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日本でモノが運ばれなくなる? 物流の危機を【フィジカルインターネット】が解決する

ポチっとすれば、翌日にはモノが届くネット通販。コロナ禍で利用は急増し、今では私たちの生活に欠かせなくなりました。この便利さを支えているのが、宅配便や運送会社のトラックドライバーです。しかし彼らがいる物流世界が、危機的状況にあるのを知っていますか? このままだと2030年には私たちに「モノが運ばれなくなる」恐れさえあるのです。今回は、その解決策として期待されている「フィジカルインターネット」について解説します。

私たちのところへ「モノが運ばれなくなる」かも?

モノを運ぶ手段には、トラック、鉄道、船などがあります。実は日本国内のモノの輸送は、トラックが9割以上を担っています(重量ベース)。日本の物流はトラックが支えているといえるでしょう。しかし、トラックドライバーの不足、長時間労働、効率化の遅れなどから、日本の物流は需要に対応できない状況にきています。そこへ、コロナ禍によるネット通販の急増が加わって、日本の物流が危ないと、今大きくクローズアップされています。

トラックドライバーが足りない!

日本の人口減少に伴い、トラックドライバーも減少・高齢化が進んでいます。ところが国内の物流量は増え続ける一方です。さらに、宅配便の小口配送や時間指定サービスなどによって、ドライバーの作業はただただ増え続けています。もともと全産業と比較して、労働時間は長く収入は少ないトラックドライバー。これでは人手不足を解消できそうにありません。

最近はトラックドライバーの「2024年問題」が心配されています。2024年4月から、トラックドライバーの時間外労働に上限規制が課されます。長時間労働にストップがかかるのはよいことですが、人手不足はさらに深刻化しそうです。

トラックが荷台を半分カラにして走る無駄

人手不足なら、作業を効率化したいところ。しかし無駄はなかなか解消されません。例えば、国内の物流量は増えているにもかかわらず、トラックの積載率は直近では40%にまで低下しています。小ロット化、小口配送、時間指定サービスなどが増えたためですが、この状態が続けば、物流コストは上がり、私たちのところに「モノが運ばれなくなる」恐れさえあるのです。

フィジカルインターネットとは?

こうした状況を改善する手段として、フィジカルインターネットが注目されています。簡単にいえば、トラックや倉庫などをシェアすることで、モノを運ぶために必要な人・車両・施設・エネルギーなどを効率的に使う仕組みのこと。経産省と国交省は、2040年までにフィジカルインターネットを実現しようと動き始めています。

トラックや倉庫をみんなで利用する物流の新しい仕組み

モノを運ぶには、さまざまな手段があります。例えば私たち個人がモノを人に送る場合、○○便や××運輸などの配送会社を選び、届け先・日時を伝えて運んでもらいます。工場などが製品を出荷するときも、運送会社に委託したり、トラックを手配したりして、指定した日時・場所に製品を運びます。

ところがフィジカルインターネットが実現すると、モノを運ぶ手段や経路を私たちが気にしなくてもよくなります。モノを送る人はただ、日時と届け先を指定するだけ。なぜならトラックや倉庫など、モノを運ぶための手段や設備を共同利用するからです。

インターネット通信みたいなもの

例えるなら、インターネット通信のイメージです。インターネットでは、パケットという塊に分割したデータと、データをやりとりのためのプロトコル(約束事)と、不特定多数で共有する回線によって、通信が行われています。送信者がデータを送るときに、どの回線をどう通るかを意識することはありません。この考え方を、リアルなモノの流れに当てはめたのがフィジカルインターネットです。

仲間うちの共同利用とは異なる方法

すでにトラックの空き時間を利用するシェアリングや、複数企業による共同輸送などの方法は行われています。これらも物流の効率化を図る試みですが、利用者や輸送エリアが限られる点で、フィジカルインターネットとは異なります。こちらは例えるなら、専用回線で送受信者同士が直接つながっていた、インターネット普及前のコンピューター通信のようなものといえるでしょう。

フィジカルインターネットが実現するとどうなる?

フィジカルインターネットが実現すると、「モノが運ばれなくなる」心配がなくなるだけでなく、さまざまなメリットが生まれます。

物流の問題解決だけでなく、温室効果ガスの削減にもつながる

先に挙げた、トラックドライバーの不足や作業の非効率といった、日本の物流業界が抱えてきた問題が解決します。その結果、モノを運ぶコストも押さえられるでしょう。さらに、トラックの無駄な走行が減ることで、温室効果ガスの削減につながります。日本は、2050年までにCO2(二酸化炭素)排出をゼロにするカーボンニュートラルを目指していますが、この達成にも寄与すると考えられます。

2050年【カーボンニュートラル】実現へ。日本の取り組みとは。大学で研究するには?地球温暖化対策として、温室効果ガスの削減が世界的に求められています。日本は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボン...

ものづくり、サービスの提供など、サプライチェーンも変化

変わるのは、モノを運ぶ世界だけではありません。製品が作られ私たちの手に届くまでの一連の流れ――原材料の調達、製造、在庫管理、配送、販売、消費――といったサプライチェーンも効率的に変わります。これらは物流とは切り離せません。フィジカルインターネットを進めるには、生産段階から最適な計画を立てたり、工場などの生産拠点を変えたりする必要があるのです。

災害大国を支える、頼もしい物流インフラへ

企業や業界の垣根を越え、地域との密接な協力によって、輸送手段や設備、情報が共有され有効活用される。これがフィジカルインターネットの目指す究極の姿です。何が起きてもモノの流れが止まらずサプライチェーンが途切れない――安定してモノが供給されるため、自然災害の多い日本にとって、強靱(きょうじん)な社会のインフラになりえます。

<フィジカルインターネットの実現に向けて~物流危機の克服のために~>

フィジカルインターネットの実現には何が必要?

ただ、物流業界だけでなく、さまざまな産業が関わるため、フィジカルインターネットを一気に実現するのは無理な話。国が政策として進めていますが、現実的には、大手物流企業やスタートアップ企業などによる、個々の動きから、少しずつ始まっていくでしょう。

キーワードはコンテナ

フィジカルインターネットの実現に、何が必要になるでしょうか。わかりやすい例が、国際輸送コンテナです。国際物流の世界では、規格化した鉄の箱(コンテナ)に荷物を詰めて運ぶようになったことで、作業効率が大幅にアップ。以降、国際物流量は飛躍的に増加しました。コンテナを介した物流が今では当たり前となっています(この詳細はマルク・レビンソン著『コンテナ物語』に書かれています。面白い本なので、興味があればぜひ読んでみるとよいでしょう)。

フィジカルインターネットでも、輸送容器(コンテナ)の規格化や、モノをやりとりするルール(プロトコル)が必要になります。そのためには、物流の世界だけでなく、サプライチェーン全体を通して、モノの流れや業務のあり方をとらえる必要があります。

・ひろゆきの「人生を変えた本・ベスト3」とは? 第2位『コンテナ物語』
https://diamond.jp/articles/-/275898

<ひろゆきも推薦書籍『コンテナ物語』の全て 岡田斗司夫切り抜き>

まずはオペレーションズ・マネジメントを知ろう!

こうした領域で生かせるのが、オペレーションズ・マネジメントです。端的には、ものごとが回る仕組みや、モノを無駄なく運ぶ流れを考えること。例えば企業なら、ものづくりやサービス提供に、質を下げず、手間やコストはかけずに業務を動かしたい。そのための設計がオペレーションズ・マネジメントです。

米国ではMBA科目。イノベーションの時代に役立つ

昨今いわれているデジタル化、イノベーションなど、従来のやり方からの大きなチェンジ、新しい仕組みづくりなどにオペレーションズ・マネジメントは役立ちます。米国では経営学の一分野として、半世紀前からビジネススクールで扱われてきました。日本の大学では最近になって登場し、経営学、工学、コンピュータサイエンスなどの一科目として取り上げられています。リアルなモノの流れだけではなく、システムやデジタル技術を使った仕組みすべてが対象です。

将来有望な物流分野に、関心が集まっている

物流といえばトラックの運転や荷役など、体力勝負なイメージが持たれているかもしれません。しかしこれからの物流は、新しい仕組みづくりや効率化の理論、そのためのデジタルテクノロジーが欠かせなくなります。そこに気づいた、AIやデジタル分野の先端テクノロジーに関わる優秀な若手が、最近は物流に関心を寄せています。社会を変えるほどのインパクトを持つフィジカルインターネットや、それに伴う新しいビジネスチャンスに、大きな可能性があるからです。

「フィジカルインターネット」について学べる大学・大学院

フィジカルインターネットは2010年に海外で生まれ、日本では、ここ数年で知られるようになったばかりです。日本の大学で、フィジカルインターネット自体は扱われていませんが、先端科学技術を活用して物流を変えていこうとする研究が、東京大学で始まっています。

・東京大学先端科学技術研究センター 先端物流科学寄付研究部門
http://webpark2119.sakura.ne.jp/wp/

以下は、オペレーションズ・マネジメントに関しての研究室や講座がある大学・大学院の一例です。経営学部や工学部などがある大学で扱っている場合もあるので、個々の詳細は大学に問い合わせてみましょう。

・東京工科大学 コンピュータサイエンス学部オペレーションマネジメント研究室
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/com/dep.html?id=180

・日本工業大学 専門職大学院 オペレーションマネジメント基礎
https://mot.nit.ac.jp/research/curriculum/2022/syllabus-20211224212854

・青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科
https://shingakunet.com/syakaijin/smp/0001770508/0001867363.html

参考資料

・物流危機とフィジカルインターネット(2021年10月) 経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/pdf/001_04_01.pdf

・総合物流施策大綱(2021 年度~2025 年度) 国土交通省
https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210615003/20210615003-1.pdf

・フィジカルインターネット・ロードマップ(2022年3月)経済産業省 
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/pdf/20220308_1.pdf