人類の営みによって温暖化が起こっているといわれるように、人類は地球の環境を大きく変えてきました。これまでのような活動を人類が続けていけば、地球が限界を超えるのは明らかです。その限界を示したものが「プラネタリー・バウンダリー」です。今回はのちのSDGsにも影響を与えたプラネタリー・バウンダリーについて解説します。
SDGsへもつながった「プラネタリー・バウンダリー」という概念
人類は地球環境を大きく変えてきましたが、その限界はどのあたりにあるのでしょうか?
どこまで達したら後戻りできなくなるのでしょうか?
そのような問題提起から生まれたのが「地球の限界(惑星限界)」を意味するプラネタリー・バウンダリーという概念です。その限界を越えたら、もとに戻すのは難しい、あるいは不可能になるとされています。
プラネタリー・バウンダリーの始まりは、2009年9月に学術誌に掲載された論文でした。これは、ストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストローム氏を中心としたグループにより執筆されたものです。
<世界的に著名な環境学者ヨハン・ロックストームの人類への警告を聞け!>
そして、このプラネタリー・バウンダリーという概念は、後のSDGs(持続可能な開発目標)にも影響を与えることになりました。
プラネタリー・バウンダリーの9項目
プラネタリー・バウンダリーでは、環境を継続的に監視し続けることで地球という星を守れると考え、監視すべき対象として9項目を挙げています。それぞれの項目にどのような問題があり、世界にどのような影響をもたらすか、見ていきましょう。
気候変動
もしこのまま温暖化が進むと、どのようなことが起こるのでしょうか?
よく挙げられる問題は「生態系への影響」です。地面に根を生やす植物は環境が変わっても移動はできません。その一帯でしか生育できない植物は絶滅する可能性もあります。また動物も以前と異なる地域へ住み処(か)を移せば「外来種」となり、新しい地域の生物環境を変えることにもなりかねません。
「極端化」も懸念すべき問題です。みなさんもゲリラ豪雨や河川の氾濫、豪雪、猛暑などのニュースで「100年に1度の○○」「観測史上初の○○」といった言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。そのような極端な気象が増加している原因として温暖化が考えられるようになってきているのです。
また、水は温度が上がると体積も増えるので、海の温度が上がると海水の量が増加し、その結果として海面が上昇します(よく言われる「南極などの氷が溶けること」だけが海面上昇の原因ではありません)。日本の面積の3分の2は山林、森林であり、人々の多くは標高の低い平野で暮らしているので、海面が上昇すれば住める地域が大幅に減ってしまうことでしょう。そうなれば東京も水没してしまいます。
生物圏の一体性(生物多様性の損失、絶滅の速度)
国際自然保護連合(IUCN)によると、絶滅の危機にある生きものは4万種以上にのぼります。食物連鎖や共生ですべての生きものはつながっていますので、1種類でも絶滅すると、そのつながりが壊れてしまいかねません。また現時点では、絶滅した生きものを復活させることもできません。
・国際自然保護連合(IUCN)
https://www.iucnredlist.org/ja/
生物地球化学的循環(窒素とリンの循環)
生物が生きるのに必要な窒素やリンは地球のなかで循環しています。ところが窒素やリンを含む化学肥料の使用などにより、その循環が乱れてきました。それらが海や湖沼に大量に流れ込めば、富栄養化を招き、赤潮を発生させたり、水中酸素濃度を低下させて環境悪化を招くという問題につながります。
ところで「自分は窒素やリンなんて出してないから関係ないよ」と思うかもしれませんが、みなさんが食べるラーメンや米のとぎ汁などにも含まれるものなので、捨てれば生物地球化学的循環に影響を与えるのです。
土地利用変化
かつては地表の多くを森林が占めていましたが、伐採して農地などに作り変えてきました。行き過ぎた場合は、砂漠化することもあります。しかし、森林にはCO2を吸収して酸素を作り出し、生態系を守る役割があり、その力が失われつつあることが懸念されています。
海洋の酸性化
海洋汚染というと、プラスチックごみの海洋投棄が注目されているようですが、実は、酸性化も大きな問題です。
産業革命以降、人類は大量にCO2を排出してきました。にもかかわらず温暖化がゆっくり進んだ理由に、海の存在があります。地球の大部分を覆っている海が、CO2を大量に吸収してくれていたのです。もし海がなければ、もっと早い時期から温暖化が起こっていたはずです。
しかし、海がCO2を吸収した弊害として、海水の酸性化が進んでしまいました。その結果起こったことのひとつがサンゴの死。海の生きものが多く生きる場でもあるサンゴ礁が失われると、海の生態系全体に大きな影響を及ぼします。
淡水利用
地球は「水の惑星」とも呼ばれますが、私たちが使える水がどれくらいあるか、知っていますか?
地球に存在する水のほとんどは塩分を含んだ海水なので、そのままでは使えません。私たちが使えるのは淡水であり、その量は地球上の水の2.5%に過ぎません。しかもそのほとんどは、北極や南極にある氷として存在しており、本当に使える淡水(河川や湖、地下水など)は、わずか0.8%だけなのです。
またバーチャル・ウオーター(間接的に使う水)という問題も見逃せません。日本はウシやブタの肉、木材などを輸入していますが、海外で家畜や樹木を育てるのにも大量の水を消費します。食べ物や木材の輸入は、(間接的に)他国で大量の水を消費したことにもなるのです。
・国土交通省:世界の水資源
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000020.html
成層圏オゾンの破壊
成層圏オゾンとは、はるか上空で地球を覆うオゾンという物質の層のこと。このオゾン層は宇宙から降り注ぐ紫外線を吸収する役割を持っています。しかし、オゾンを破壊する作用を持つフロンなどの化学物質を大気中に放出した結果、南極上空のオゾンの層が消失し、穴(オゾンホール)が生まれるようになりました(現在フロンは規制されていますが、まだ影響は残っています)。
もしオゾン層が完全になくなり、紫外線が遮断されることなく大量に地表に降るようになると、どのような問題が生じるのでしょうか。
いまでも「紫外線に当たるとシミができる」と紫外線対策をしている人がいますが、それどころではなくなります。皮膚がんや目の病気、免疫機能異常の増加、細胞内のDNAの破壊といったさまざまな問題が考えられます。
また植物やプランクトンも育ちにくくなり、食物連鎖にも影響が出るでしょう。ある種の生物が絶滅すれば、生物多様性も失われますし、農業が難しくなれば食糧問題に頭を悩ませることにもなります。
・環境省:オゾン層を守ろう2011
https://www.env.go.jp/earth/ozone/pamph/2011/full.pdf
大気エアロゾルの負荷
簡単にいえば大気汚染のことです。大気は(水分を除くと)窒素と酸素が約99%を占め、わずか1%のなかにアルゴンやCO2、エアロゾルと呼ばれる非常に小さな粒子も漂っています。
エアロゾルには、ニュースでも取り上げられることの多いPM2.5(直径2.5μm以下の微粒子)やアスベスト、黄砂、花粉のように、健康被害や環境への悪影響を与えるようなものも存在します。また、エアロゾルが増加すると太陽光を遮ることになり、植物の光合成を妨げたり、気候を変えてしまうという問題にもつながりかねません。
新規化学物質(化学物質による汚染)
人類は、重金属、毒性の高いダイオキシン類、環境ホルモン、放射性物質、有機化学物質など、害となる物質を数多く作ってきました。もともと自然界にはなかった新規化学物質は、人間が自然界に放出したことで、他の生きものに悪影響を及ぼしたり環境を変えたりしています。
すでに4項目が限界値を突破
プラネタリー・バウンダリーでは定期的に観測するために、項目ごとに「限界値」などの指標を定めています。そして「気候変動」「生物圏の一体性」「生物地球化学的循環」「土地利用変化」の4項目はすでに限界値を超えています。
ただ定期的な見直しの際に指標の修正も行われています。みなさんが大学に進んで研究するころには変わっている可能性もあるので、ここでは数値については言及しません。また「大気エアロゾルの負荷」と「新規化学物質」については、関係する物質が多岐にわたることもあり非常に複雑なため、指標の決定に時間がかかっています。
日本の大学でもさまざまな研究
このプラネタリー・バウンダリーに関する取り組みは、近年ではSDGsとして扱われることも少なくありません。しかしどのような形であれ「環境問題」を取り扱う研究は、プラネタリー・バウンダリーにつながっているといえます。
東京大学は、2020年、サンゴの黒色バンドという部分を分析し、サンゴ礁の劣化に関する研究を発表しました。それによると、廃棄物や生活排水を起源とする富栄養化の影響がサンゴの劣化を引き起こしていることが明らかになりました。
・東京大学:ツバルのサンゴが記録していたサンゴ礁劣化の歴史
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00048.html
名古屋大学は、2021年、衛星データを用いて海洋の富栄養化を評価するツール「Global Eutrophication Watch」を公開しました。これを用いれば、地球の海のどこで富栄養化が発生しているかを判別できるようになります。
・名古屋大学:「Global Eutrophication Watch」
https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20211025_isee.pdf
大学に限らず、環境に関するさまざまな研究が進められています。国立環境研究所のサイトにも多くの研究成果が掲載されているので、関心のあるかたはアクセスしてみてください。
・国立環境研究所:地球システム領域 研究成果
https://esd.nies.go.jp/ja/research/archives/
「プラネタリー・バウンダリー」について学べる大学の学部、学科
プラネタリー・バウンダリーに関する研究は、主に理工系、農学系、環境系の学部で扱うことになるでしょう。
しかし、プラネタリー・バウンダリーは、科学技術だけでは解決できないテーマであり、企業が行う経済活動、一般の人々の日常生活にも関わる取り組みも重要です。そうなれば、経営学部や経済学部などの研究もプラネタリー・バウンダリーにからめられるかもしれません。
みなさんも大学に進学したら、自分の研究がプラネタリー・バウンダリーとつながっているのではないか、環境問題の解決に役立てられないかと考えてみてください。