」で認知症による徘徊を見つける
高齢者がどこにいるのかをGPSで確認できるシステムも、ジェロンテックのひとつです。
道に迷って家にたどり着けなくなった高齢者を探すようなときでも、GPS搭載端末を体に装着しておけば、簡単に見つけ出せるようになります。
また、場合によっては「本人を見つけたが、自分がだれかわからなくて身元確認ができない」ということもあります。その解決に生体認証を活用している自治体もあります。
前橋市は、2017年、手のひら静脈認証を使って身元確認をするシステムの実証実験を行っています。身元確認したい人の手のひらをセンサーに乗せることで、その人がだれかを調べるわけです。
なお、個人情報管理の面から、名前などを直接表示させず、その場では身元を特定するための情報を表示させる仕組みを取っていたようです。
身の回りを清潔に。自動で車いすを清掃、消毒
日常生活で車いすを利用していると、移動や食事の際に、泥や食べ物が付着することがあります。健康な人であれば、汚れた部分をホースやブラシで洗浄し、乾燥させることができますが、高齢の車いすユーザーにとって、そのような行為は困難です。
この問題を解決するために、車いすの洗浄と消毒を自動で行う洗浄機の開発などを行っています。
このような技術や発想は、車いすだけでなく、高齢者が使うさまざまな機器でも応用される技術といえるでしょう。
パワーアシストスーツで高齢者の移動やリハビリを支援
近年注目が高まっているパワーアシストスーツも、ジェロンテックとしての活用が期待されています。
通常のパワーアシストスーツは、荷物の持ち上げなど、力仕事をする人が装着するものです。力をアシストしてもらうことで、人間の疲労を緩和したりします。
ところがジェロンテックでは、筋力の衰えた高齢者に装着することで、歩行の支援、あるいは車いすを動かす上腕の動きを支援することなどに利用しようと考えています。
体力がなくなると、体を動かすこと自体減っていきますが、パワーアシストスーツを活用することで、楽に、そして長時間の運動もやりやすくなるでしょう。また病気やけがの後に行うリハビリでの活用も期待されています。
「ジェロンテック」について学べる大学の学部や学科
現在、ジェロンテックを専門に研究している学部は見当たりませんが、人間の動作や行動を研究し、ふさわしい環境や仕組みをデザインする「人間工学」などの学問もジェロンテックの分野といえます。
介護福祉系の大学、学部であれば老年学や老年心理学、社会福祉など、工学系の大学であれば、福祉工学、加齢工学、福祉ロボットについて学ぶことができます。
東京大学「高齢社会総合研究機構」
東京大学が2006年に設置した「高齢社会総合研究機構」では、来るべき超高齢社会に備えるために、医学や工学、社会学、心理学など、さまざまな学問体系を包括した総合的学問として老年学の研究を進めてきました。
東京大学「高齢社会総合研究機構」
http://www.iog.u-tokyo.ac.jp/?page_id=22&lang=ja
工学院大学「共生工学研究センター」
2019年には工学院大学が「共生工学研究センター」を開設し、学部、学科を横断した形でジェロンテックを教育、研究開発できる場を設けています。
工学院大学「共生工学研究センター」
https://www.kogakuin.ac.jp/research/collaboration/gerontech.html
今後、超高齢社会を目前にしてジェロンテックに積極的に取り組む大学や企業は増えてくるでしょう。
ジェロンテックは、すべての人がいずれはお世話になるものです。高齢者が生きやすい社会の構築に興味がある方は、進学先にジェロンテックの研究ができる大学を選んでみてはいかがでしょうか。
介護、福祉、医療、健康促進、自動車、建築、社会制度
参考
人間生活工学
https://www.hql.jp/hql/wp/wp-content/uploads/2017/08/journal-vol5no2-16-0404.pdf