2021年現在、世界中で新型コロナウイルス感染症による大混乱が起こっています。しかし、他にも多くの病気があり、なかには原因が不明で治療法が確立されていない難病もあります。「難病の研究」に長年注力してきた医療機関のひとつが大学病院です。今回は難病、そしてその研究や治療に尽力してきた大学病院について取り上げます。
「難病の研究」や対策の現状は?
世の中にはいろいろな病気があり、すでに薬が開発されて比較的容易に治せる病気がある一方、原因が不明で治療法も確立されていない珍しい病気、いわゆる難病もあります。難病としては、潰瘍性大腸炎やクローン病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが有名です。
それらは根治(俗にいう完治)が難しいことから長期間の療養が必要で、多くの場合患者は生涯にわたって病気と付き合って生活することになります。
多様性が重視されるこれからの社会では、病気や障害を持つ人も等しく幸福を求める権利が重視されます。難病を抱えながら生きる人々、あるいはその周囲でサポートする人々のためにも研究は欠かせません。
データの少なさが難病研究のハードルに
難病治療の難しさの原因として、症例の少なさがあります。患者数の多い病気はデータが集まり、研究も進めやすくなります。新薬開発の面でも、一般的な病気の薬は市場が広い(つまり、買ってくれる人が多い)ため利益も期待でき、研究に予算やスタッフを注ぎ込めます。
一方、難病は患者数が少ないためデータを多く集めるのが困難です。また市場も小さく、長きにわたる開発期間と膨大なコストをかけて新薬を開発しても、見合う利益を上げられる保証もありません。
56の「難病の研究」と患者を支援していた特定疾患治療研究事業
難病を研究できる環境の整備、患者の支援のために始まったのが、特定疾患治療研究事業でした。これは、いくつかの難病を特定疾患として認定して研究を支援し、治療法の確立や普及を目指すというものです。患者に医療費を助成する制度も用意されました。対象となる病気も徐々に増え56に達しました。
300を超える指定難病に拡大
しかし、科学の発展とともに「これは新しい病気だ」とわかこともあり、珍しい病気は増えています。そこで、「もっと多くの種類の難病にも支援を」という声が上がるようになりました。
そして2015年に「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)が施行され、特定疾患から「指定難病」と名称を改めるとともに、対象を300以上に広げることになったのです。
難病情報センター
https://www.nanbyou.or.jp/
「難病の研究」や研究における大学病院の役割
医学部、あるいは医学系大学の附属病院である「大学病院」は、患者を治療する臨床を行うとともに、研究や教育の場でもあります。そして大学病院や医学部は、難病の研究や治療についても重要な役割を担っています。
原因追究や治療法の確立を目指して
多くの大学病院は「難病治療研究センター」、「難病医療センター」「難病医療推進センター」といった名称の研究拠点を持ち、ゲノムを使った研究や再生医療など、難病の原因解明や治療法開発、および人材育成に取り組んでいます。
岡山大学大学院と東北大学大学院は、2020年にマウスを使ってALSの進行を遅らせる治療効果を確認したと発表しました。これには、ALSの新しい治療法が開発される可能性が期待されています。
<岡山大学:難病「ALS」進行を遅らせる研究成果を発表>
また新薬開発のための治験(開発中の薬の効果を確認するための臨床試験)にも取り組んでいます。例えば2020年に千葉大学 医学部附属病院は、「家族性LCAT欠損症」という難病治療のための治験を開始しています。
・千葉大学:「家族性LCAT欠損症」の治療で治験開始
https://www.ho.chiba-u.ac.jp/hosp/dl/news/info/info2020_16.pdf
新しい治療法の確立を目指した取り組みにも積極的です。熊本大学大学院は2021年6月、先天性の「SMA」という難病発症前の新生児をスクリーニング検査により国内で初めて発見し、遺伝子治療を行ったと発表しています。
地域の病院との連携
地域における難病医療の面でも大学病院は貢献しています。都道府県ごとに次のような体制が取られており、多くの大学病院が名を連ねています。
- 「より早期に正しい診断をする機能」を提供……「難病診療連携拠点病院」
- 「専門領域の診断を提供する機能」を提供……「難病診療分野別拠点病院」
- 「身近な医療機関で医療の提供と支援する機能」……「難病医療協力病院」
・難病情報センター 新たな難病の医療提供体制について
https://www.nanbyou.or.jp/entry/5860
では、具体的にどのような連携が取られているのでしょうか。
難病は珍しいだけあって、診断に特殊な検査が必要になることもあります。そのため設備を持たない小さなクリニックでは「難病と疑われるものの、診断がつかない」ということも珍しくはありません。
しかし大学病院であれば、いろいろな検査機器、医療機器も備えています。そこで大学病院に紹介し、診断、治療をしてもらうということも行われています。
また普段はかかりつけ医に通っている難病患者が、症状が悪化して特殊な医療機器での治療が必要なときに大学病院へ移り、症状が落ち着いたらかかりつけ医に戻るということもあります。
QOLを大切に、難病患者に寄り添った治療を
難病の研究では治療法だけでなく、QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)という観点も欠かせません。
かつての医療は、命を永らえさせることに重きを置いていました。そのため「手術は成功したものの、その後の日常生活に多大な支障が出て、苦しんでいる」ということがあったことも事実です。その反省から重視されるようになったのがQOLです。
そこで「日常生活にどれくらいの支障が出るか」「生きがいや幸福を感じられるような生活ができるか」という人間の尊厳に基づく視点を大切にするようになってきたのです。QOLは長く病気と付き合わざるを得ない難病患者にとっては特に重要であり、大学病院ではQOLの面からのサポートも行われています。
なお最近になって、QOLという言葉が「暮らしを豊かに」「ぜいたくな生活をしよう」という意味でも使われるようになってきていますが、医療や福祉の分野では意味合いが異なることを頭に入れておきましょう。
難病治療はコロナ禍でも継続
2021年現在、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックへの対応のため、多くの医療機関、スタッフが疲弊している状況です。しかし、大学病院のような高度な医療が提供できる機関でなければ、対処が難しい病気があるのも事実です。
今後も、知られていない難病が見つかったり、新しい伝染病が広がったりすることもあるはずです。これからの社会を維持していくためにも大学病院が果たす役割、貢献は大きいといえます。