誰もが欲しくなるような商品の魅力。それは「表の競争力」と呼ばれるもの。それを支えているのが「裏の競争力」です。「裏の競争力」があってこそ魅力的な商品も生まれてくるのです。今回は、外からは見えにくい「裏の競争力」について解説します。
企業や製品、サービスが持つ「裏の競争力」とは?
みなさんが街のお店やインターネットモールで商品やサービスを購入するとき、何を基準に選んでいるでしょうか。価格や機能、品質やデザイン、ブランド力、購入しやすさ、信頼性や安心感など、人によって基準は違ってくるでしょう。しかし、選ばれるものには、選ばれるだけの理由があります。それが製品や企業が持つ強み、「競争力」というものです。
ところで上に列挙したようなポイントは、会社の外側、消費者から見える競争力、いわば「表の競争力」です。
それに対して、消費者から見えないところにも競争力があります。例えば、商品を低価格で売るには、コストを抑えて効率よく製造する能力が必要です。また優れたデザインの製品を生み出すのに必要なのは、デザインセンスだけではありません。複雑な形状でも、製造しやすい工程の工夫、しくみも必要になります。
そのような「表の競争力」を支える、消費者からは見えない競争力を「裏の競争力」と呼びます。学問の分野でいえば、経済学、生産管理(生産マーケティング)になります。
「裏の競争力」の位置づけ
「裏の競争力」とはどのようなものでしょうか。東京大学のものづくり経営研究センター長の藤本隆宏氏は、競争力を4層構造として次のように整理しており、そのなかのひとつを「裏の競争力」と位置づけています。
競争力4層構造
① 収益力 | 会社の利益を生み出す力 |
---|---|
② 表の競争力 | 消費者から見える競争力 |
③ 裏の競争力 | 消費者から見えない競争力 |
④ ものづくり組織能力 | 生産する現場、組織の能力 |
会社の「①収益力」を上げるには、消費者に自社の製品を選んでもらう(買ってもらう)必要があります。つまり、収益の源泉は「②表の競争力」となります。「②表の競争力」を支えるのが「③裏の競争力」であり、「③裏の競争力」を生み出しているのが「④ものづくり組織能力」となるわけです。
「裏の競争力」の構成要素
そして裏の競争力の要素としてSQCDFを挙げています。SQCDFとは以下の5項目の頭文字をつなげた言葉です。この数については、3項目(QCD)、4項目(QCDF)として扱われることもあります。
「裏の競争力」要素SQCDF
Safety(セーフティ) | 安全(事故を起こさず、安全に生産できるか) |
---|---|
Quality(クオリティ) | 品質(壊れにくく品質の高いものを作れるか) |
Cost(コスト) | コスト、生産性(生産性を高め、コストを抑えて生産できるか) |
Delivery(デリバリー) | 納期、生産リードタイム(いかに早く顧客の手に届けるか) |
Flexibility(フレキシビリティ) | フレキシビリティ、変化への柔軟性(受注量の変化や少ロット生産などに対応できるか) |
「裏の競争力」の「コスト」は、「表の競争力」の価格につながります。「デリバリー」は、消費者が注文してからどれくらいの期間で手に入るかに関わるので、購入しやすさにも影響します。また、最近は商品に個性が求められる時代になって来ました。例えば、スマートフォンでは、色や容量の違いで複数のラインアップが用意されているのが一般的です。レッドのモデルを20%、ホワイトを15%、ブラックを30%……というように色の種類によって製品を作り分けるには、生産現場に「フレキシビリティ」が必要となります。
このように、裏の競争力強化は、表の競争力を高めることになるのです。
<一般社団法人ものづくり改善ネットワーク:ものづくり 裏の競争力 ―QCDF>
裏の競争力を強化する方法
裏の競争力を強化するには、どのような取り組みが必要になるのでしょうか。
コストを下げるには、「従業員の給料を下げる」「納入業者から原材料を安く買いたたく」という方法もありますが、そのようなやり方では従業員や取引先が不幸になるだけです。では、みんなが幸せになれるような形で裏の競争力を上げる方法はあるのでしょうか。
トヨタ生産方式に見る、「裏の競争力」の強化法
世界的に有名なトヨタ自動車の「トヨタ生産方式」を例に見ていきましょう。
トヨタをはじめとする日本のクルマにはどのようなイメージを持っているでしょうか。海外市場からは、「品質が高くて、壊れにくい」「燃費が良い」という目で見られています。そのような評価はまさに「表の競争力」になります。
そして、それを生み出しているのが、トヨタ生産方式です。詳しくは、以下のトヨタ自動車のサイトに掲載されている解説に目を通していただきたいのですが、ここではポイントだけ紹介します。
・トヨタ自動車株式会社:トヨタ生産方式
https://global.toyota/jp/company/vision-and-philosophy/production-system/
上のサイトではトヨタ生産方式の目的を「お客様にご注文いただいたクルマを、より早くお届けするために、最も短い時間で効率的に造る」ことにあると説明しています。そして「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」の二つを柱として挙げています。
自働化
異常発生時に機械が自動的に停止し、前後の工程にトラブルを共有するようなしくみ(すぐに停止するので、不良品を製造しつづけることがない)のことで、異常の原因を追究しながら製造工程に改善を加えていきます。そしてこの改善を繰り返すことで、品質と効率などを向上させていきます。この改善を繰り返す手法は、海外でも「KAIZEN、カイゼン」で通用するほどです。なお自働化の「どう」は、「動」ではなく「働」であることにご注意ください。
ジャスト・イン・タイム(JIT)
自動車にはたくさんの部品が使われますが、その部品の在庫を大量に抱えるのではなく、使用するぶんだけ用意しておきます。少量ずついろいろな種類の部品を持っておくことで、さまざまな注文に対してすぐに対応でき、タイムリー、かつ効率的に製造できるようになります。このような、必要なものを、必要な量だけ必要なタイミングで製造するしくみをジャスト・イン・タイムと呼びます。
ここで説明したトヨタ生産方式は、生産する現場、組織が持つ力ですから「ものづくり組織能力」になります。そして、ものづくりの現場における工夫、改善によって、コストを抑えつつ高い品質のものを効率よく短期間で生産していくこと、それがSQCDF、つまり「裏の競争力」を高めることにつながるのです。
「裏の競争力」の使い道
とはいえ、「表の競争力」と違って、社外から見えにくいのが「裏の競争力」です。では、この「裏の競争力」はどういうところで利用されるのでしょうか。
そのひとつの例として工場間の競争が挙げられます。ある会社が日本国内と海外、例えば東南アジアに工場を持っているとします。ある新開発の商品を製造しようというときには、「国内工場で作るか、東南アジアで作るか」を検討するでしょう。
一般的には「日本は人件費が高い一方、仕事がていねいで、品質が高い」とされているので、日本工場と東南アジアの工場には「裏の競争力」に違いが生じるはずです(あくまで一般論であり、実際にはケース・バイ・ケースになります)。
そのような社内における工場を選択する際の判断材料になるのが「裏の競争力」です。品質の重要性がコストを上回るなら、日本工場が選ばれるでしょう。逆に、品質よりもコストが重視されるなら、東南アジアが選ばれることになります。
製造を社外の工場に委託するケースでも同様です。工場によって、SQCDFの能力が違ってくるはずですから、その製品製造に適した裏の競争力を持っているかをしっかりと吟味する必要があるでしょう。
国内の工場が選ばれつづけるには、「裏の競争力」を意識して、製造現場のカイゼンに取り組んでいく必要があるわけです。
時代の変化に合わせて裏の競争力の見直しも
ところで、東南アジアにおける人件費高騰、円安などで、必ずしも海外で製造するほうがコストを抑えられるとは言えない時代になってきました。
また近年、自動車製造に使うための半導体が不足し、生産に支障が出るという問題も起こりました。これにより、在庫を必要なぶんしか用意しておかないジャスト・イン・タイムの手法を見直す必要があるという声も上がっています。
このように時代の変化、社会の変化に追従できるように、裏の競争力も対応していかなくてはなりません。
「生産管理」を学べる大学の学部、学科
ものづくりの分野は多岐にわたり、裏の競争力は「生産管理」や「経済学」における研究テーマのひとつとなります。
生産現場や工場の現場で裏の競争力を高めるなら、製品の種類によって違いますが、理工学部、農学部、化学科、生物学科などになるでしょう。一方、ビジネスとして扱う場合は、経済学や経営学に含まれるでしょう。前述の東京大学のものづくり経営研究センター長の藤本隆宏氏は、東京大学大学院経済学研究科の教授です。
参考
・東京大学大学院経済学研究科 経営教育研究センター
http://merc.e.u-tokyo.ac.jp/
・一般社団法人ものづくり改善ネットワーク
<藤本教授のコラム> “ものづくり考”
<その2>日本の「ものづくり」の競争力
https://mkn.or.jp/Colum2.html
・NECネクサソリューションズ
モノづくりIoTソリューション(リードタイムの短縮) 第17回 まとめ(2) ~モノづくりの競争力~
https://www.nec-nexs.com/sl/iot/nakamura/column18.html