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雪国の悩みを科学で解決する【雪氷学】。地球外に存在する超高熱の氷も研究対象に

東北地方や豪雪地帯に住む人々を悩ませている雪氷。その性質を科学的に解明し、雪を解かすための仕組みを研究、開発することで社会に新しい雪対策を提言する学問が「雪氷学」です。今回は、雪氷学について解説します。

北国の生活を悩ませる豪雪

冬になると新聞やニュースで盛んに取り上げられるのが、日本各地で発生する降雪です。東京のように雪が少ない地域では、降ったとしてもわずかな量にすぎません。しかし北国には一晩で数メートルも雪が積もってしまう地域があります。

この雪を放置すれば、屋根が崩れたり、道路がふさがったりして、日常生活にも支障が生じます。そのため、降雪量が膨大な豪雪地帯で生きていくためには、屋根の上や玄関前にうずたかく積もった雪を片付ける除雪作業を毎日しなければいけません。

屋根に積もった雪を地面に落とす「雪下ろし」や、凍って圧縮された雪をスコップ(シャベル)で砕き、持ち上げて、スノーダンプで運ぶ「雪かき」。これらは非常に肉体を酷使する作業であり、かつては体力のある若者が率先して行っていました。しかし少子高齢化が進んだ現在、80歳以上のお年寄りが1日に3回も除雪作業をしなければ生きていけない地域もあるのが実情です。

雪の中で生活を送るリスクも

豪雪地帯が抱えている課題は積雪だけではありません。気温が0度を下回る冬季には、路面に降った雨や雪が凍結し、歩行者や自転車、自動車などをスリップさせる危険性もあります。過去には大雪で車が動けなくなったり事故を起こしたりして、命を落とすという痛ましい事件も起こっています。

そのため、冬季には降雪のたびに除雪車を走らせたり、砂や凍結防止剤を路面に散布したりといったメンテナンスを定期的に行う必要があります。

このような問題を科学で解決し、雪国の人々が安心して暮らしていける社会を目指す学問が「雪氷学」です。

融雪を促進し、豪雪地帯や都市部での暮らしを守る「雪氷学」

氷雪学では、雪が解ける「融雪」のメカニズムを研究しています。これによって、社会にどのようなメリットがもたらされているのでしょうか。

雪が解けるのを早める融雪剤を開発

雪の降らない地域の人は、「雪は軽くて、きれいなもの」と思い込んでいるかもしれません。しかし、降り積もった雪は圧縮され、とても重くて固いもの。そのうえ、雪下ろしをするときには屋根や塀の上での作業中に落下したり、軒下での除雪作業中に屋根から落ちてきた雪にぶつかってケガを負うなどの危険性もあります。

また、屋根の雪を下ろしておしまいではありません。地面に落ちて固くなった雪はそのままにしてはおけないので、砕いて運ばなくてはいけません。

そのようなときに役立つことが期待されているのが、非力な人でも扱える「融雪剤」や「凍結防止剤」です。

氷の成分を研究して作られた融雪剤は、雪や氷に振りかけることで、融雪を促進します。また、凍結防止剤を玄関や路面に用いることで、歩行時に滑りにくくする効果も期待できます。

ところが、これらの薬剤には塩化ナトリウムや塩化マグネシウムなどが含まれており、使用後に地面が痛んだり錆びたり、自然環境に悪影響を及ぼす可能性もあります。

しかし、雪氷学の研究が進めば、地面を傷つけず、誰もが安心して扱える融雪剤を開発することができるかもしれません。実際に、中日本の高速道路や自動車専用道路を管理しているNEXCO中日本では、富山県立大学、国立研究開発法人土木研究所寒地土木研究所と協力し、鉄筋などの金属製品を腐食させない「プロピオン酸ナトリウムを用いた凍結防止剤」の研究と実証実験を行っています。

下水の熱を使って雪を溶かす新システムを構築

日本の中でも特に雪が多いとされる北海道。その道庁所在地である札幌市では、2020年の除排雪事業にかける費用が220億を超えるなど、雪対策に膨大な費用と労力が割かれています。

この札幌で現在注目を集めているのが「下水熱」による融雪です。人々の生活排水が流れる下水は、外気と比べて夏は涼しく、冬は暖かいという特性を持っています。札幌市はこの熱エネルギーの量や位置を記した「札幌市下水熱ポテンシャルマップ」を作成し、採熱管やヒートポンプなどを用いることで路面や歩道の融雪に活用しています。

札幌市の取り組みには、北海道科学大学などが所属する「さっぽろ下水熱利用研究会」も参加しています。同研究会は2019年に「北海道省エネルギー・新エネルギー促進大賞奨励賞」を受賞しており、今後も下水熱を用いた融雪は発展していくことが予測されます。

研究対象は雪崩の研究や南極の環境問題、宇宙調査にまで広がっている

雪氷学の研究対象は、都市や郊外での融雪だけではありません。高山での雪崩現象や南極や北極の環境問題、さらには宇宙空間に存在する雪氷についての研究も進んでいます。

自然に存在する雪氷を研究し、安全確保や環境保護に役立てる

時として人々に甚大な被害をもたらす雪崩。その発生原因やメカニズムなどを研究することも、雪氷学が取り組む研究領域のひとつです。

雪崩のような現象を解明するためには、「凍った雪が解け始めることで、結合力や摩擦力が低下し、斜面を下っていく」といった大まかな構造だけでなく、氷の結晶成長や形態形成のようなミクロな観点からも研究を進めていく必要があります。

人工雪で失われた氷河を生み出す研究も?

他の分野でも氷雪学の研究は役立ちます。例えば、南極や北極にある氷河の保護。雪氷学が発展し、水が雪氷に変わるまでの過程や構造変化を今よりも詳細に解明できれば、氷河の融解を抑えるだけでなく、失われた氷河の代わりに、新しい氷河を生み出すことができるかもしれません。

実際にドイツのポツダム気候影響研究所では、南極の氷床から出てくる融解水を吸い上げ、人工降雪機に注入し、人工雪として新たに積み重ねていくことで氷河の面積を増やすというアイデアを出しています。

・海面上昇、人工降雪機で阻止できる!? 独研究所が奇策
https://www.afpbb.com/articles/-/3235742

地球温暖化が世界中で問題視されている現代、身の回りの氷だけでなく、氷河の研究にも役立つ雪氷学。その需要は日々高まっているといえるでしょう。

地球にある氷はほぼ1種類。宇宙には他にも20種類の氷があった

雪や氷柱、氷河など、さまざまな雪の話をしてきましたが、それらはすべて同じ種類の「氷」です。しかし、この宇宙には、2021年12月現在で20種類もの氷が存在するとされています。

地球上に存在するほぼすべての氷は「氷Ih相」と呼ばれているものです。それに対して、木星の衛星のエウロパやガニメデなどの氷衛星には、地球上の氷とは異なる構造を持つ「氷II」という物質が存在すると考えられています。

氷IIのような特殊な氷は、地球環境では発生しえないほどの高圧、かつ低温の環境でのみ発生する物質です。そのため、地球上では特殊な実験室でしか作り出すことができません。

海王星や冥王星の内部に存在し、高熱を発する「超イオン氷」

中でも面白い特性を持った氷として注目を集めているのが、海王星や冥王星の内部に存在するとされている「超イオン氷」です。

超イオン氷は、数千度にも達する温度と、20~50ギガパスカルもの圧力(地球上でもっとも深いマリアナ海溝の水圧は100メガパスカル)が同時に存在する環境でのみ生成されると考えられ、氷なのに「黒くて熱い」という特性を有しているのです。

なお地球上の氷はほぼ「氷Ih相」と説明しましたが、実は例外として、地下から発掘されたダイヤモンドの内部に特殊な氷である「氷VII」が存在することが2018年に発見されました。この氷VIIは、国際鉱物学連合から新たな鉱物として認定されています。

東大が発見した「氷XIX」

2021年現在、20種類が発見されている氷ですが、実はそのうちのひとつである「氷XIX」は東京大学が実験中に作り出したものです。この氷XIXは、氷Ⅵをマイナス150℃以下にすることで現れる物質です。

<研究室の扉「新しい種類の氷(氷XIX)を発見」鍵裕之教授 小松一生准教授:東京大学>

氷に対する研究は、氷XIXを発見した東京大学だけでなく、世界中のさまざまな大学で行われています。今後も、雪氷学などの研究が進んでいくことで、さまざまな氷が発見されていくことでしょう。

「水と混ざらない水」という不思議な水の研究も

余談ですが、氷の研究から、不思議な水についてわかったこともあります。

特殊な氷である氷IIは、温めることで「氷III」へと転移するのですが、この氷IIIの表面付近に「水と混ざり合わない水」の層が現れていることが、近年確認されました。これを研究することで、水の特異な物性に大きくかかわっているとされる「二種類の水仮説」の証明が進むのではないかと期待されています。

「水なのに水と交じり合わない水」といわれても簡単にはイメージできないと思いますが、氷だけでなく、水にもまだまだわかっていないことがたくさんあるのです。興味のある人は自分で検索してみたりしてください。

・水/高圧氷の界面に”新しい水″を発見!
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00069.html

このように、身近でありながら複雑怪奇な存在である雪や氷。興味のある方は、進学先として雪氷学に取り組んでいる大学を検討してみてはいかがでしょうか。

「雪氷学」について学べる大学の学部や学科

雪氷学は、主に理工学系の大学で研究されています。また、豪雪対策まで対象を広げると、建築、土木、都市計画、環境などの名前の付く学部、学科でも研究できるでしょう。

『雪氷学』の活用が期待できる分野

豪雪対策、都市づくり、環境保護

参考

プロピオン酸ナトリウムを活用した新たな凍結防止剤の本格導入に向けた検証
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/pressroom/news_release/4445.html

本学も参画している「さっぽろ下水熱利用研究会」が北海道省エネルギー・新エネルギー促進大賞奨励賞を受賞しました
https://www.hus.ac.jp/hit_topics/2019/10/201910093556.html

下水熱で融雪 北海道科学大など実験を公開
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26749490Z00C18A2L41000/