人は年齢を重ねれば、身体能力が徐々に衰えていき、やがて要介護状態へと向かいます。「健康」と「要介護状態」の間にある、「心身が衰えている状態」をフレイルと呼びます。今回は、超高齢社会を迎えつつある日本で注目されている「フレイル」について解説します。
健康状態と要介護状態の間「フレイル」
若くて健康なうちは日常生活を不自由なく過ごすこともできます。しかし、誰しも年を取れば身体能力や思考力が衰えていくもの。それが進行すれば、加齢による病気になったり、あるいは介護が必要な生活、寝たきり生活になる可能性があります。
この「健康」と「病気、要介護状態」の間にある「心身が衰えている段階」を「フレイル」と呼びます。またフレイルの前段階を「プレフレイル」と呼びます。
フレイルの状態になると
- 体重が減る
- 歩くスピードや身体の動作が遅くなる
- ちょっと動くだけで疲れてしまう
- 筋力が落ちる
- 食べる力が弱まる
などといったことが起こります。いずれも「年を取ったら当たり前」といえることですが、これらを放置しておくと進行して元に戻らなくなっていきます。
<3分でわかる「フレイル」>
「フレイル」が注目されるわけ
以前はフレイルという言葉は使われず、「虚弱」「老衰」「脆弱(ぜいじゃく)」などの用語が使われていました。しかし、2014年に日本老年医学会からの提言をきっかけに、フレイルという言葉が多く使われるようになりました。
・フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント
https://jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20140513_01_01.pdf
<「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」2014>
フレイルから健康状態に戻れることもある
これは単なる「言葉の言い換え」ではありません。かつては「老いへ向かう流れは一方通行であり、健康的な肉体に戻ることはない」と思い込まれていました。
しかし、フレイルになった段階で適切な支援を受ければ、健康な状態に戻れる高齢者もいることもわかりました。そのため、フレイルという言葉には、「健康な状態に戻れる可能性がある」という期待も込められているのです。
フレイルを長く維持することにはメリットがある
健康状態に戻れないまでも、適切な支援によってフレイルの状態を長く維持して要介護状態になるのを遅らせるという効果も期待できます。
それは高齢者本人だけでなく、介護をする周囲の人の負担を軽減できるというメリットになります。また、病気になる高齢者が減れば、医療費の削減にもつながります。
そこで要介護状態、寝たきりになってからではなく、「フレイルになった段階で積極的に身体を動かそう」といった取り組みが重要であることから、フレイルが注目されるようになってきたのです。2020年度からは高齢者の健康状態をチェックする「フレイル検診」も開始されました。
フレイルの予防対策
フレイルを予防し、健康状態を保つために重要なのが、「運動」「食生活」「社会との交わり」の3項目です。
運動
フレイルになると身体を動かすことが減っていきます。そのまま動かずにいると、さらに筋力が衰えていくでしょう。身体を動かすのがおっくうになったからといっても諦めずに、散歩をしたりして、なるべく歩くようにすることが大切です。
また外出が難しくなっても身体を動かせるように、椅子に座った状態でも可能な体操も考案されています。最近、各地の自治体や介護施設などで高齢者向けの体操が推奨されてきています。YouTubeでもいろいろなフレイル向けの体操がアップされています。
<フレイル予防のための簡単な体操~初級編~>
食生活(オーラルフレイル)
適度な栄養をバランスよくとることも重要です。栄養不足でフレイルが進行することもあるからです。例えば、高齢になると肉などを食べる量が減る傾向が見られますが、タンパク質の摂取量が少ないとさまざまなリスクが高まるとされています。
また、「食べ物をかむ」「食べ物を飲み込む」という行為も軽視できません。ものをかむこと、飲み込むこと、そして話すことなどを合わせて口腔(こうくう)機能と呼びますが、口腔機能の衰えは老化のひとつでもあります。衰えると、固いものが食べられなくなったり、口のなかが乾きやすくなったり、うまく話せなくなったりします。さらには誤嚥(ごえん)性肺炎(食べ物と一緒に細菌などが肺に侵入して起こる肺炎)なども起こしやすくなります。
年を取ると負担が掛からないように柔らかいものを食べるようになりますが、多少固いものでも「しっかりかんで食べて」、口腔機能の維持を心がけることも大切です。
社会とのかかわり
「人と接することがなくなると、急に老け込む」といったことは昔からいわれていました。実際に、誰かと会って話をすることは、精神的な安定にもつながりますし、認知能力の維持にも役立つとされています。
友人や近所の人と話をすること、同じ趣味を持つ仲間と会うこと、ボランティアなどの社会参加活動に加わることなどはフレイル予防効果があると考えられています。
<飯島勝矢「フレイルを予防しよう!」─東京大学高齢社会総合研究機構>
サルコペニアにも注目
なおフレイルに関連する言葉に「サルコペニア」があります。これは加齢に伴い筋力や身体能力が低下することを意味する言葉で、疾病のひとつとして考えられています。筋肉量の低下はフレイルの要因でもあるため、「サルコペニア・フレイル対策」としてあわせて対策が行われるケースもあります。
大学で行われているフレイル研究
フレイルに関しては「加齢に伴って、人間の体内でどのようなことが起こっているのか」「心にどのような変化が起こっているのか」「どのような取り組みがフレイルの進行に影響があるか」「何をすれば効果があるか」など、さまざまな研究が行われています。
いろいろな組織で研究が行われていますが、大学が行っているいくつかの例を紹介しましょう。
フレイルに対する早期介入ポイントを探索
東京大学 高齢社会総合研究機構では、2012年から柏スタディと名付けられた、約2000名の高齢者を対象とした調査を実施しました。その目的を「地域在住高齢者のフレイル・サルコペニアに対する早期介入ポイントを多面的な側面から探索し、高齢者が容易に実施できる簡易評価法を開発すること」と挙げ、その研究成果を発信しています。
・東京大学:大規模高齢者コホート研究:柏スタディ
http://webpark1981.sakura.ne.jp/%e7%a0%94%e7%a9%b6/%e5%a4%a7%e8%a6%8f%e6%a8%a1%e9%ab%98%e9%bd%a2%e8%80%85%e3%82%b3%e3%83%9b%e3%83%bc%e3%83%88%e7%a0%94%e7%a9%b6%ef%bc%9a%e6%9f%8f%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%87%e3%82%a3/
フレイルから健康に戻る要因を探る
フレイルから健康な状態に戻ることがありますが、そのためには何が必要なのでしょうか。畿央大学では、日本で初めて、後期高齢者5000人に対し2年間にわたる調査をもとにフレイルから脱却するための因子について分析し、2021年に発表しました。
この調査によると「高い主観的健康感」「運動系社会参加活動」がフレイル脱却に影響する重要な要素だそうです。そして近隣住民との交流や地域への信頼感、社会参加活動などを行っている人は、フレイルから脱却しやすいということが見えたことから、新たなフレイル対策へと期待が広がります。
・畿央大学:日本初、後期高齢者のフレイル脱却因子を大規模かつ前向きに調査~理学療法学科
https://www.kio.ac.jp/topics_news/42483/
肺炎のリスクとフレイルの関係性を調査
高齢者の死因として多い病気のひとつが肺炎です。新潟大学では、65歳以上の高齢者を対象に肺炎に関する研究を行い、2021年に発表しました。この研究によると、
- フレイル状態の高齢者は、フレイルのない高齢者に比べて1.9倍肺炎に掛かりやすい可能性がある(プレフレイルでも、1.3倍肺炎に掛かりやすい可能性がある)
- フレイル状態の高齢者は、フレイルのない高齢者に比べて、1.8倍入院しやすい(重症化しやすい)可能性がある
ということがわかりました。
フレイル予防は肺炎対策にも有効といえそうです。
・新潟大学:フレイル⾼齢者は 1.9 倍肺炎にかかりやすく、1.8 倍重症化しやすい。約 18 万⼈の 65 歳以上の⾼齢者における疫学研究
https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/07/210726rs.pdf
フレイルのリスクをAIで自動判定
健康な状態からフレイルへ移っても、本人はなかなか自覚しにくいという問題があります。そこでソフトバンクと北里大学は、慶應義塾大学と協力して、2022年にフレイル予防に向けた実証実験を開始しました。
これは、スマートフォンで取得したデータからフレイルリスクを判定できるアルゴリズムを開発しようというもの。歩行の速度や安定性、身体活動などをスマートフォンでモニタリングし、フレイルの有無、リスクレベルをAIで自動的に判定しようという取り組みです。
・スマホとAIの活用による高齢者のフレイル予防に向けた実証実験を開始
~日常データを基にフレイルリスクを自動で判定するアルゴリズムの開発を推進~
https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2022/20220309_02/
若者がフレイルを体験してみるには?
ところで「年を取れば身体がいうことを聞かなくなる」と頭ではわかっていても、高校生のみなさんにとっては、なかなか実感しにくい話でしょう。
人間環境大学が公開している以下の動画では、体力、視力や聴力が衰えている高齢者を疑似体験しています。手足や肩に重りを付けたり、膝や肘、腰を曲げにくくなるサポーター、ものが見えにくくなるゴーグル、音が聞き取りにくくなるイヤーマフなどを装備すると、若くて健康な人でもフレイルの状態を体験できるようになります。
<人間環境大学:高齢者疑似体験>
東京大学 高齢社会総合研究機構では、VR(バーチャルリアリティー)を使った高齢者疑似体験シミュレーションアプリを開発しています。一口にフレイルといっても、さまざまなレベルがあります。VRの特長を生かして、多種多様なレベルの高齢者の身体機能を疑似体験できるのが特長です。
・全国の大学でも珍しいVRによる高齢者疑似体験シミュレーションアプリ開発
https://drtanaka-lab-ja.jimdofree.com/%E9%96%8B%E7%99%BA/
フレイルについて学べる大学の学部、学科
フレイルは老年医学、看護学、栄養学、リハビリテーションや介護など、さまざまな分野にまたがる研究テーマです。大学で学ぶ場合は医学部や看護学部、福祉学部、栄養学科や生活科学学科などで扱われることになります。
参考
・健康長寿ネット:フレイルとは
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/about.html
・サルコペニアとは
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/sarcopenia-about.html
・国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:フレイルの原因は?
https://www.ncgg.go.jp/hospital/navi/07.html
・東京大学 高齢社会総合研究機構:フレイル予防
http://www.iog.u-tokyo.ac.jp/project/?project_category=fraility