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脳と機械を接続する【ブレインテック】。考えるだけでモノを動かせるようになる?

頭で考えるだけで、モノや機械を操作する。そんな超能力のようなことを実現しようというのが、「ブレインテック」です。脳と機械を接続して思考をダイレクトに機械に送ることが可能となります。ブレインテックが普及したら、どのような社会が到来するのでしょうか。

「ブレインテック」とは?

頭で考えるだけで、モノを動かしたり、機械を操作したりする、、、。
頭の中で考えたことを、言葉を使わずに他人に伝える、、、。

そのような荒唐無稽な超能力は、SF映画やマンガなどの世界だけで起こるフィクションと考えられていました。ところが、科学技術の発展とともに現実味を帯びてきたのです。それが、ブレインテック、ニューロテック、あるいはBMI、BCIと呼ばれているものです。

BMIとはブレインマシンインターフェース(Brain-machine Interface)のことで、脳(ブレイン)と機械(マシン)を接続する技術のこと。コンピューターに接続することがほとんどなので、BCI(Brain-computer Interface)と呼ばれることもあります。

ブレインテックはブレイン(脳)とテクノロジーを組み合わせた造語、ニューロテックはニューロンとテクノロジーを組み合わせた造語で、「BMIを使った活用法」という意味合いを持ちます。

ブレインテックで実現できることは?

では、ブレインテックが実現したら、私たちの暮らしはどのように変化するのでしょうか。ちょっと想像してみましょう。

家電などの機械を操作する

私たちは、さまざまな家電に囲まれて便利な生活を送っています。ブレインテックが実現したら、それらの操作を「頭で考えただけ」で実行できるようになります。「エアコンの温度を2度下げて」と考えただけでエアコンの設定温度が変わるといったことです。

「その程度なら今のリモコンで十分。ブレインテックは必要ないだろう」と思うかもしれません。しかし、社会の中には腕がない人、手が動かせない人もいます。ブレインテックがあれば、患者自身が自分の力で操作できるようになるのです。

これは誰もが幸せを得られる社会を作るという観点ではとても重要なことといえます。以下の動画は、事故で首から下が動かなくなった人がBMIを使ってファイナル・ファンタジーで遊ぶ動画です。

<Final Fantasy XIV Played with Brain Implants>

義手や義足などを動かす

手や足を失って義手や義足を装着している人がいます。ブレインテックが実現したら、脳からの信号によって自由に動かせる義手、義足を使えるようになるでしょう。

乗り物などを脳波で操縦する

脳でコントロールできる機器は、家の中の家電に限りません。外で使う機械、例えば自動車や超小型モビリティなどの乗り物、ドローンなどのデバイスも、脳波でコントロールできれば操縦は簡単になるでしょう。

もしかしたら将来、脳波で動かすことを前提にした、まったく新しい機械、SFの世界だと思われていた乗り物が本当に作られるかもしれません。

例えば、アニメによく登場する巨大なスーパーロボット。主人公たちは自分の手足を使って上手に操縦していますが、もし本当に操縦するとしたらかなり過酷な訓練が必要なのではないかと推察されます(もちろんAIの支援は受けているとしても)。しかし「脳波で操縦できるロボットなら、誰でもスーパーロボットを上手に操縦できるのでは?」と想像は広がります。

頭の中でインターネットが利用できる

私たちは、インターネットで調べ物をするときに、パソコンやスマートフォンで検索しています。ブレインテックなら、頭の中で「○○について調べよう」と考え、検索するということが可能になるかもしれません。つまり、スマートフォンなどの機械に頼らなくても、いつでもインターネットが利用できるようになるのです。

例えば、スマートフォンの地図ソフトを見てルートを調べながら街を歩くのは危険な行為ですが、頭の中で地図ソフトを開けるなら、目を前に向けて安全に歩けます。さらには試験を受けている最中に解けない難問が出た場合は、頭の中で検索するだけで……、いやいや、試験の形式そのものが今とはまったく違ったものになっているでしょう。

考えたことを直接相手の脳に伝える

BMIを装着したもの同士であれば、考えたことを直接送り合うことも可能になるかもしれません。まさに超能力のテレパシーと同じようなことが実現できるわけです。

ところで、「自分が考えたことがすべて相手に伝わるのは恐ろしい」と、恐怖を覚える人もいるでしょう。しかし、BMIを装着したからといって、本当にすべての思考が伝達されるものではありません。ある程度明確に意識したものだけを形にして相手に伝えることになると考えられています。

他人の体の感覚を共有することも

「言葉でうまく伝えられない」ということもあるでしょう。例えば、体を動かしたときの感触のようなもの。サッカーボールを蹴るとき、「ボールの芯を捉えて、体の力をボールに乗せる」と説明されても、なかなか言われた通りにできるものではありません。

しかしブレインテックを使って、一流のスポーツ選手が体を動かしたときの感触を読み取り、プロを目指す若者の脳に伝えることができたら、どうでしょう。その感触をきっかけに上達するかもしれません。

言葉にできないものは他にもいろいろあるでしょう。もしかしたら、言葉にできない気持ちをブレインテックで伝え合うという、新しい恋愛の形が生まれるかも。

他のテクノロジーとの組み合わせで、生活の形が一変する

このブレインテックに、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などのXRの技術を組み合わせたら、日常生活の形すら変わる可能性もあります。

バーチャルな会社や学校に通う、新しい生活へ

現代の生活では、会社員は毎朝出社して定時になったら帰宅します。子どもたちも同様に学校に出掛けていきます。

しかし、ブレインテックとXRがあれば、頭の中のバーチャルな会社へ出勤、バーチャルな学校に登校するする生活に変わるかもしれません。各社員はアバターとして、バーチャル空間上のオフィスの中で仕事をして、同僚と一緒に会議をしたりするのです。子どもたちは、バーチャルな教室の中で同級生と一緒に授業を受けたり、遊んだり、部活をしたりして過ごします。

実際の体は家の中でくつろぎながら、頭の中だけはせわしなく仕事や勉強をしている……そんな未来がやってくるのかもしれません。

ブレインテックの種類

ではブレインテックにはどのような機器を使うのでしょうか。脳とデバイスを接続する方法には、2種類の方法があります。

頭に脳波を読み取る機械を装着する「非侵襲式」

脳波を読み取るセンサーを取り付けたバンド、ヘルギアのようなものを頭に装着することで、考えを読み取ります。手術などが不要なので、ハードルが低いという利点があります。

脳にチップを埋め込む「侵襲式」

頭の中に電極などのチップを埋め込む方法です。脳を包む硬膜のところに埋め込むタイプ、脳に直接埋め込むタイプなど、さまざまな種類があります。チップを埋め込むとなると「怖い」と思う人も少なくないでしょう。しかし、非侵襲式と違い手術が必須という制約があり、研究のハードルが高くなります。

ブレインテックの取り組み

ブレインテックに関する研究、実験は、いろいろな国の企業や政府、大学で進められています。いくつかの例を紹介します。

イーロン・マスクによるニューラリンクの事業

世界的に有名なのは、電気自動車テスラの創業者イーロン・マスク氏が設立したニューラリンク(Neuralink)の事業でしょう。脳にBMIを埋め込んだブタやサルを使ってブレインテックの実験を進めています。この事業では、サルが画面を見ながらゲームで遊ぶ実験映像も公開されています。

<Monkey MindPong>

障害者とのコミュニケーションを

日本でも、ブレインテックの研究が行われています。

2014年、日本の産業技術総合研究所は、体が動かなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの患者のために、ニューロコミュニケーターの試作品を作成しています。これはいくつかのリストをパネルに表示して患者に示し、患者が何を選択したかを脳波から読み取るものです。人工音声を使って発話することも可能です。

脳を読み取る新型コミュニケーション:難病患者の意思伝達に道を拓く、産総研の脳波解析研究
https://www.aist.go.jp/aist_j/aistinfo/story/no4.html

BMIを前提にした住宅「BMIハウス」

2014年、慶應義塾大学、積水ハウスなどのグループは、高齢者や障害者が暮らしやすいようブレインテックで支援する住宅の開発に成功しました。要介護者は、自分で家電や車いすを操作し、自分の感情や要望などを介助者に伝えたり、離れたところに住む家族に、状態を伝えたりできます。さらにリハビリのサービスなどとの連携といった展開も視野に入れています。

日常生活の支援を可能とするネットワーク型ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)の技術開発に成功:~脳を見まもる生活環境支援の実現~
https://www.ntt.co.jp/news2014/1412/141204a.html

両手以外の第3の腕を脳波で動かす

2018年には国際電気通信基礎技術研究所が、両手とは別の「第3の腕」を動かすという世界初の実験に成功しています。実験では、人間が自分の両腕を使って作業しているときに、機械で作られたもう1本の腕を使って、手渡されたものを受け取ったりしています。

この実験のポイントは、自分の両手は別の作業をしているということです。従来のブレインテックは頭の中で意識を形にするため、一つのことに集中する必要がありました。しかしこの実験では、「あることをしている最中に別のことをブレインテックで実行する」という新しい道を開拓したことになります。

世界初、思うだけで操れる3本目の腕:~同時にいろいろこなせる人になる訓練用としても期待~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180726/index.html

<BMI control of a third arm for multitasking>

「ブレインテック」について学べる大学の学部、学科

文部科学省は「脳科学研究戦略推進プログラム」の一環として、BMIの研究に取り組んでいます。このプログラムには、大阪大学や慶應義塾大学、電気通信大学、京都大学、東京工業大学、東京大学、関西医科大学などのメンバーが名を連ねています。

また理工学部、あるいは脳科学や認知脳科学、インテリジェントシステムなどを扱う研究室でブレインテック、BMIの研究が行われています。

『ブレインテック』の活用が期待できる分野

医療、福祉、リハビリやヘルスケア、教育、通信、モビリティ、ロボット、スポーツ、軍事